高度IoT&省エネ社会は熱電変換が実現!?

スマートフォンに代表されるように近年の情報化社会の発展は著しく、家電や自動車、防犯機器などさまざまな機器がインターネットに接続し、情報を相互に交換できるようになってきました。近い将来、1兆個以上のセンサーがインターネットに接続される「高度IoT社会」が到来するとも言われており、そうなってくると個々のバッテリーを交換するのは容易ではありません。そこで機器自ら発電できる技術が重要になってきています。

熱電変換は熱を電気に変える技術です。工場や自動車からの排熱、空調や給湯などの家庭から出る熱、さらには太陽や地熱、体温に至るまで我々の身の周りにはさまざまな熱が利用されずに存在しています。これらの「未利用熱」を電気に変換できれば、IoT時代のセンサーに搭載される交換不要の自立電源として利用でき、さらに省エネ社会も同時に実現できます。

熱電変換技術のこれまでの研究と課題

これまで研究されてきた熱電変換技術はゼーベック効果という物理現象に基づいています。これは熱流があるとそれに沿ってキャリア(電流の運び役、電子やホール)が移動することで熱流と平行方向に起電力が生じる現象です。ゼーベック効果では熱流と発電方向が平行であるため、大きな起電力を得るにはどうしても立体的な形状を作る必要があります。この形状のため大型化や高集積化に伴う製造コストの増加が問題のひとつです。

またこれまでに知られている大きな熱電性能を示す物質は、毒性元素や貴重金属を含んでいたり、機械的に脆弱であったりと、材料として問題がありました。数十年にわたる熱電変換の研究があるにもかかわらず、未だ広く利用されるに至っていないのにはこのようなさまざまな理由があると考えられます。

新しい熱電変換技術:異常ネルンスト効果

一方、磁性体では異常ネルンスト効果という発電機構も存在します。これは、磁性体の持つ磁化によりキャリアの移動方向が曲げられ、磁化と熱流に垂直方向にも起電力を示す現象です。熱流方向に垂直に発電するため、立体構造は不要で、テープ化などにより熱源に沿った大面積の発電などが容易に行えるなどの利点があるものの、発電量が小さく熱電応用からは非常に遠いと考えられてきました。

しかし、近年我々が世界に先駆けて開発したワイル磁性体と呼ばれる物質群において、反強磁性体にもかかわらず磁化の大きさから経験的に期待される値より数十倍大きな異常ネルンスト効果が観測されました。この発見はさらなる物質開拓により、異常ネルンスト効果が大幅に増大する可能性を意味しており、大変注目されていました。

(a)ゼーベック効果は温度差の方向と同方向に発電 (b)ネルンスト効果は温度差の方向と垂直方向に発電 (c)ゼーベック効果を使った発電デバイス例 (d)異常ネルンスト効果を用いた発電デバイス例

室温巨大異常ネルンスト効果の発見

今回我々が注目した物質は、立方晶ホイスラー化合物の強磁性体Co2MnGaです。ホイスラー系は主にスピントロニクス分野などで古くから研究が進められてきたましたが、近年ワイル磁性体の候補として再注目されています。ホイスラー系では元素の入れ替わりが起きやすいことが知られており、純良結晶を作成して研究することが非常に重要です。

試行錯誤の末作成したCo2MnGaの純良単結晶の異常ネルンスト効果を測定すると、驚くべきことに過去に知られていた室温での最大値より1桁以上大きな値を示しました。さらに温度を100 ℃まで上昇すると、発電電圧がさらに上昇することがわかりました。室温以上の広い温度範囲で利用可能であるということは熱電応用にとって大変有用です。また、Co2MnGaは安価で無毒な材料でできているため、耐久性、耐熱性にも優れているという利点もあります。この巨大異常ネルンスト効果の背景には電子構造のトポロジーが関係しており、まったく新しい量子効果に基づいていることも新たにわかりました。

Co2MnGaの(a)結晶構造 (b)異常ネルンスト係数の磁場依存性 (c)異常ネルンスト係数の温度依存性

まとめと今後の展望

未利用熱から電気を作る試みは長いあいだ世界中で行われてきましたが、材料の毒性やコストの高さなどさまざまな問題点のため未だ広く普及するには至っていません。本研究は異常ネルンスト効果というまったく新しい原理に基づく熱電変換を可能とするもので、無毒・廉価・耐久性など既存技術にはなかった特性があります。この未開拓の新技術が今後さらなる研究により発展し、高出力化・薄膜化などにより実用につながることが期待されます。

実際に実用化・商品化に至った暁には、ボイラーやエンジンの排熱からの発電はもちろん、給湯器や体温などの微量な排熱を無線やセンサーの電源として利用できます。IoT社会の到来に先立ち、急速に発展するエネルギーハーヴェスティング市場を席捲するためにも、世界を大きくリードした研究を今後も継続していく必要があります。

参考文献

  • Sakai, Y. P. Mizuta, A. A. Nugroho, R. Sihombing, T. Koretsune, M.-T. Suzuki, N. Takemori, R. Ishii, D. Nishio-Hamane, R. Arita, P. Goswami and S. Nakatsuji, Nature Physics (2018) doi: 10.1038/s41567-018-0225-6
  • S. Nakatsuji, N. Kiyohara, T. Higo, Nature 527, 212-215 (2015)
  • M. Ikhlas, T. Tomita, T. Koretsune, M.-T. Suzuki, D. Nishio-Hamane, R. Arita, Y. Otani and S. Nakatsuji, Nature Physics 13, 1085-1090 (2017)
  • この記事を書いた人

    酒井明人, 中辻知
    酒井明人, 中辻知
    酒井 明人(Akito Sakai、写真右)
    東京大学物性研究所 助教。2014年東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻博士過程終了(科学)。日本学術振興会海外特別研究員、東京大学物性研究所特任助教を経て、17年より現職。専門は固体物理(実験)。

    中辻 知(Satoru Nakatsuji、写真左)
    東京大学物性研究所 教授。2001 年京都大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、博士(理学)。独立行政法人日本学術振興会特別研究員(PD)、日本学術振興会海外特別研究員、京都大学大学院理学研究科物理学宇宙物理学専攻講師、東京大学物性研究所准教授を経て、16 年より現職。専門は固体物理(実験)。