京都大学・畠島実験地

畠島は、紀伊半島の田辺湾に位置する京都大学瀬戸臨海実験所が管理する無人島です。島内には、岩礁・転石・砂泥地などの多様な底質が見られ、この島を一周するだけで田辺湾周辺の海岸生物相をひととおり観察できる場所となっています。そのため、この島は古くから研究者に注目され、教育・研究の場として活用されるとともに、地元の人々の磯物取りの場として利用されていました。

しかしながら、1960年代に大規模な観光開発計画が立ち上がり、この畠島の自然が失われる危機にありました。当時の実験所の所長を中心に島の生物相の保全を訴え、全国の海洋生物学研究者の支援を受けて、1968年に国による買い取りがなされました。それ以来、瀬戸臨海実験所が管理する実験地として、海岸生物の研究・教育に活用されています。特に、島の買い取り直後に「海岸生物群集1世紀間調査」が宣言され、長期間の海岸生物相のモニタリング調査を開始しました。

畠島の航空写真

海岸生物群集1世紀間調査

海岸生物群集1世紀間調査は、海岸生物相の長期的な変動を、環境変化とともに1世紀間モニタリングしようというもので、3つの調査を行っています。1つ目は、今回ご紹介する研究の中心となるウニ調査、2つ目は、畠島の南岸に出てくる生物の密度をすべて記録する畠島南岸調査、3つ目は、畠島全体を43区画に分け、区画ごとに見つかった86種の底生生物の個体数の密度を記録する畠島全島調査です。ウニ調査は、畠島買い取り以前の1963年より始まっており、すでに半世紀間の調査を行いました。本調査は、京都大学瀬戸臨海実験所の歴代メンバーと同志社大学を中心に、大阪市立自然史博物館、奈良女子大学等の共同研究グループが行い、国立環境研究所がデータ解析に参加しました。

その結果、ウニの長期変動の傾向と、気候変動や海洋汚染といったヒトによるウニの生態系への影響を世界で初めて明らかにしました。人間活動が与える生態系への影響はゆっくりと起こるため、長期間の継続したモニタリングが必要不可欠でした。しかし、このような沿岸の底生生物を対象としたこれほどの長期変動の調査はアジアでは行われておらず、特にウニ類を対象とした調査では本研究が世界でも最長です。

ウニをひたすら数え続け半世紀

ウニ調査は、1963年から2014年の52年間(途中数年間の中断あり)、畠島の西岸に2.5 x 3.0mの方形枠を設置し、年1回方形枠内のすべてのウニ類の種ごとに個体数を数えました。以前なら、単一の方形枠内のデータでも十分であったものの、近年では複数の方形枠を設置し、それらのデータも含めた解析が推奨されるようになってきました。過去に遡ってデータを集めることはできませんので、本研究では1983年から始まった畠島全島調査のデータを加えることで、その問題をクリアしました。しかしながら、今後の調査では方形枠を追加し、データを取る予定にしています。

畠島全島調査では、畠島全体を43区画に分け、区画ごとに見つかったウニ類を含む86種の底生生物の個体数を調査しました。また、水質がウニの発生に与える影響を調べる実験を、1973年から2013年にかけて行いました。畠島周辺で採集した海水を用いてムラサキウニの発生実験を行い、正常発生率を評価しました。

最後に、夏季・冬季の平均海水温、海水のpHや赤潮の発生日数などの環境の指標となるデータを用い、時間軸を考慮した統計学的解析を行いました。

左から、ムラサキウニ、タワシウニ、ツマジロナガウニ

人間活動による環境変化がウニの個体数を増減させた

調査が行われた畠島において、優占種であるムラサキウニ、タワシウニ、ナガウニ類は、1960年代から1970年代にかけて個体数が多かったものの、1970年代後半から1980年代のはじめにかけて急激に個体数を減らし、その後徐々に個体数が回復してきました。なお、1960年代から1970年代は、田辺湾において魚の養殖が盛んになるとともに、富栄養化による赤潮の発生が多かった時期でした。

