生活に大きく影響する長周期気候変動

地球の気候はさまざまな周期で変動しています。特に、太平洋においては数十年規模の周期で自然に変動する太平洋十年規模変動などが知られています。太平洋十年規模変動は海流や気圧などさまざまな要素が複雑に影響しているのですが、そのメカニズムはよくわかっていません。そのため、地球温暖化によってどのように変動特性が変化するかを理解することはとても重要です。また、北西太平洋は世界でも有数の豊かな漁場ですが、その漁業資源は太平洋十年規模変動などの気候変動に応答して大きく変動することが知られており、水産資源の変動メカニズムの理解と持続的な資源利用という観点からも重要です。しかし、観測機器による気温などの環境記録は古くても1850年代以降に限られており、さらに海洋の観測データは1950年以降に限られているという問題があります。

観測記録の無い時代の環境を調べる方法として、環境を記録する「古環境指標」を解析することで過去の環境を明らかにする手法があります。古環境指標とは過去の環境を記録しているものの総称で、さまざまなものがあります。よく知られているものとして、樹木年輪があげられますが、たとえば樹木の年輪の幅はその年の環境が樹木の成長に適した環境であったかという指標となるので、それを過去にさかのぼって計測することで昔の環境変動を明らかにすることができます。

一方、海の環境を復元するための古環境指標としては、海洋堆積物(海底に降り積もった泥)や、その中に含まれる有孔虫や珪藻などの微小化石、サンゴ骨格などがあります。それらの種構成や、その中に含まれる化学組成などを分析することで、過去のさまざまな環境を明らかにすることができます。しかし、高解像度かつ高緯度海域の古環境指標が無いことが、長周期気候変動のメカニズムの理解が進まない要因のひとつとなっていました。

長寿二枚貝ビノスガイ

私たちの研究グループは、日本沿岸に生息する大型二枚貝「ビノスガイ」に着目し、その貝殻の古環境指標としての有用性を検証しました。二枚貝の仲間のなかには百年以上の非常に長寿命な種がいることが知られており、過去の環境を復元する研究に用いられてきました。上述の樹木年輪のように、貝殻の年間成長量(1年でどれだけ大きくなるか)は「その年の環境が貝の成長にどれだけ適していたか」という指標となり、過去の年間成長量を調べることで過去の環境変動を明らかにできます。このような手法は樹木年輪で最初に発展しましたが(樹木年輪年代学)、近年はその解析手法を長寿二枚貝に応用する研究例が飛躍的に増加してきています。しかし、日本周辺海域においては長寿命の二枚貝はこれまで知られておらず、そうした研究が進んでいませんでした。

私たちの研究グループは2011年の東北地方太平洋沖地震以降、岩手県大槌町の船越湾において津波が生態系に及ぼした影響を調べる調査を継続的に行っており、一連の調査で大型のビノスガイを数個体発見しました。北方の貝は長寿命の傾向があることが私たちの研究グループの予備的な調査でわかっていたため、このビノスガイの年齢査定を行い、古環境指標としての有用性を検証する研究を開始しました。

ビノスガイの写真。写真の貝の横幅は10cmくらい。岩手県大槌町の船越湾で採取されたうちのひとつが92歳だとわかった。

貝殻から環境をどう読み解くのか?

貝の年齢や年間成長速度は貝殻の表面にあるしま模様を観察するだけではわかりません。そのため、まず貝殻を切断し、その切断面を光沢が出るまで研磨し、顕微鏡で観察します。すると、貝殻の断面には周期的なしま模様が見られます。次に、このしま模様が1年に1本形成される「年輪」であることを確かめる必要があります。私たちの研究グループが以前行った研究では、貝殻が形成された当時の水温に依存して量が変化する「酸素同位体比」の分析からしましまの形成時期を特定し、目に見えるしまは冬の間に成長が遅くなることで生じる成長停滞線であり、1年に1本の「年輪」であることを確認しました。さらに、年輪の数え間違えが無いかを確認するために、年輪計数により1950年以前に形成されたと判断した部位に、1950年代に行われた核実験により大量に放出された放射性炭素が含まれていないことを確認しました。このように、年輪計測に間違いが無いよう化学的な手法も併せて入念に調べ上げた上で、大槌から採取したビノスガイの年齢と年間成長量(年輪の幅)の変遷を復元しました。

