シークエンスが制御された高分子の合成 – 温度応答とpH応答機能を交互に並べることに成功
生体高分子と合成高分子の違いは「シークエンス」にある
「シークエンス」は順序や連続を意味し、学問から娯楽までさまざまな分野で用いられているタームです。おそらく生物学における「シークエンス」が最もよく知られており、核酸(DNA)やタンパク質などの生体高分子において構成モノマーがつながっている順番を表しています。
生体高分子の繰り返し単位となるモノマー(たとえばアミノ酸)は多種類存在しますが、生体内では鋳型(テンプレート)を用いることでそのシークエンスを制御して高分子を合成しています。これら生体高分子は主鎖と呼ばれる高分子の幹と、側鎖と呼ばれる枝から成っており、枝にはさまざまな機能基が配置されています。生体高分子ではこの機能基の並び方、すなわちシークエンスがある決まった並び方となるように制御されています。生体高分子のあらゆる機能はシークエンスに基づいており、シークエンスがわずかに違えば、それは異なる機能をもった高分子であることを意味します。このように、シークエンスは生体高分子の性質を決定する最重要因子といえます。
一方、高分子といえば、私たちの身の周りのさまざまな材料に使われている、分子量の大きい分子があります。プラスチック、繊維、ゴムに加えて、医療材料や電子材料など、これまでに多くの合成高分子が開発されてきました。合成高分子においてもシークエンスは重要な構造因子になる可能性はありますが、生体高分子と違ってその制御や評価が難しく、シークエンスで特性や機能を議論することはできませんでした。
このように、同じ高分子でありながら合成高分子は生体高分子と決定的な違いがあり、両者には大きな壁が存在しました。しかし、最近になって合成高分子に対してシークエンスを制御する研究が活発化してきました。
合成高分子のシークエンス制御
高分子であるポリマーは、モノマーをつなげることで合成されます。モノマーをつなげる反応を重合と呼び、多種類のモノマーを組み合わせた重合を共重合と呼びます。また、最も汎用的な重合として、炭素-炭素二重結合を有するモノマーの付加重合があり、多くのモノマーとその重合性がわかっています。また、二重結合に結合している置換基は重合性を決めると同時に、後に高分子の側鎖(枝)となるため、高分子の特性を決定する重要な部位となります。
共重合で得られる共重合体は、用いるモノマーの種類、置換基の組み合わせおよび組成比によって、その特性を調整することが可能です。この場合、最終的に合成される共重合体に含まれる各モノマーの組成比は、モノマー反応性比と呼ばれる値と仕込み比によってある程度制御することができます。しかし、そのつながり方は制御されずランダムに並んだシークエンスになります。
たとえば、3種類のモノマーを用いて共重合を行うと、シークエンスが制御された共重合体には、周期シークエンス(たとえばABC交互シークエンス)と非周期シークエンスが考えられます。ここでシークエンスが制御された共重合体とは、共重合体の鎖間で並び方が同じであることを意味します。シークエンスが制御された高分子は、ランダムシークエンスの高分子に比べて、均一な特性やシークエンスに基づく特性が期待されます。
2種類の刺激応答性ユニットの交互シークエンス制御
私たちの研究室では、ビニルモノマーの付加重合のなかでも特にラジカル重合を用いて、合成高分子のシークエンスを制御する研究を展開し、これまでにいくつかの方法論を提唱してきました。ここではAB交互シークエンスを制御する方法を紹介します。
まずはじめに2種類のモノマーを置換基間でつなげておき、両者の分子内成長を繰り返す環化重合を制御することで環化ポリマーを得ます。通常の重合に比べて希釈条件を必要としますが、適切な条件で環化重合を進行させることができます。ここで、交互シークエンスの精度を高めるためには、選択的分子間成長の制御が特に重要であり、両モノマーのモノマー反応性比を考慮する必要があります。
さらに、2種類のモノマーをつないだ置換基間に後で切断できる結合を導入しておくことで、得られる環化ポリマーの環状構造を切断でき、最終的にはAB交互シークエンスポリマーへ変換が可能となります。つまり、選択的な環化成長で交互シークエンスの礎を築き、後で環状構造を切断することで、2種類の側鎖を持ったポリマーに変換することができます。
