難治性乳幼児てんかんとは

てんかんは最も頻度が高い神経疾患のひとつであり、およそ1000人に6~8人がてんかんに罹患しているといわれています。特に乳幼児期に発症する早期発症型てんかんは、難治性であることが多く、乳幼児の脳神経系の発達に重大な影響を及ぼすことが知られています。

ウエスト症候群は、生後3~11か月時に発症する難治性乳幼児てんかんのひとつです。別名を「点頭てんかん」とも呼ばれ、発症すると外からの刺激への反応が乏しく無表情になったり、おもちゃなどに対する関心が薄くなったりします。また、多くの患者で知的障害を認めます。13歳以下の全小児てんかんの約5%を占め、日本国内では少なくとも約4000人の患者がいると推測されており、国の指定難病に登録されています。

難治性乳幼児てんかんは遺伝的要因との関与が強く示唆されており、近年のゲノム解析技術の発展によって、次第に原因遺伝子が明らかになりつつありますが、てんかん発症の分子メカニズムはほとんどわかっておらず、原因の究明が求められています。

早期発症型てんかんの原因遺伝子

本研究では、早期発症型てんかんの原因遺伝子を探るため、700例の小児てんかん患者に対して全エクソーム解析を行い、疾患原因遺伝子を検索しました。全エクソーム解析とは、ゲノム上のエクソン領域(タンパク質の配列を決定する遺伝子領域)を分離した後、その塩基配列を次世代シークエンサーで解析する方法です。

その結果、2名のウエスト症候群患者において、PHACTR1遺伝子のde novo変異(両親兄弟には認められず、患者のみに認められる遺伝子変異)が同定されました。

エクソーム解析の結果見出されたミスセンス変異

PHACTR1遺伝子はPHACTR1(ファクター・ワン)と呼ばれるタンパク質をコードしており、細胞内でアクチンと呼ばれる細胞骨格タンパク質などと結合することで、細胞の形態や機能を調節する役割をもつと考えられています。アクチンタンパク質の働きが正しく制御されることは脳神経系の発達や機能に非常に重要であり、PHACTR1遺伝子の変異によってアクチンタンパク質の制御に障害をきたすことが予想されました。

しかし、大脳発達におけるPHACTR1の生理機能や、遺伝子変異がもたらすてんかん、知的障害の病態メカニズムはまったく不明であるため、PHACTR1の大脳皮質形成における生理機能と遺伝子変異がもたらす病態形成メカニズムの解明を目指し、さらに研究を行いました。

PHACTR1遺伝子変異と病態形成メカニズム

2種類のPHACTR1遺伝子変異は、いずれもアクチン結合領域のアミノ酸が別のアミノ酸に置換される変異でした。そこで免疫沈降を行ったところ、いずれの変異PHACTR1も、アクチンと結合する能力が著しく低下していました。

免疫沈降法により、正常な(WT:野生型)PHACTR1タンパク質はアクチンと結合するが、患者さんから同定された変異を模倣した変異体(LP、NI)はアクチンとの結合能が著しく低下していた。またウエスト症候群ではないてんかんの患者さんから見つかっている変異を模倣した変異体は(RC)アクチンと結合した。

次に、PHACTR1タンパク質の機能を抑制したマウスを作成し(in utero electroporation法により、RNAiベクターを神経幹細胞に導入)、PHACTR1の発現抑制が脳神経の機能にどのような影響を与えるのかを検討しました。

PHACTR1機能を抑制したマウスでは大脳皮質神経細胞の移動障害が認められました。また、変異PHACTR1は、正常なPHACTR1の機能を阻害するドミナントネガティブ機能を有し、形態異常を伴った大脳皮質神経細胞移動障害を引き起こしました。さらに、RNAiによるPhactr1発現抑制により、樹状突起形成阻害やシナプス機能障害が引き起こされました。

In utero electroporation法により、大脳皮質第二、三層の神経細胞でPhactr1の発現抑制(A)、患者さんから同定された変異を模倣した変異体の過剰発現(B)を行った。発現抑制(#1-3)、あるいは変異体導入(LP、NI)された神経細胞の多くが目的の層まで移動できず、途中に留まっている。

これらのことから、1)PHACTR1がアクチンと結合し、その機能を調節することが発達期の神経細胞の形態・移動やシナプス形成に重要であり、2)PHACTR1遺伝子の変異によってこの機能調節に異常が生じると、神経細胞の形態・移動やシナプス形成・機能に障害が起こり、てんかん発作や知的障害の原因となる可能性が示されました。

今後の展望

PHACTR1遺伝子に変異が起こると、PHACTR1タンパク質の性質が変化してしまい、アクチンと結合できなくなります。その結果、アクチンの機能が正しく調節されなくなり、脳発達障害が起こり、最終的にウエスト症候群の発症につながると考えられます。

本研究成果は「アクチン細胞骨格の正常化」を標的にした新たなてんかん治療法開発の可能性を提起しました。今後は、PHACTR1とアクチンの相互作用がどのようなメカニズムで細胞移動を制御しているのかを解明し、新規治療薬開発の更なる手がかりを見つけたいと思います。

参考文献

Nanako Hamada et al., De novo PHACTR1 mutations in West syndrome and their pathophysiological effects, Brain, awy246, doi:10.1093/brain/awy246

この記事を書いた人

浜田奈々子
浜田奈々子
日本学術振興会特別研究員PD、愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所神経制御学部。岐阜大学大学院連合創薬医療情報研究科博士課程修了(薬科学)。2年前に第三子を出産しました。出産や日々の育児のなかで、個体発生や発達、またそれらに関連する病気に関心を持つようになりました。さまざまな発達障害の病態理解と治療法開発の一助となるような研究を目指しています。最近は子どもと昆虫の羽化にハマっています。アゲハチョウ、セミ、トンボがすっかり姿をかえて出てくるのを見ると本当に不思議でおもしろいです。生物誕生の不思議・おもしろい、が私の研究の原点にあるのだと思います。