近年、雪氷が熱い

近年、各国研究者のあいだで雪氷上に繁殖する微生物への関心が高まっています。その理由は、地球温暖化に伴い北極の雪氷環境が急激に変化していることと、予想を上回る近年の雪氷の融解量にこの雪氷微生物が関与していると考えられるからです。

雪氷藻類とよばれる光合成微生物、そしてその生産物を消費する従属栄養微生物は、雪氷上で増殖して表面の暗色化を引き起こします。その暗色化が、氷河表面や残雪の太陽光反射率を減少させ、最終的に雪氷の融解を加速させることがわかってきました。かつて生物学的にほとんど注目されることがなかった雪氷生態系は、今や氷河変動の現状理解や将来予測をするうえで欠かすことのできない、重要な要素として認知されるようになったのです。

赤雪とは

残雪や氷河が赤く染まったようにみえる「赤雪」現象は、日本をはじめとする世界各地の山岳地帯や極域などで見られます。この現象は、古くは紀元前のアリストテレスの時代から知られており、赤い色素を細胞内に貯め込んだ雪氷藻類が、残雪や氷河上で増殖することによって引き起こされます。19世紀の博物学者ダーウィンの著書「ビーグル号航海記」にも、アンデス山脈で靴底を真っ赤に染める赤い雪氷藻類に出会ったことが印象的な出来事として記されています。

南極・リビングストン島(左図)、アラスカ・ハーディング氷原(右図)にて観察された赤雪

雪氷藻類の多くは緑色の藻類(緑藻)に分類されていますが、増殖の過程でアスタキサンチンなどのカロテノイド色素を合成して細胞内に貯め込むので、高密度に繁殖すると雪が赤色に見える原因となります。雪氷上は強光であるため、それらの藻類は細胞内に蓄積されたカロテノイド色素でサングラスのように紫外線をカットし、DNAの損傷を防ぐと考えられています。また、赤雪は残雪や氷河表面を暗色化して太陽光反射率を減少させ、それらの融解を促進しているという研究結果が報告されており、雪氷藻類が地球環境に大きな影響を与えていることが示唆されています。

赤雪を構成する藻類

雪氷藻類の一般的な生育温度は1~5℃程度の低温環境であり、積雪や氷河上に生息する他の従属栄養生物へ有機物を供給する一次生産者として、氷河や積雪の生態系で重要な役割を果たしています。雪氷上の生態系および生物を介した氷河や積雪の融解過程を理解するためには、雪氷藻類の正確な種分類と、それぞれの種の繁殖および分散過程を理解することが必要不可欠です。

赤雪に優占する雪氷藻類は、主に野外サンプルの形態観察から緑藻のクラミドモナス属やクロロモナス属などの種として分類されてきました。しかしながら、実際に赤雪中にみられる藻類細胞はほとんどが休眠胞子で形態的にもよく似ており(下図)、顕微鏡で観察しても種同定は困難です。

赤雪を構成する主な雪氷藻類。赤い色素をもった雪氷藻類の増殖により、雪が赤く染まる。

一方、生物種の系統推定に広く用いられている、18S rRNA遺伝子や光合成に関わる遺伝子の塩基配列データを基にした分子系統解析は、雪氷藻類がその形態から推測される属とは異なる、様々な系統に属することを示唆しました。さらに、積雪上にパッチ上に現れる赤雪は1種で構成されているわけではなく、複数種を含む群集であることもわかってきました。これらの種の中には、世界中どこにでも生息するコスモポリタン種(汎存種)と、分布域が限られた地域特有のエンデミック種が含まれていると考えられますが、雪氷藻類の詳細な系統分類を分子データに基づいて網羅的に行った事例はなく、それぞれの種がどのような分散過程を持つのかについてはよくわかっていませんでした。

雪氷藻類は、グリーンランドやアラスカ、スヴァールバル諸島などの北極域、さらには南極にも広く分布することが知られています。それでは、2万キロメートルも離れた北極と南極では、同じ種類の雪氷藻類が生息しているのでしょうか? 氷河や積雪といった雪氷圏は、極域や高山にそれぞれ地理的に独立して分布しています。そのため、距離的に離れた両極に分布する藻類が同一種なのかどうか、もし同一種だった場合どのくらいの距離を分散可能なのか、この謎を解くために分子データに基づく詳細な解析をおこなってみました。

赤雪藻類の群集構造解析

北極域のスヴァールバル諸島、グリーンランドおよびアラスカ、そして南極で採取した赤雪試料からDNAを抽出し、18S rRNA遺伝子およびITS2領域をそれぞれ増幅後に塩基配列を解読し、系統解析を行いました。18S rRNA遺伝子は配列の保存性が高く、遠縁の生物同士でも配列の比較が可能ですが、進化速度が遅いため詳細な類縁関係を調べるには不向きです。一方、ITS2領域は各リボソームRNAをコードする遺伝子の間に存在するスペーサー領域であり、進化速度が18S rRNA遺伝子よりも格段に速いため、詳細な類縁関係を調べるのに適しています。まず、18S rRNA遺伝子で大まかな全体像を調べたところ、両極から同一種のものと思われる配列データが検出されたため、雪氷藻類にもコスモポリタン種が含まれている可能性が示唆されました。