その結果、2013年に採取したビノスガイの一個体は92歳であり、2011年の東北地方太平洋沖地震による津波だけでなく、1960年のチリ津波、1933年の昭和三陸地震も含め3度の大津波を生き延びてきた長寿個体であったことが明らかになりました。私たちの研究グループは北海道紋別から採取したビノスガイについても同様の研究を行っており、そこでは99歳の個体を発見しました。信頼性の高い手法で日本周辺海域の二枚貝の寿命を調べた例のなかでは、ビノスガイは日本で一番の長寿命の種であると言えます。

ビノスガイの成長線の写真と模式図。10歳頃までは年間成長量が速く、その後急に成長が低下する。1970年以降に年間成長量が増えたのは、環境の変化によるものである。先端部分を顕微鏡でみると、多くの年輪が見られる。

ビノスガイの成長パターンが記録していた環境変動

大槌のビノスガイの年間成長量は1955年頃に低下し、その後1970年から1980年にかけて上昇した後、2000年頃まで低下し、2000年以降は横ばいもしくは微増する、という約40〜50年周期のパターンを示しました。樹木年輪で用いられる手法を応用して環境変動の影響を抽出して調べたところ、興味深いことに、太平洋で採取した貝にもかかわらず、太平洋十年規模変動よりも、大西洋の長周期気候変動である大西洋数十年規模変動に近いパターンを示しました。このような例は、アリューシャン列島から採取された石灰藻の記録にも見られており、長周期の気候変動に関しては太平洋と大西洋がリンクしながら変動している可能性を示していると考えられます。

今回の一連の研究は、ビノスガイが日本最長寿の海産二枚貝であり、長期間にわたる環境を記録していることを明らかにしました。これまでのところ復元できた環境記録はせいぜい数十年ですが、成長時期の異なる個体(生きた状態で採取した個体の殻と、死んだ個体の殻)について、成長パターンを複数個体で照合し類似したパターンをつなぎ合わせることで、環境記録をさらに延伸することも可能です。この手法をもちいることで、過去数百年にわたる古環境記録の復元できれば、長周期気候変動や水産資源変動のメカニズム解明に大いに役立つと期待でき、現在はそのような研究を継続して進めています。

ビノスガイの年間成長量とAMO、PDOの変遷。右が採取した2013年で、左に行くほど過去にさかのぼる。一番上のグラフは1年間にどれだけビノスガイの殻が成長するかを対数で表したもの。上に行く程年間成長量が多い、つまり良く成長することを示している。二番目のグラフは、上の年間成長量から、樹木年輪年代学でよく使われる手法を使って、環境の影響だけを抽出したもの。上に行く程、貝の成長に適した環境だったことを示している。三番目のグラフは、太平洋の長周期気候変動である「太平洋十年規模変動」(紫色)と、大西洋の長周期気候変動である「大西洋数十年規模変動」(赤色)を示している。興味深いことに、ビノスガイは太平洋で採取したにもかかわらず、大西洋数十年規模変動の方が太平洋十年規模変動よりも似たパターンを示し、変化のタイミングや周期などがよく一致した。

参考文献
Kotaro Shirai, Kaoru Kubota, Naoko Murakami-Sugihara, Koji Seike, Masataka Hakozaki, Kazushige Tanabe (2018) Stimpson’s hard clam Mercenaria stimpsoni, a multi-decadal climate recorder for the northwest Pacific coast. Marine Environmental Research, 133, 49-56.

Kazushige Tanabe, Toshihiro Mimura, Tsuzumi Miyaji, Kotaro Shirai, Kaoru Kubota, Naoko Murakami-Sugihara, Bernd R. Schöne (2017) Interannual to decadal variability of summer sea surface temperature in the Sea of Okhotsk recorded in the shell growth history of Stimpson’s hard clams (Mercenaria stimpsoni). Global and Planetary Change, 157, 35-47.

Kaoru Kubota, Kotaro Shirai, Naoko Murakami-Sugihara, Koji Seike, Masako Hori, Kazushige Tanabe (2017) Annual shell growth pattern of the Stimpson’s hard clam Mercenaria stimpsoni as revealed by sclerochronological and oxygen stable isotope measurements. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 465, 307-315,

この記事を書いた人

白井厚太朗 
東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センター 助教
2007年、東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。博士(理学)。専門は地球化学・古環境学。貝殻、サンゴ、魚類耳石など炭酸カルシウムの骨格の化学・同位体組成の分析を主な手法として、過去の環境や生態を明らかにする研究を主要なテーマとする。高度な分析化学、特に局所分析を得意とし、それらの手法を多様な対象に応用することで、環境学・生態学・古生物学など幅広い分野の研究も行っている。