ほとんどの銀河の中心には巨大ブラックホールが潜んでおり、宇宙初期には非常に明るい特殊な銀河(クェーサーなどの活動銀河)が多数存在しました。天の川銀河の中心にも太陽の400万倍の質量を持つブラックホールが隠れていますが、現在はとても静かで「休火山」のようです。我々の銀河系も、かつては明るく輝いていたのでしょうか? 近年、フェルミ宇宙ガンマ線望遠鏡により、銀河中心から南北約50° に噴き出す巨大なガンマ線バブル(通称:フェルミ・バブル)が発見され、大きな話題を呼んでいます。一方で、電波やX線では40年も前から、全天にまたがる謎の巨大なループ構造が知られてきました。今回の研究により、これらすべては1000万年前に起きた銀河中心の大爆発が残した痕跡であることがわかったのです。

はじめに:天文学は「2次元」が基本

人間の目は視界に入る光の色と明るさを捉え、左右の視差を利用して方向や距離を3次元的に識別します。同様に、地球の公転による年周視差を用いて天体までの距離を測ることは可能ですが、100光年くらいまでの、ごく近傍にある恒星に限られます。それ以上になると視差があまりに小さく、距離を画像から判断することはできません。

たとえば、以下の図をご覧ください。我々の太陽系が銀河系の端にあることはよく知られていますが、赤いループ構造が近くにあっても遠くにあっても、画像上では同じような広がりで見えてしまいます。一方で、本当のループの大きさは天体までの距離に比例するため、その起源や正体もまったく異なるものとなります。天文特有の「距離の縮退」を解くことが、今回の発見のポイントです。

天文学における2次元画像と、実際の立体構造。一般的に天体までの距離情報は縮退してしまう

ガンマ線バブルと巨大ループ構造

2010年、フェルミ宇宙ガンマ線望遠鏡が発見したフェルミ・バブルは差しわたし5万光年(=銀河系の約半分の大きさ)に及ぶ巨大な泡構造です。もし、バブルが爆発的に形成されたとすると、大昔には天の川銀河の中心が今より1億倍は明るかったと推測されます。当然、そのような大爆発はガンマ線だけでなく、ほかの波長にも多くの「爪痕」を残しているはずです。本研究では、特に電波やX線の全天マップで見られる巨大なループ構造に着目しました。

実は、ループの存在自体は1970年代から天文学者の間で広く知られていました。この正体については、太陽系のごく近傍にある天体が巨大に見えているだけ、とする説が一般的で、とくに約400光年先にある星団 “サソリ座ケンタウルス” の超新星残骸と考えられてきました。一方で、研究チームの祖父江はこの巨大構造が距離にして約3万光年、はるか遠方の銀河中心に存在し、過去の大爆発により形成されたとする新たな説を提唱しました。しかしながら、ループまでの距離推定に決め手を欠くこと、また当時は観測が不足していたため、「銀河中心爆発説」は形勢不利のまま40年の月日が流れました。

(a)ガンマ線全天マップとガンマ線バブル (b) X線で観測した全天マップと巨大ループ構造

巨大ループの“尻尾”を捉える

我々は、日本のX線天文衛星「すざく」および米国のスウィフト衛星を用いてフェルミ・バブルを包み込む高温ガスや巨大ループ構造をX線で網羅的に観測し、その距離や起源を決定することに成功しました。2013年のプロジェクト開始から解析したデータは全天で140箇所におよび、世界的にも類を見ない大規模なサーベイプロジェクトです。

宇宙空間は完全な真空ではなく、密度は ~数個/cc程度の星間ガス(水素やヘリウム)が存在します。また、銀河系全体が、温度200万度の高温プラズマ(銀河ハロー)で包まれていることが知られています。「すざく」衛星は 1キロ電子ボルト以下の広がったX線放射の検出に優れた感度を持ち、スペクトル情報から物理量を正確に決定することができます。

