花を作らない植物を調べる

普段、私たちが目にする「花」はどのようにして作られるのでしょうか。ここ30年ほどの研究によって、複数のMADS(マッズ)ボックス遺伝子と呼ばれる遺伝子が協力して働くことで、花が作られることがわかってきました。またその後、花を作らない植物であるシダ類やコケ植物も、MADSボックス遺伝子を持っていることがわかりました。花を作る植物である被子植物は、花を作らない植物から進化したので、もともとあったMADSボックス遺伝子が進化をして、花を作るようになった、と考えられます。

では、どのようにMADSボックス遺伝子が進化をして、花を作るようになったのでしょうか。私たちは花を作らない植物であるコケ植物、ヒメツリガネゴケのMADSボックス遺伝子を調べることで、その進化の過程を推定しました。

水を輸送するための機能

ヒメツリガネゴケには全部で6つのMADSボックス遺伝子が存在します。私たちはその6つすべての遺伝子を破壊した株を作成し、破壊してない株と比べることで、その機能を調べました。観察の結果、遺伝子破壊株では植物体の外側における水の輸送ができていないことがわかりました。

一部のコケ植物では、毛細管現象を利用した植物体の外側を通る水の輸送が知られており、葉や茎の表面に水が運ばれるので、乾燥から身を守ることができます。葉の付け根には茎とのあいだに狭い隙間があり、その隙間による毛細管現象で、水が吸い上げられます。吸い上げられた水は葉の付け根に溜まり、溜まった水が次の葉と茎の隙間に到達すると、また毛細管現象によって水が吸い上げられる、ということの繰り返しで、植物体の先端まで水が運ばれます。遺伝子を破壊した株を観察すると、葉と葉のあいだ、節間が長くなっており、葉の付け根に溜まった水が次の葉と茎の隙間に届かず、水が吸い上げられない、ということがわかりました。

植物体の外側における水の輸送
植物体の下部を色がついた水に浸けると、色水が吸い上げられる。遺伝子を破壊すると吸い上げられない。
水が輸送される仕組み
葉の根元には茎との狭い隙間があり、その隙間を毛細管現象によって水が吸い上げられる。吸い上げられた水は葉の付け根に溜まり、溜まった水が次の葉と茎の隙間に到達すると、また毛細管現象によって水が吸い上げられる、ということの繰り返しで、植物体の先端まで水が運ばれる。遺伝子を破壊した株は節間が長く、葉の付け根に溜まった水が次の葉と茎の隙間に届かず、水が吸い上げられない。

正常な精子を作る機能

コケ植物は生殖に精子を用います。作られた精子が水の中を泳いで卵まで辿り着くので、受精には水が必要です。ヒメツリガネゴケの精子と卵は、植物体の先端に作られますが、観察の結果、前に述べた毛細管現象によって吸い上げた水を利用して、受精していることがわかりました。しかし、遺伝子破壊株では、水の輸送ができません。そのため、精子が泳ぐための経路がなく、受精が困難になっていました。そこで、人為的に水をかけてやったところ、受精する割合は増えましたが、遺伝子を破壊していない株に比べると、1/4程度でした。

このことから、他にも受精が困難になる原因があることが考えられたため、次に精子と卵を調べました。コケ植物の精子には2本の鞭毛があり、その2本の鞭毛を動かして泳ぎます。しかし遺伝子破壊株の精子は鞭毛の動きが悪く、うまく泳げていないことがわかりました。さらに調べた結果、鞭毛を構成するタンパク質を作るための遺伝子の働きが、遺伝子破壊株で減っており、それが原因で鞭毛の動きが悪くなっていることが考えられました。一方、卵は正常でした。

ヒメツリガネゴケの精子
胴体部から2本の鞭毛が伸びており、それらを動かして泳ぐ。

花を作る遺伝子の進化の推定

以上の結果から、ヒメツリガネゴケのMADSボックス遺伝子は、節間の長さを短く維持することで、毛細管現象による水の輸送を可能にしていることと、正常な精子を作ることに機能していることがわかりました。今回、花を作らない植物で初めてMADSボックス遺伝子の機能がわかったことで、MADSボックス遺伝子の機能の進化について、次のことが推測されました。

節間の長さは茎の細胞の分裂と伸長によるもので、MADSボックス遺伝子はそれを制御していると考えられます。コケ植物よりも後に分かれたシダ類のMADSボックス遺伝子は、細胞の分裂が盛んな場所で働いていることがすでにわかっています。また、最後に分かれた被子植物のMADSボックス遺伝子は、一部の遺伝子が細胞の分裂や伸長を調節する機能を持っています。これらのことから、陸上植物の共通祖先のMADSボックス遺伝子も同じような機能を持っており、それが陸上植物で維持されてきたと考えられます。

また、陸上植物に最も近縁な現生植物である緑藻類に分類されるシャジクモのMADSボックス遺伝子は、精子が作られる部分(造精器)を含む生殖器官で働いている可能性が示唆されています。このことから、正常な精子を作るための機能は、緑藻類との共通祖先から引き継がれた機能だと推測できます。また、精子は被子植物では進化の過程でなくなってしまっていることから、被子植物のMADSボックス遺伝子は、精子での機能を失ったと考えられました。

MADSボックス遺伝子は花を作る植物である被子植物ではよく研究されていますが、花を作らない植物ではあまり研究が進んでいません。今後、花を作らない他の植物、例えばシダ類や裸子植物でのMADSボックス遺伝子の機能がわかってくれば、MADSボックス遺伝子の機能の進化が、より明確化してくるはずです。

MADSボックス遺伝子の機能と進化の推定
ヒメツリガネゴケのMADSボックス遺伝子は、節間の長さを短く維持することと、正常な精子を作ることに機能している。節間の長さは茎の細胞分裂と伸長によるもので、シダ類や被子植物のMADSボックス遺伝子の研究から、陸上植物の共通祖先のMADSボックス遺伝子も同じような機能を持っており、それが陸上植物で維持されていると推測できる。緑藻類のMADSボックス遺伝子は、造精器を含む生殖器官で働いていることから、精子での機能は緑藻類との共通祖先から引き継がれた機能だと推測できる。精子は被子植物では進化の過程で退化消失しており、被子植物のMADS遺伝子は精子での機能を失ったと考えられた。

参考文献
Koshimizu et al. Physcomitrella MADS-box genes regulate water supply and sperm movement for fertilization. Nature Plants 4, 36–45 (2018) doi:10.1038/s41477-017-0082-9

この記事を書いた人

越水静
越水静
総合研究大学院大学・生命科学研究科、および基礎生物学研究所・生物進化研究部門 大学院生。花の進化の分子機構に興味があり、研究を行っています。