一つ・秘密だらけの「カイメン」「イソギンチャク」

みなさんは、「イソギンチャク」「カイメン」という生きものをご存知でしょうか? イソギンチャクは、クラゲやサンゴなどと同様に刺胞動物門に属す海産動物です。刺胞動物の共通の特徴として、“刺胞”というカプセル状の細胞小器官をもつことが挙げられ、刺胞で刺すことで獲物を捕らえたり、天敵を撃退したりできます。割合に祖先的な動物と言われており、体は袋状で、中枢神経や循環器、肛門を持っていません。そのなかでも、イソギンチャク類は主に海底に付着して生息する非常に多様なグループで、世界中に800種以上が確認されています。この記事に出てくるムシモドキギンチャク科 Edwardsiidaeはそんなイソギンチャク類のひとつの科にあたり、蠕虫様の細長い体を持っています。

カイメンは、海綿動物門に属す動物で、海だけでなく淡水域にも棲息しています。特徴として、“襟細胞”という1本の鞭毛を備えた細胞をもち、それらが集合した“襟細胞室”という構造を体内に無数に配置していることが挙げられます。襟細胞の鞭毛の動きにより水流を引き起こし、水流に乗って運ばれてくる微小な有機物をエサとして食べている“濾過食性”生物です。また、基本的に幼生が岩などに着底して変態した後はそこから動くことができない固着性生物です。海綿動物は、神経や筋肉、臓器をもたず、最も祖先的な多細胞動物のひとつと考えられています。日本から約640種、世界から約9000種が確認されています。今回、イソギンチャクと共生することが判明した同骨海綿綱は、海綿動物のなかでも特殊な分類群で、他の海綿動物にはない上皮をもつ海綿動物です。

両者ともまだ研究の途上で、未記載種(新種予備軍)が日本を含む世界各地に溢れており、身近な海からも、何者なのか皆目わからない種がしばしば採集されるのです。今回の記事は、まさにそのような種のお話です。

二つ・不思議な不思議な「触手の生えたカイメン」の発見

2006年夏、著者の1人である伊勢は、神奈川県三浦市三崎町の荒井浜海岸において、見慣れないカイメンを見つけました。後にそのカイメンは同骨海綿類のノリカイメン属の1種だということがわかりました。そのカイメンを持ち帰って飼ってみたところ、体表から幾つもの触手が出てくるではありませんか。カイメンの中に変な刺胞動物がいる! 何かしらの共生関係にあるのではないか? そう思い、いろいろな文献を漁ってみたものの、外見からは何であるかを突き止めることはできませんでした。

時は流れて7年後、この謎の刺胞動物は何なのか? その正体をきちんと調べようと研究グループが立ち上がりました。この前後に、新潟県の佐渡島、三重県鳥羽市の砥浜や菅島においても同様に「触手の生えたカイメン」が続々と見つかり始めていました。

三崎産のノリカイメンの1種 Oscarella sp.と、その中に群生するテンプライソギンチャク Tempuractis rinkai

三つ・見たこともない種類のイソギンチャク

もう1人の著者である泉は、固定した標本からカイメンの房を切り出して、断面を観察するなどの分類学的な分析を行いました(※イソギンチャクを同定するのは外見からでは一切不可能で、さまざまな作業が必要です)。その結果、本種は体内の完全隔膜が成体でも8枚であることから、ムシモドキギンチャク科に属する未記載種と判明しました。しかし本種は、

・成体でも全長が3–4mmまでしか成長しないこと
・本科のイソギンチャクで今まで発見されていなかった特殊な種類の刺胞が分布すること
・カイメンの中に共生する特殊な生態を持つこと

など、本種のみに特有の形質を多数有しており、既知の属にあてることが不可能でした。そこで、当研究グループは本種に対して新属を設立することを決定し、新属新種 Tempuractis rinkai gen. et sp. nov. として記載しました。本属はムシモドキギンチャク類の12番目の属となったと同時に、新しい属の設立自体は実に30年ぶりでありました。

また、本種の和名は、赤い触手と衣を纏ったような様子を海老の天麩羅に見立て、「テンプライソギンチャク」と命名しました! インパクトの大きな和名で、発表直後からインターネット上で随分と騒がれたようです(笑)。