まず、観測されたスペクトルがいずれも星間ガスにより大きな吸収を受けていることがわかりました。吸収量は概ね距離に比例しますので、これはループ構造が太陽系近傍にあるのではなく、銀河系のかなり遠方、銀河中心付近に存在することを示唆します。また、巨大ループ構造の上ではガスの温度が約300万度と高く、周囲より密度が2~3倍も高いことがわかりました。ガスの密度が高いことは何らかの膨張により圧縮されたガスが吹きたまっていることを意味します。その膨張速度は約 300 km/s と見積もられ、現状の大きさまで広がるのに約1000万年の時間を要することがわかりました。つまり、1000万年前に銀河中心で起きた爆発により、フェルミ・バブル、さらには外側の巨大ループが一気に形成されたと結論されます。

(左) 巨大ループ上と周辺における高温ガスの温度と輝度。ループ上は膨張による加熱・圧縮で明るく、温度も高い (右) 流体シミュレーションで再現した巨大ループ構造からのX線放射

考察の妥当性を確認するため、流体シミュレーションを用いて1000万年前の爆発を模擬した再現実験を行いました。これより、一般的な超新星爆発の10万個分という、とてつもないエネルギーが一気に解放されたことが初めてわかりました。X線で明るいループ構造は、爆発の衝撃で高密度に圧縮・加熱された高温ガスによるものと考えられます。本研究で明らかになった、バブルと巨大ループ構造の位置関係を以下に示します。

本研究で得られた銀河中心巨大構造と太陽系の位置関係。1000万年前に銀河中心で起きた大爆発でフェルミ・バブルが形成され、巻き上げられた高温ガスが圧縮・加熱されたものと考えられる

銀河進化の統一理解へ

悠久不変にみえる宇宙も長い歴史のなかでは激しい進化を繰り返し、その多様性を育んできたと考えられます。とくに、クェーサーなどの活動銀河は膨大なエネルギーをコンパクトな中心部(ブラックホール周辺)から放出する特殊な銀河であり、その形成や進化については多くの謎に包まれています。

エネルギーの源はブラックホールに落ち込む物質の重力エネルギーの解放によると考えられ、活動銀河はすなわち「燃料がたくさんある」特別な銀河と言い換えることができるかもしれません。逆に、ブラックホール周辺のガスやちりを食べ尽くすと、活動銀河も通常の銀河に「進化」することも考えられます。すなわち、活動銀河は銀河のある特殊な活動期、人間でいえば青年期~壮年期の様子を見ているだけに過ぎないのかもしれません。

我々の銀河系も現在は非常に暗く、ブラックホール周辺にも落ち込む燃料がほとんどありません。しかしながら、フェルミ・バブルや今回検証した巨大ループ構造は、過去に銀河系が活動銀河に匹敵するほど、膨大なエネルギーを宇宙空間に放出していた証です。銀河の寿命は、一般に数十億年~100億年ほどと考えられます。そのわずか1% (~1000万年)といった短い期間に、銀河系が大きな進化を遂げたのは予想外の驚きです。フェルミ・バブルに類似した構造は幾つかの銀河で観測され、隣のアンドロメダ銀河でも同様なバブルを検出したとの報告もあります。今後はそれぞれの銀河に残る痕跡を頼りに、時間軸方向に進化をたどる新しい天文学のアプローチが可能となるかもしれません。

この記事を書いた人

片岡淳
片岡淳
1972年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業。大学院は同・理学系研究科に進学し、天文衛星の開発に従事。2000年3月に博士(理学)を取得。京都大学、東京工業大学(助教)を経て現在は早稲田大学先進理工学部・応用物理学科、教授。JAXA宇宙機応用工学研究系客員教授を併任。2001年度宇宙線物理学奨励賞、2004年度日本天文学会研究奨励賞、2009年米国航空宇宙局NASA表彰、2012年度文部科学大臣表彰、2016年早稲田大学中核研究者に選出。最近のヒットは、ベルサイユ宮殿でプライベートの広瀬すずさんと遭遇し、最高の笑顔で一緒に写真を撮ってもらったこと。