次に、進化速度の速いITS2領域を用いて、詳細な類縁関係を解析しました。ITS2領域の2次構造の比較解析に基づいて種の範囲を識別する手法と分子系統解析を駆使して、赤雪試料から得られたITS2領域の塩基配列データをグルーピングした結果、南極と北極の赤雪には少なくとも緑藻綱13種とトレボウクシア藻綱9種からなる、全部で22種の藻類が含まれていると推定されました。これら22種のうち、15種は北極もしくは南極のみに存在するものでしたが、今回解析によって得られた配列データの6%しか占めないマイナーな種であることがわかりました。一方、残りの7種は解読した塩基配列の94%を占め、北極および南極の両極から検出されました。続いて、両極に分布する藻類が同じ系統なのかを詳細に調べるために、ITS2領域の塩基配列が100%一致している完全一致配列を解析しました。

ごく一部の系統の藻類が両極に分布していた

赤雪試料から得られたITS2領域の塩基配列を、配列が100%一致している完全一致配列同士でまとめた結果、全部で64,047種類に分類されました。これらの完全一致配列のほとんどは、南極もしくは北極のどちらかの極に分布し、また同じ北極域でも特定の地域の氷河のみに局在する事がわかりました(下図)。近年の研究から、北極域ではどこでも同じ種類の雪氷藻類が分布していると信じられていたので、本結果はそれを覆す驚くべき新知見です。

各地域間の微生物-微生物ネットワーク図
雪氷藻類の完全一致配列は、ほとんどが地域固有のものであり、地域間で共通する配列は少なかった。完全一致配列(点)につながった線の色が、その配列が検出された地域を示している。図中の矢印が全ての地域から検出された完全一致配列。

その一方で、両極のすべての地域(南極および北極域のスヴァールバル諸島、グリーンランドおよびアラスカ)から検出された完全一致配列は912種類でした。この912種類の配列が全ての完全一致配列の種数(64047種類)に占める割合は1.4%で、地域別にみても3~9%と低くなりました。しかしながら、912種類の完全一致配列が全塩基配列数に占める割合(≒全個体数に占める割合)は平均で37.3%と、高い割合であることが明らかとなりました。

両極から検出された雪氷藻類の割合

仮に北極と南極間で藻類の行き来が長い間途絶えていれば、同種内でも両極間では進化速度の速い領域(ITS2など)の塩基配列は異なっていくはずです。従ってこの結果は、雪氷藻類の限られた系統がコスモポリタン種として全球に共通して分布しており、現在も大気循環などを通じて分散、交流していることを表しています。そして、そのような藻類が赤雪上では優占していることが示唆されました。

今後の展開

微生物の分散の研究は、1930年代にバース=ベッキング博士が提唱した、”Everything is everywhere, but the environment selects”の仮説(環境要因が選択しなければ、すべての微生物がどこにでもいる)以来、長年論争が続いていました。近年の分子データから、微生物の種にも、世界中のどこにでも生息するコスモポリタン種と、分布域が特定の地域に限られるエンデミック種がいることが示唆されていましたが、それぞれの分散過程については、よくわかっていませんでした。本研究によって、赤雪上には雪氷藻類におけるコスモポリタン種とエンデミック種の両者が生息しており、コスモポリタン種は地球上を両極のレベルで分散し、交流している可能性が示唆されました。今後、地球温暖化の影響が大きい中低緯度のサンプルを加えて全球レベルでの定量評価を行うことにより、多様な微生物が相互作用する雪氷生態系の系全体への理解が明らかになると期待されます。

参考文献

  • Takahiro Segawa, Ryo Matsuzaki, Nozomu Takeuchi, Ayumi Akiyoshi, Francisco Navarro, Shin Sugiyama, Takahiro Yonezawa & Hiroshi Mori. Bipolar dispersal of red-snow algae. Nature Communications. 9, 3094 (2018).
  • Stefanie Lutz, Alexandre M. Anesio, Rob Raiswell, Arwyn Edwards, Rob J. Newton, Fiona Gill & Liane G. Benning. The biogeography of red snow microbiomes and their role in melting arctic glaciers. Nature Communications. 7, 11968 (2016).

この記事を書いた人

瀬川高弘
瀬川高弘
山梨大学 総合分析実験センター 特任助教。
東京工業大学生命理工学研究科にて氷河に生息するバクテリアの生態研究で学位取得(理学)。その後、情報・システム研究機構 新領域融合研究センターに所属し国立極地研究所で氷河に生息している微生物や、地球環境のタイムカプセルであるアイスコア試料中に封じ込められている過去の微生物の研究をおこなう。さらに古代DNA解析技術を応用して、絶滅した動物や植物の古代試料からのDNA解析にも積極的に取り組んでいる。