変容するキャリアと家族形成

ここ数十年で、日本も含め先進諸国において家族形成と雇用をめぐる環境は大きく変化しました。第1の変化が、未婚化・晩婚化です。日本では、1985年から2015年にかけて生涯未婚率(50歳時点の未婚者割合)は女性で4.3%から14.1%、男性で3.9%から23.4%に達しました(総務省「国勢調査」)。同年で平均初婚年齢も上昇し、女性では25.5歳から29.4歳、男性では28.2歳から31.1歳となっています(総務省「人口動態統計」)。

第2の変化が雇用の不安定化です。特筆すべきは非正規雇用者の急増であり、被雇用者に占める非正規雇用者の割合は1985年から2015年にかけて女性で29.0%から57.0%へ、男性で7.7%から22.0%に至りました(総務省「労働力調査」)。既婚女性のパートタイマーだけではなく、若年者にまで非正規就業が広がったのがこの時期です。

以上の社会の変化のなかで、いったいどのようなキャリアを歩んでいる人が結婚しやすい/しにくいのか(以下これを「結婚への移行」と呼びます)ということについては、男性非正規雇用者が結婚しにくいという傾向を除いて、十分に明らかになっていませんでした。そこで本研究の目的は、1990年代以降の経済成長の停滞、雇用の不安定化の影響を強く受けた世代を対象に、キャリア、より具体的には雇用形態、職業、企業規模とそれらの変化に焦点を当てて、これらが結婚への移行にどのような影響をおよぼすのかを男女を比較しながら明らかにすることにあります。

「今」だけでなく「これまで」のキャリアへの注目

キャリアは結婚への移行にとってどのような意味を持つのでしょうか。この点についてインパクトのある理論を提示した社会学者がオッペンハイマー(V. K. Oppenheimer)です。

彼女の主張はこうです。結婚は数十年という長期にわたる関係なので、結婚から得られる利得は現在の相手の経済力だけでなく、将来の経済力や安定性によっても左右されます。しかし、将来の経済力や安定性というのは、相手からもましてや自分でもわからない、という不確実性がともないます。そこで人びとは、現在わかっている自分や相手の情報をもとに将来を予想し、結婚するかどうかを決めるのだといいます。

彼女の理論にしたがえば、安定的な仕事に就いているということは将来の経済力や安定性を示す指標であって、結婚への移行を促すと予想されます。さらに、たんに「今」どのような仕事をしているのかだけでなく、「これまで」どのようなキャリアを歩んできたかというのも、将来を予想するための重要な情報となり得ます。

キャリアが結婚への移行に与える影響、その男女差

では実際、どのようなキャリアが結婚への移行を促す、あるいは抑制するのでしょうか。本研究では、大阪商業大学JGSS研究センターが2009年に実施した、JGSSライフコース調査の分析によってこの問いに答えます。本調査の対象者は1966~1980年生まれの男女計2,727名(実際の分析に使用したのは女性1,264、男性1,048の計2,312名)です。この調査の最大の特徴は、対象者へ詳細な面接調査を行って、学校を出て働きはじめてから調査時現在に至るまで、月単位での職歴や結婚歴をすべて尋ねているという点です。このデータから人×月単位のデータを作成して、分析に使用します。

本研究のポイントは、経時的な視点から職業経歴を捉える点です。下の模式図を使って説明します。ここでは、はじめての仕事についてから52か月間は非正規雇用に就いていて、53か月めに正規雇用になったあと正規雇用を続け、90か月めに結婚したという(架空の)人を例にして考えてみます。もしこの人の雇用形態を(1)初職によって測るならば、この人は非正規雇用で結婚したということになります。他方で、(2)各時点の職によって測るならば、この人は正規雇用で結婚したということになります。本研究はこれに加えて、同じ正規雇用といっても、正規雇用に入って間もない人と、継続して正規雇用に就いている人とではその意味が異なると想定します。具体的には、直近3年分の(3)経歴を考慮し、非正規雇用から正規雇用になって3年以内の場合は正規参入、3年以上が経過した場合は正規一貫というふうにカテゴリを割り当てます。この場合、この人は安定して正規雇用を続けた段階で結婚したということになります。このように個人の変化を組みこみ、職業や雇用形態、企業規模とその変化に関する変数を作成します。

