日本海の成立

現在、日本海は深さ130m以下の海峡を通して外洋と繋がっていますが、日本海の深層水と外洋(太平洋)の深層水の交換は完全に遮断されています。この浅い海峡で閉じられた半閉鎖的な日本海には、外洋と異なる独自の深層水循環が形成されているため、全海洋のたった0.3%の面積しか占めない海なのにもかかわらず世界の研究者の注目を集めています。このような稀な特徴を持つ日本海は、いつ生まれ、どのような過程を経て形成されたのでしょうか?

下北半島を中心とした日本海-太平洋の水塊断面図。左上図は水温、左下図は塩分の分布。日本海と太平洋の深層水の交換がないため、両海域の深層水の水温・塩分が大きく異なるのがわかる。

これまでにわかっている日本海の形成過程や日本列島の形成史によれば、もともと日本列島はユーラシア大陸の一部で、約2500~2000万年前に日本列島とユーラシア大陸のあいだに溝が形成され、それが徐々に拡大し、今の日本海が形成されたようです。日本海の拡大が終息した1000万年前には、日本列島の分布は現在の弧状に近い配置になっていましたが、西日本は朝鮮半島と陸続きで、東日本の大部分は海面下にありました。つまり、当時の日本海は北日本側に開いた湾のような形状をし、海峡深度も深かったため、日本海と太平洋とのあいだで深層水の交換があったとされています。しかし、1000万年前以降、東日本~北海道地域が徐々に隆起し、太平洋と日本海のあいだにあった海峡が徐々に縮小・浅海化して、日本海が半閉鎖的になっていきました。

日本海が太平洋と分離し閉鎖的になっていく過程は、東北日本の隆起活動や日本列島の形成と密接に関係していますが、いつ頃、そしてどの程度の時間スケールで起こったかは実はよくわかっていません。そこで、「海水の由来」を判別できるネオジム同位体比に着目して、日本海の閉鎖時期を解析することにしました。これは、日本海が閉鎖的になれば外洋水の流入が制限されるため、日本海深層水の化学組成が外洋水のそれと異なるようになり、この変化をネオジム同位体比から明らかにできるのではないかと考えたからです。

「海水の由来」を判別できるネオジム同位体比

海水に溶けているネオジム(Nd)は、もともとは岩石中のネオジムが水との反応で溶け、河川を通じて海洋に供給されたものです。岩石にはネオジムだけでなくさまざまな元素が含まれ、サマリウム(Sm)という元素も含まれています。ネオジム同位体比を考える際に、このサマリウムという元素が重要になってきます。サマリウムには、質量数147のサマリウム(147Sm)があり、放射壊変(半減期1.06×1011年)によって質量数143のネオジム(143Nd)に変化します。ネオジム同位体比は143Nd /144Ndの比で表すので、岩石中の143Ndの総量の違いが、岩石のネオジム同位体比の違いを作ります。

たとえば、Sm/Nd比が低い花崗岩では147Sm→143Ndへの壊変による143Nd量は少ないので、ネオジム同位体比は相対的に低くなります。逆に、Sm/Nd比の高い火山岩では147Sm→143Ndへの壊変量が多く生成される143Nd量も多くなるため、ネオジム同位体比が高くなります。つまり、岩石の種類や岩石の古さによってネオジム同位体比は変化し、そのネオジム同位体比は河川を通じて隣接する海水のネオジム同位体比にも影響を与えています。このような岩石の影響を受ける「海水の由来」によって、現在の海洋では、北大西洋を流れる深層水は-12εNd、南極周辺を流れる底層水は-9εNd、北太平洋を流れる深層水は-4εNdのようにそれぞれ異なったネオジム同位体比の値を示します。

海水のネオジム同位体比の特徴を表すイラスト
海水のネオジム同位体比は、隣接する後背地の岩石のネオジム同位体比を反映する。花崗岩が露出する所では、低いネオジム同位体比をもったネオジムが河川から海洋へ流出するため、沿岸域の海水も低いネオジム同位体比を持つ。火山岩が分布する場合は、海水は高いネオジム同位体比を持つ。海底付近の魚の歯・骨の化石には海水のネオジム同位体比が記録される。

魚の骨に記録される海水のネオジム同位体比

陸から遠く離れた海洋底では、1000年間でおよそ1cm程度の早さで堆積物が降り積もっていきます。このような堆積物を50cc程度取って顕微鏡でのぞくと、0.1~0.3mm程度の魚の歯や骨片を数個~百個程度見つけることができます。

