国内外における糖尿病の現状

現在、世界の糖尿病の患者数はどんどん増えており、糖尿病は世界的に大きな健康問題となっています。2015年における世界の糖尿病患者数は4億1500万人と推定されており、このまま有効な対策がなければ、2040年には糖尿病患者数は6億4200万人にまで到達すると言われています。日本も例外ではなく、2016年における糖尿病患者数は1000万人(糖尿病の可能性を否定できない人を合わせると2000万人)に上ると推計されています。1997年時点では糖尿病の患者数が690万人であったことを考えると、この20年間で糖尿病の患者が310万人も増えたことになります。糖尿病はまさに国民病といえます。

糖尿病は、主に1型糖尿病と2型糖尿病に分けられます。血糖値を下げるインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されて血糖が上昇してしまう1型糖尿病と比較すると、2型糖尿病は加齢や肥満、運動不足といった生活習慣によって、インスリンの効きが悪くなるタイプの糖尿病です。現在の糖尿病患者数の約9割を2型糖尿病が占めるとされ、さらに、原因となる生活習慣は是正できることから、糖尿病患者数を減少させるには、この2型糖尿病を予防することが重要であると考えられています。

糖尿病と運動の関わり

運動が健康によいことは今や常識となっています。糖尿病と運動の関わりについても同様で、2型糖尿病を予防するためには、ランニング等の運動を行って日頃の身体活動量を高く保つことが有効であるとされています。一般的な運動といえば、ウォーキングやランニングなどの有酸素運動が思い浮かぶと思います。定期的に運動を行っている人は、そうでない人と比較すると、運動を継続させる能力が高いといえます。この運動を継続させる能力は全身持久力と呼ばれており、日頃の身体活動量の客観的な指標(目安)であると考えられています。

日頃の身体活動量は、歩数計を利用することで客観的に把握できますが、歩数計を装着して日常生活を送る必要があり、何かと不便です。一方、体力の測定は基本的に1回のテストで済むため、健康診断などで日頃の身体活動量を把握するのに有効な方法であるといえます。そして、実際に、全身持久力が高ければ2型糖尿病になりにくいことがこれまでの研究で明らかにされています。

体力にはさまざまな要素がある

その一方で、他の体力項目と比べると、全身持久力は測定の負担が大きいというデメリットがあります。運動を継続させる能力を評価するため、どうしても測定に時間がかかってしまったり、あるいは、疲労を感じてしまったりします。したがって、健康診断などの限られた時間のなかで実施することはなかなか難しいというのが現状です。

そこで、本研究では他の体力項目に注目しました。全身持久力以外の体力としては、筋力やパワー、筋持久力、柔軟性、バランス能力、反応速度などがあり、どれも定期的な運動によって向上させることができます。さらに、これらの体力項目は全身持久力よりも簡単に測定することが可能です。これらの体力項目が高くても、2型糖尿病にならずに済むのでしょうか?

筋力あるいはバランス能力が低ければ、2型糖尿病になりやすい

今回の研究では、新潟県労働衛生医学協会の協力のもと、人間ドック健診の受診者のデータを分析しました。また本研究は、新潟ウェルネススタディという一連の研究の一環として行われています。分析の対象となったのは、2001年度に人間ドック健診で体力測定を行い、さらに、その時点で糖尿病になっていない20~92歳の21,802人(女性6,649人)の方々です。検討方法は次のとおりです。

まず、体力測定項目(筋力、パワー、筋持久力、柔軟性、バランス能力、反応速度)ごとに、人数が等しくなるよう成績順に4つのグループに分けました。その際、各グループで男女比、年齢が等しくなるように工夫しました。そして、2007年度までのあいだで2型糖尿病になったか、2型糖尿病になってしまった場合はいつなったのかを把握しました。これらのデータをもとに、各体力測定項目の成績が一番良かったグループに対して、成績が悪かった他のグループがどのくらい2型糖尿病になりやすいのかについて統計モデルを用いて検討しました。各体力測定項目の詳細については、こちら(http://www.sotaiken.co.jp/wgs2/blog/fp/55/)を参照ください。

