X線スペクトル測定×機械学習 – 学習と予測による実験計画の自動決定
機械学習とは?
最近、人工知能(Artificial Intelligence: AI)関連のニュースは毎日のように流れており、 AI内蔵のスマートフォン、スマート家電やAIを使ったサービスの普及などAIは身近なものになってきています。AI研究にはさまざまな研究領域が含まれますが、そのひとつに機械学習があります。機械学習とは「機械」(コンピュータ)がデータを「学習」し、それらのなかにあるパターン・傾向・法則を発見することです。
たとえば機械学習によって大量の動物画像データから猫の画像のみを識別することが可能になります。このような画像認識のほか、マーケティングや自動運転などさまざまな産業で機械学習は応用され、研究開発も盛んに行われています。我々の研究チームはこの機械学習を物質・材料研究に用いられるX線スペクトル測定に応用することを考えました。
X線スペクトル測定とは?
身近なX線の利用といえば、レントゲン写真の撮影が思い浮かびます。レントゲン写真からは目に見えない人体の内部の様子を知ることができます。これは物質・材料研究でも同様で、試料にX線を照射し、その応答を調べることでさまざまな情報を得ることができます。X線スペクトル測定は、試料にX線を照射し、透過したX線や飛び出してきた電子のエネルギー分布(X線スペクトル)を調べる実験手法です。
X線スペクトル測定にもさまざまな種類がありますが、今回の研究ではそのなかでもX線磁気円二色性スペクトル測定に着目しました。X線磁気円二色性スペクトル測定では物質の磁気的な情報(物質の磁石としての性質)を調べることができます。この測定には定量性、元素識別性や高感度であることなどさまざまな特長があり、永久磁石材料やスピントロニクス(電子の電荷だけでなくスピンも利用する次世代のエレクトロニクス)材料の研究に欠かせない実験手法のひとつとなっています。
X線スペクトル測定の課題
近年ますます研究開発サイクルが加速するなかで、迅速に実験データを取得・解析し、物質・材料開発にフィードバックすることが求められています。X線磁気円二色性スペクトル測定も例外ではなく、これまでよりも測定のスループットを上げる必要があります。X線磁気円二色性スペクトル測定では、エネルギーを細かく変えながらX線を試料に照射します。従来の測定では、どの程度細かく測定するか、測定点数を何点にするかという、いわゆる実験計画を実験者が決めていました。当然この実験計画は実験者によって異なり、たとえば経験の少ない初心者は測定点数を少なくしすぎてスペクトルの重要なピーク構造を見逃すかもしれません。
実験者によっては実験データの品質にこだわるあまり、必要以上に測定点数を多くして、貴重な実験時間(X線磁気円二色性スペクトル測定は放射光施設と呼ばれる共同利用の大型実験施設で行われるため、研究者あたりの実験時間は非常に限られています)を無駄に費やすかもしれません。我々の開発した「適応型」実験計画法では、測定に機械学習を応用することで合理的な実験計画を自動決定し、実験者に依らず必要十分な実験データを効率的に取得することが可能になります。これによってX線磁気円二色性スペクトル測定のスループットが向上します。
X線スペクトル測定への機械学習の応用
X線磁気円二色性スペクトル測定のスループットを向上する方法はいくつか考えられますが、今回の我々のアプローチは「計測するエネルギー点数を減らす」というものです。計測点数を減らせば、測定時間そのものを短縮することができます。ここで計測点数を合理的に減らすために「ガウス過程回帰」を用いました。これを具体的に説明します。
まず初期データとして、少数のエネルギー点を計測します。この初期データを入力としてガウス過程回帰で「学習」すると、出力として「予測」スペクトルと予測スペクトルの「分散」が得られます。予測スペクトルを解析して物理量(今回は磁気モーメント)を定量評価するとともに、分散に基づいて次に計測すべきエネルギー点を自動的に決定します。物理量が設定した収束条件を満たした場合は測定を終了しますが、そうでない場合は次のエネルギー点を計測します。この計測データを入力に加えて再びガウス過程回帰を行います。このように学習・予測・解析・計測を繰り返します。今回の結果では、従来に比べて5分の1程度の計測点数で同等の精度で物理量を決定できることが明らかになりました。
今後の展望
今回紹介した研究は、X線磁気円二色性スペクトル測定という、X線スペクトル測定のなかでもごく限られた実験手法に機械学習を応用したものです。現在は他のX線スペクトル測定に適用するための研究に取り組んでいます。将来的にはスペクトル測定以外のさまざまな実験手法に展開することで、あらゆる研究領域における測定スループットの向上を目指しています。
参考文献
T. Ueno, H. Hino, A. Hashimoto, Y. Takeichi, M. Sawada, and K. Ono, Adaptive design of an X-ray magnetic circular dichroism spectroscopy experiment with Gaussian process modelling, npj Computational Materials 4, 4 (2018)
この記事を書いた人
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国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学研究部門 関西光科学研究所 放射光科学研究センター・主任研究員
2011年、広島大学大学院理学研究科物理科学専攻博士課程後期修了。博士(理学)。日本学術振興会・特別研究員(DC2)、広島大学放射光科学研究センター・研究員、国立研究開発法人物質・材料研究機構 元素戦略磁性材料研究拠点・NIMSポスドク研究員を経て、2017年より現職。物質・材料解析への情報科学の応用について研究している。
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