テンプライソギンチャクが少しだけ触手を伸ばした姿(左)と、触手を全開にした姿(右)。左側の姿を海老の天麩羅に見立てて、「テンプライソギンチャク」と命名した。

四つ・世にも珍しい、切っても切れない共生関係

さらに、我々は生体と標本の両面から、本種とカイメンの生態について精査しました。結果、テンプライソギンチャクはカイメンの体表を陥没させるように潜り込んでおり、本種の外胚葉とカイメンの体表(上皮)は非常に強固に結合していることが判明しました。あまりに微細な構造だったため、TEM(透過型電子顕微鏡。最も高倍率に拡大できる顕微鏡です)を用いて両者の結合部を拡大したところ、イソギンチャクの外胚葉から生えている繊毛が撚り合わさり、カイメンの上皮に陥入していることを突き止めました。この構造がアンカーの役割を果たし、両者を強固に結合させているようです。

イソギンチャクとカイメンの接合部(透過型電子顕微鏡TEMで撮影)。テンプライソギンチャク(左側)の体表の繊毛が、複数まとまってノリカイメンの1種(右側)に突き出している様子が観察できる。凹凸も一致することから、著者らはこれがアンカーの機能を果たしていると推察した。

さらに、テンプライソギンチャクとカイメンは、自然下では必ず共生した状態で発見されています。つまり、海ではイソギンチャクだけで棲息している姿も、カイメンだけの姿も確認されていません。

これらの形態・生態から、両者のあいだには非常に強固な共生関係があることが予期されます。イソギンチャクが享受する利益として、カイメンの中に完全に引っ込み姿を隠すことで、外敵から身を守ることができると考えられます。一方、カイメンの方は天敵であるシロフシエラガイ(ウミウシの1種)の捕食からイソギンチャクの刺胞で保護されていると考えられるほか、イソギンチャクがカイメンを貫通することにより、岩への付着を補助している様子も確認されました。

カイメンと共生するイソギンチャクは、本発見が世界で2例目となります。また宿主であるノリカイメン属の1種が含まれる同骨海綿綱と他の動物との共生関係を明らかにしたのも史上初です。前述の強固な共生生態も相まって、極めて珍しい発見例と言えるでしょう。

五つ・いつだって波乱万丈……生物学者は大変だ

この度、無事論文が出版されました。しかし、喜びもつかの間。仕事は序の口も序の口、やらねばならないことは目白押しです。たとえば……

・カイメンの記載:「ノリカイメン属の1種」は、実はまだ、未記載種のままです。同骨海綿類の同定は非常に難しく、今後、TEMを用いたさらなる解析が必要です。
・飼育実験による共生の実証:上記で述べた共生のメリットは、一部推察に過ぎないものがあります。飼育下で実証実験をすべきなのですが、残念ながら飼育がまだ成功していません。今後、鳥羽水族館などと連携しながら、飼育方法から確立する必要があります。
・テンプライソギンチャクの進化系統の証明:テンプライソギンチャクの特異な体の形が、ムシモドキギンチャク類、ひいてはイソギンチャク類の進化のなかでどのように生じたのか、DNAの塩基配列を基に解明する必要もあります。

我々研究者による真理の探究には、終わりがありません。この共生ひとつを例にとっても、ひとつ解決するたびに、2つも3つも疑問が生じてくるものです。近頃の“役に立つ至上主義”のなかで、基礎研究が冷遇気味なのは、みなさまご存知でしょう。もちろん、生物学者も例外ではありません。そんななかで、我々の最後の砦はやはり、「モチベーション」です! 皆様に「面白い」とほめていただけたなら、たちまちやる気100倍!!

……研究者って、実に単細胞ですね。いや、多細胞動物ですけど(笑)。

参考文献
伊勢優史 (2013). 分類学に基づいた動物学−海綿動物を例に,“海綿動物門第4の綱:同骨海綿綱”. タクサ−日本動物分類学会誌, 34,18-24.

この記事を書いた人

泉貴人, 伊勢優史
泉貴人, 伊勢優史
泉貴人(写真右)
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程3年・日本学術振興会特別研究員DC2。
開成高校卒。高校時代は国際生物学オリンピックの日本代表団(2009年日本大会)を務める。東京大学理科Ⅱ類に入学後、理学部生物学科、三崎臨海実験所を経て、大学院で国立科学博物館に在籍。修士・博士課程と一貫してイソギンチャクを主とする刺胞動物の系統分類や生態を専門に研究している。

伊勢優史(写真左)
Centre for Marine & Coastal Studies, Universiti Sains Malaysia, Teaching Fellow.
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所特任助教、名古屋大学大学院理学研究科附属菅島臨海実験所特任助教などを経て現職。主な研究テーマは、海綿動物の分類、系統、進化、生態学等。