統計学的解析の結果からは、ウニの種によって受ける影響が異なることがわかりました。ムラサキウニは特に赤潮の発生日数に反映される水質悪化の影響を強く受けていました。さらに発生実験において、ムラサキウニの幼生の正常発生率にも赤潮の発生日数が影響を与えることがわかりました。水質悪化の影響は非常に大きく、ごく短期間で個体数は激減してしまうものの、その回復には非常に時間がかかり、ムラサキウニの個体数はいまだに過去の水準にまで戻っていないことがわかりました。

熱帯性のナガウニ類は、冬期の水温の影響を強く受けていました。1963年の調査の開始年は、世界的寒波の影響で冬季の海水温が低く、畠島周辺ではナガウニ類は死滅してしまいました。しかしながら現在では、冬季の平均海水温が上がり続けていることに関連し、熱帯性のナガウニ類の個体数が非常に多くなっています。

ウニ類の個体数に大きな影響を与えていることが判明した赤潮にみられる水質悪化、温暖化による海水温の上昇も人間活動の影響を受けていることから、ウニ類の長期変動には人間活動の間接的な影響があることが明らかとなりました。

バトンをつないで

本調査は、現在も継続中であり、さらに50年間、1世紀間継続を目標に今後も調査を継続していきたいと思います。長期調査は結果が出るまでにどうしても時間がかかるため、すぐに成果が上がるものではありません。そのため、研究評価にはつながらず、多くの場合は資金不足で研究が止まってしまいます。また、一人の研究者が継続できる期間には限界があり、後継者の不在によって研究が終了してしまう場合もあります。

実際に、本調査は時岡隆所長(2001年没)らが始めたものの、後継者不在で数年間の中断期間があります。一旦中断したものの、大垣俊一博士(南紀沿岸生態研究室・2012年没)を中心として調査が再開され、瀬戸臨海実験所に縁の深い研究者たちが引き継ぎました。本研究成果は、「海岸生物群集一世紀間調査」としては、まだ折り返し地点ですので、我々の役目はきちんと次の世代にバトンを受け渡すことだと思っています。

また近年、畠島では無断上陸やバーベキューなどを行いゴミの放置などが問題化しています。本調査では、ウニ類に対する人間活動の影響を明らかにしましたが、直接的な生物への攪乱があっては正しくデータを評価することができません。畠島が京都大学所有の大切な自然保護・調査区として一般の方々に広く認知され、無断上陸や採集などがなされないように期待します。畠島は上陸が禁止された厳しい島ではなく、一般の方々の理解の上に保護区として認められ、世界的な研究が行われている後世に誇れる島というように認識していただければと思います。

1963年のウニ調査の様子(故・時岡隆博士)

参考文献

  • Ohgaki, S., Kato, T., Kobayashi, N., Tanase, H., Kumagai, H.N., Ishida, S., Nakano, T., Wada, Y. & Yusa, Y. 2018. Effects of temperature and red tides on sea urchin abundance and species richness over 45 years in Southern Japan. Ecological Indicators 10.1016/j.ecolind.2018.03.040
  • Tokioka, T. 1963. Supposed effects of the cold weather of the winter 1962-63 upon the intertidal fauna in the vicinity of Seto. Publications of the Seto Marine Biological Laboratory, 11, 245-254.
  • この記事を書いた人

    中野智之
    中野智之
    京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所助教。
    名古屋大学環境学研究科地球環境科学専攻でカサガイ類の研究により学位取得、博士(理学)。その後は、日本学術振興会特別研究員PD(国立科学博物館)として、巻貝類の分子系統学的研究に従事。現所属機関では、巻貝類やウニ類の分子系統学に加え、生態や行動学的実験も行い、さまざまな角度から海産無脊椎動物の研究を行なっている。また、実験所が掲げる「海岸生物群集一世紀間調査」も取りまとめている。