その結果、まず、筋力を測定する握力テストの成績が2型糖尿病のなりやすさと関連することが明らかになりました。握力は体重が重いと高い値を示すことがよく知られているため、体重当たりどのくらいの握力があるかという値で検討しています。最もその値が高かったグループと比較すると、その値が低いグループになればなるほど、2型糖尿病になりやすくなるという結果が得られました。より具体的には、体重に対する握力の値がだいたい80%ぐらいのグループ(例:体重60kgの人であれば、握力が48kgの人)と比較すると、体重に対する握力の値が約半分の50%ぐらいのグループ(体重60kgの人で握力の成績が30kgの人)では、2型糖尿病のなりやすさは約1.5倍高いという結果が示されました。この関係は特に男性で顕著でした。

握力と2型糖尿病の関連
握力の成績と2型糖尿病の関連について示している。体重当たりの握力によって、最も成績の良かったグループ(体重当たりの握力:0.77 kg/kg)から最も悪かったグループ(体重当たりの握力:0.53 kg/kg)に対象者を分けた。なお、これらの値は中央値(そのグループの値を一列に並べた場合に、ちょうど真ん中に該当する値)を示している。握力の成績が最も良かったグループの2型糖尿病のなりやすさに対して、他のグループがどの程度2型糖尿病になりやすいのかを、相対的な数字で表している。

さらに、2型糖尿病のなりやすさと関連を示した体力項目はバランス能力でした。今回、バランス能力は閉眼片足立ちテスト(目を閉じて両手は腰に付け、片足を上げてどのくらい立っていられるか)を用いて評価しています。目を閉じることで片足立ちテストの難易度は格段に高くなることから、バランス能力の衰えがあまり認められない若年~中年の受診者でもしっかりと評価できると考えています。握力の場合と同様に、閉眼片足立ちテストの成績が悪くなればなるほど、2型糖尿病になりやすいことが明らかになりました。

閉眼片足立ちテストと2型糖尿病の関連
閉眼片足立ちテストの成績と2型糖尿病の関連について示している。閉眼片足立ちテストの成績に基づいて、最も成績の良かったグループ(100秒)から最も悪かったグループ(10秒)に対象者を分けた。なお、これらの値は、握力と同様に中央値を示している。閉眼片足立ちテストの成績が最も良かったグループの2型糖尿病のなりやすさに対して、他のグループがどの程度2型糖尿病になりやすいのかを、相対的な数字で表している。

このほか、下半身のパワーを測定する垂直跳びや柔軟性を評価する立位前屈の成績も2型糖尿病のなりやすさと関連することが明らかになりましたが、この関連は肥満の指標であるbody mass index(体重〔kg〕を身長〔m〕の二乗で割ったもの:kg/m2)を考慮すると認められなくなりました。したがって、筋力やバランス能力とは違って、パワーや柔軟性と2型糖尿病の関連については、肥満の影響が反映されていたと考えることができます。その他の全身反応時間や筋持久力については、2型糖尿病のなりやすさと関連は認められませんでした。

まだまだ未解決な問題がある

今回の研究では、筋力やバランス能力を評価することで、従来の全身持久力による評価より比較的簡便に2型糖尿病の高リスク者(2型糖尿病になりやすい人)を把握できる可能性が示されました。本研究は6年間の追跡調査だったため、比較的近い将来の2型糖尿病との関連を明らかにしたといえます。今後は、長きに渡って筋力やバランス能力が2型糖尿病のリスクと関連するか明らかにするため、長期的な追跡調査を実施する必要があります。また、なぜ、筋力やバランス能力が低ければ2型糖尿病になりやすいのか、その詳細なメカニズムの解明も望まれます。

参考文献
Momma H, Sawada SS, Kato K, Gando Y, Kawakami R, Miyachi M, et al. Physical fitness tests and type 2 diabetes among Japanese: a longitudinal study from the Niigata Wellness Study. J Epidemiol. 2018. doi: 10.2188/jea.JE20170280.

この記事を書いた人

門間陽樹
門間陽樹
東北大学大学院医学系研究科運動学分野・講師
運動、スポーツ、身体活動、体力をキーワードとした疫学研究に従事しています。身体を動かすことは健康にいいのか、どのように身体を動かせば健康に貢献するのか、を大きな疑問として抱え、身近にある素朴な疑問、現場で働いている人が抱く疑問を科学的に解決していこうと考えています。その一方で、最近の運動は健康と関連づけられすぎているとの思いもあります。運動、スポーツ、身体活動を通した経験は、健康以外のことにも繋がっているはずです。将来的には、疫学手法を用いて、運動、スポーツ、身体活動の魅力について、健康だけではなくさまざまな側面から示せるような研究をしたいです。