海底堆積物から産出する魚の歯や骨片の化石。多くの歯・骨片化石はおよそ0.1~2mm程度の大きさ。

0.1~0.3mmの骨片が数十個というのは、量としては非常に少ないですが、魚の歯・骨には海水のネオジム同位体比情報がしっかりと記録されます。さらに海底面で歯・骨に記録されたネオジム同位体比は、仮に歯・骨が海底面下400mまで埋没したとしても、泥の中で1000万年経ったとしても保持されるのです。したがって、ある海域のひとつの地点で海底堆積物を採取し、各時代の堆積物から歯・骨を拾い集め、それらのネオジム同位体比を分析すれば、ネオジム同位体比から当時海底面を流れていた「海水の由来」を知ることができます。

日本海は、いつ太平洋から分離したか?

私たちは2013年に、統合国際深海掘削計画(Integrated Ocean Drilling Program(IODP)346次航海)において、日本海中央部の大和堆で掘削された堆積物試料(過去1000万年間で堆積した全長約400m)を対象として、魚歯・骨片化石のネオジム同位体比を分析しました。ネオジム同位体比から、試料を採取した日本海中央部の深層水がいつ頃から北太平洋(ネオジム同位体比高い)や南太洋(ネオジム同位体比やや低い)に由来する外洋の海水の影響を受けなくなったのかを調べようとしました。

日本海のネオジム同位体比は、1000~850万年前は北太平洋に由来する海水(ネオジム同位体比高い)の影響を受けていて、450万年前までは南太洋に由来する海水(ネオジム同位体比やや低い)の影響を受けていたことを示していました。さらに興味深いことに、450万年前には日本海のネオジム同位体比が約14万年間で大きく低下していたことも明らかにしました。これは、高いネオジム同位体比をもつ太平洋の海水が日本海に流入しにくくなったことを示しています。

日本海底層水は、450万年前までは外洋の北太平洋の深層水と同等のネオジム同位体比をもつため、外洋水の流入があったことがわかる。450万年前以降、日本海深層水のネオジム同位体比は外洋水よりも低いネオジム同位体比を示すことから、外洋水の流入が極端に減少したことが推察される。

450万年前前後は、ちょうど太平洋プレートの運動が活発でプレート縁辺にあたるニュージーランドやパプアニューギニアなどで造山運動が盛んだった時期にあたり、東北日本でも造山運動が活発だった時期と重なります。そのため、今回得られたネオジム同位体比データを併せて考えると、450万年前頃に東北日本の隆起により太平洋と日本海を繋いでいた海峡が14万年程度の期間で浅海化・縮小し、日本海と太平洋の海水交換が減少したと考えられます。つまり、深層水の交換において、日本海と太平洋の分離がこの時期に起こったといえます。

1000万年前から450万年前にかけての日本海周辺の海水循環の変化を表した概念図
450万年前以降、それ以前と比べより閉鎖的になり、現在の半閉鎖的な海域の原型が形成された。

おわりに

日本海の形成史や日本列島の形成史は、日本海海底にある大陸地殻の厚さと形、地磁気縞、断層の走向と分布、陸上岩石の古地磁気や日本海海底堆積物に残された微化石記録を多くの研究者が丹念に調べ復元されてきました。本研究はこれまでの知見に加えて、「海水の由来」を探れる新しい地球化学的な手法を用いることで、日本海の閉鎖史をこれまでよりも高い時間解像度でかつ鮮明に描きました。

参考文献
Kozaka, Y., Horikawa, K., Asahara, Y., Amakawa, H., & Okazaki, Y. (2018) Late Miocene?mid-Pliocene tectonically induced formation of the semi-closed Japan Sea, inferred from seawater Nd isotopes. Geology, 46, 903-906.

この記事を書いた人

堀川恵司
堀川恵司
富山大学 大学院理工学研究部(理学) 准教授。
2006年、北海道大学大学院地球環境科学研究科 博士後期課程修了。博士(地球環境科学)。日本学術振興会特別研究員(DC1)、高知大海洋コア総合研究センター、名古屋大学・フロリダ大学(日本学術振興会特別研究員PD)、富山大学大学院理工学研究部(理学)助教などを経て、2013年より現職。専門は、古海洋学、地球化学。堆積物や生物の殻・骨格遺骸などの同位体分析から、過去の環境情報や気候変動を読み取れることに衝撃を受け、研究を続けている。