本研究では、環化ポリマーの切断によって、2種類の側鎖がN-イソプロピルアクリルアミドユニット(NIPAM)とメタクリル酸ユニット(MAA)になるように、ジビニルモノマーを設計しました。このジビニルモノマーには、活性化エステルと三級エステルという分子構造を組み込み、後で環状構造を切断できるようにしました。活性化エステルはアミンが反応して対応するアミド結合を与えて切断されます。今回はイソプロピルアミンを添加し、環状構造からNIPAMユニットへ変換しました。また、三級エステルは酸(トリフルオロ酢酸など)で切断してカルボン酸になるので、MAAユニットに変換され、NIPAMとMAAが交互に並んだポリマーを得ることができます。
今回設計したジビニルモノマーの基本構造は、メタクリル酸エステルとアクリル酸エステルの組み合わせですが、アクリル酸の側鎖に電子吸引性基を導入して活性化エステルとしたことで、アクリル酸ビニル基の反応性が変わり、選択的分子間成長に都合の良い設計となっています。このことは、モデルモノマーの反応性比から予想されています。
ここで、NIPAMのポリマー(ポリN-イソプロピルアクリルアミド:PNIPAM)は温度を上げると親水性から疎水性に変化する「温度応答性」を示し、MAAのポリマー(ポリメタクリル酸:PMAA)はpHに応じて溶解性が変化する「pH応答性」を示します。すなわち、今回得られたNIPAMとMAAが交互に並んだポリマーは、「温度応答性」と「pH応答性」という2種類の刺激応答性ユニットを交互に並べたポリマーです。私たちはその合成に世界で初めて成功しました。
交互シークエンスの温度応答性とpH応答性
「温度応答性」と「pH応答性」は、高分子材料では一般的な機能であり、実際にさまざまな材料に応用されています。本研究で得られたポリマーも、「温度応答性」と「pH応答性」に関与する2種類のユニットを交互に並べた点が重要になります。そこで、NIPAMとMAAの両者がランダムに配列し、組成比が1:1である共重合体も合成し、交互シークエンスがこれらの応答性に与える影響を調べました。
NIPAMのポリマーであるPNIPAMの水溶液は、温度を上げると40℃付近で急激に白濁し、全体が不透明に濁ることがよく知られています。一方、NIPAMとMAAが1:1のランダム共重合体の水溶液は、温度を上げると小さな粒子が生成し、全体が濁ることはありませんでした。さらに、NIPAMとMAAの交互シークエンスのポリマーの水溶液は、温度を上げていくと幅広い温度領域で温度に応答して濁度を徐々に変える挙動を示しました。また、この温度領域はpHに応じて変化しました。その後の研究で、温度に応じて集合体の大きさが徐々に変わっていることや、メタクリル酸の電離度が徐々に大きくなっていることがわかりつつあります。現在、このユニークな刺激応答性挙動のメカニズムの解明と、材料への展開を研究しています。
おわりに
私たちはこの環化重合を用いたコンセプトを拡張し、さまざまなモノマーや機能性側鎖の組み合わせで合成高分子の交互シークエンス制御を実現しています。高分子鎖1本に複数の機能基を導入できることは高分子特有の特徴であり、これまでの高分子設計ではその平均的な組成で特性を調整してきました。しかし、シークエンス制御によって高分子設計に対する考え方が変わる可能性があります。今後もさまざまな機能基のシークエンスを制御することで、高分子の新しい振る舞いや特性を明らかにし、シークエンスが根幹となる高分子材料の創出へつなげていきたいです。
参考文献
この記事を書いた人
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大内 誠(写真左)
京都大学大学院工学研究科高分子化学専攻 教授
2001年京都大学大学院工学研究科博士課程修了 博士(工学)取得。2001年株式会社豊田中央研究所 研究員。2004年京都大学大学院工学研究科 助手(2007年より助教、呼称変更による)。2007年米国 カリフォルニア工科大学 客員研究員。2010年京都大学大学院工学研究科 准教授。2017年京都大学大学院工学研究科 教授。専門は高分子の精密合成。
亀谷 優樹(写真右)
京都大学大学院工学研究科博士後期課程 1年
2016年3月京都大学工学部工業化学科卒業。同4月より同大学大学院工学研究科高分子化学専攻修士課程に進学し、2018年3月同課程修了。2018年4月から博士後期課程に進学し、現在に至る。