分析に用いるデータの構造(架空例)
注)筆者作成による架空の経歴。「正」は正規雇用、「非」は非正規雇用をそれぞれ表す。

この世代の男女は、いつごろ結婚(初婚)しているのでしょうか。生存曲線を描いたのが下図です。女性のほうがより早く、かつより多く結婚します。女性は20代前半から30歳ころまで、男性は20代後半から30代前半ころまでに結婚のピークが来て、その後は起こりにくくなります。

結婚への移行に関する生存曲線
出所)JGSS2009ライフコース調査
注)Kaplan-meier生存曲線。男性は中学卒業時点から3年後(満18歳)、女性は中学卒業後1年後(満16歳)をリスク開始時点とする。影のついた部分は95%信頼区間。

いかなるキャリアを歩む人がより早く結婚するのでしょうか。これを生存分析という方法を使って分析したのが下の表です。先に述べた3つのキャリアの測定方法を使ってその効果を比べました。係数の値が正であれば結婚しやすい(早くなる)ことを、負であれば逆に結婚が起こりにくい(遅くなる)ことを示します。

性別・キャリアが結婚への移行に与える影響
出所)JGSS2009ライフコース調査
** p < 0.01, * p < 0.05。値はComplementary log-log modelによる推定された係数を示す。統制変数としてリスク暴露期間およびその2乗、出生年、15歳時世帯年収、学歴、就業状態を投入。

ここで重要な発見は以下の3点です。第1に、女性では雇用形態よりもむしろ職業の効果が顕著で、とくに専門職に従事する人はより結婚しやすいことです。第2に、男性については、確かに非正規雇用であると結婚しにくいですが、それに加えて大企業に勤務している人は結婚しやすいことです。他方で職業による違いはみられません。

第3に、職業や雇用形態の効果は、経歴に着目することによってより明確にみえるということです。より具体的には、(3)の結果のように、男女とも非正規雇用で働き続けている人はより結婚しにくいという傾向が確認されます。さらに同じ非正規雇用でも、正規雇用から移ってきてさほど年数が経っていない人は結婚しにくいわけではありません。この点は、本研究のように経時的な視点でキャリアを捉えることによってはじめて明らかになったことです。

何が必要なのか:結論と政策的含意

結婚するかどうかはあくまで個人の選択です。しかし、結婚を望むにもかかわらず、その選択が不安定なキャリアのゆえにできないとすれば解決すべき問題です。本研究で強調すべき結果とそこから導かれる解決のための含意は以下の2点にまとめられます。

第1に、女性では、専門職に就く女性は他の職業に就く女性と比べて早く結婚に至りやすいことがわかりました。女性の場合、専門職のほとんどは看護師、保育士、教員のような医療・保育・教育関連職です。これらの仕事は他の仕事と比べて極端に所得が高いわけではありませんが、結婚出産しても働き続けやすく、再就職もしやすい職業として知られてきました。これらの職業では、将来のキャリアがある程度見えているために、結婚しやすいのではないかと考えられます。女性が安定して働くことのできる職場環境を整備することが、女性の将来的なキャリアに関する不確実性を減らし、結婚へと踏み切りやすくなる可能性があります。

第2に、同じ非正規雇用といっても、一時的に非正規雇用になることは必ずしも結婚への移行を阻害しない一方で、非正規雇用にとどまり続けていることは結婚への移行を遅らせることがわかりました。つまり、非正規雇用にとどまり続けてしまうことこそが問題であるといえます。非正規雇用者がキャリアの展望をもてるよう政策的に支援することが、経済的な不平等の解消のみならず、家族形成の観点からも急務といえます。

参考文献

  • 麦山亮太,2017a,「職業経歴と結婚への移行:職種・企業規模・雇用形態と地位変化の効果における男女差」『家族社会学研究』29(2): 129–141.
  • 麦山亮太,2017b,「キャリアの中断が生み出す格差:正規雇用獲得への持続的影響に着目して」『社会学評論』68(2): 248–64.
  • Oppenheimer, Valerie Kincade. 1988. “A Theory of Marriage Timing.” American Journal of Sociology 94(3): 563–91.

この記事を書いた人

麦山 亮太
麦山 亮太
東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程。日本学術振興会特別研究員(DC2)。2018年、本記事の内容に関する論文にて日本社会学会・論文の部奨励賞受賞。専門は社会学、とくに社会階層・不平等研究。キャリアという経時的な視点から、労働市場とその変化が人びとのキャリアをいかに変えるのか、その結果社会経済的な格差や家族形成のあり方がいかに変わるのかを明らかにすることを研究関心としています。これまでの研究成果などは随時ウェブサイトにて公開しています。