みんなの意識が変わると「社会のルール」は変わる

世の中には無数の「社会のルール」(規範と呼ばれます)が存在し、私たちがどう振る舞うのかを大きく左右しています。たとえば、「人からモノを盗んではいけない」というのは世界中のさまざまな国や地域で共通にみられる規範です。

こういった規範は、人々がそれに賛成しお互いにそれを守ることで社会の中で維持されています。それゆえ、これらの規範は昨今の禁煙規範の高まりや同性婚の容認の例にみられるように、人々の意識の変化に伴って変化していきます。現代ではこういった変化の原動力として、人々がTVやインターネットのようなさまざまなメディアを通じてお互いに意見・情報発信を行い他の人々に特定の規範に対する意識を変えるよう「説得」するという過程が重要な役割を果たしています。

これまで「人が説得によって規範に対する意識を変える」という過程の裏にはどのような脳の働きがあるのかはほとんど明らかになっていませんでした。そこで、私たちは機能的磁気共鳴画像法(fMRI)という脳活動の測定法を用いてこの謎に挑戦し、規範の変化という大きな社会現象のメカニズムを脳の働きという生物学的な視点から紐解いていくことを目指しました。

「社会のルール」に対する意識変化の脳内メカニズムを探る

実験では、参加者(大学生男女27名)にMRI装置の中で特定の規範、あるいは非規範的なことがらに対する賛成度の変容を促すメッセージを読む、という形で説得を受けてもらいその際の脳活動を測定しました。

説得に用いたメッセージには4種類のものがあり、それぞれ 1)「規範を肯定する説得を行い参加者の賛成度を上げる」、2)「規範を否定する説得を行い参加者の賛成度を下げる」、3)「非規範的なことがらについてそれを肯定する説得を行い参加者の賛成度を上げる」、4)「非規範的なことがらについてそれを否定する説得を行い参加者の賛成度を下げる」ことを目的としたものが提示されました。このように説得の対象や説得が促す賛成度変化の方向をいろいろと変えたものを用意したのは、それぞれのメッセージを読んでいるときの脳活動どうしを比べることで、規範に対する説得を受けている時だけに特別に活動を上昇させる脳の部位や、説得の方向によって異なる活動を示す脳の部位をあきらかにするためです。

説得の前後では、説得の対象となったものを含んださまざまな規範・非規範的なことがらに対する参加者の賛成度を測定し、説得によってどの程度それが変化したかを評価しました。また、この時の脳活動を計測することで規範に対する「賛成の度合い」そのものを表現している脳の場所を特定するということも行っています。

実験概要の模式図
a) 参加者はそれぞれの説得メッセージを読んだ後で、それをどの位興味深いと思ったかを回答した。ひとつの説得メッセージは5つの文章(スライド)にわたって提示された。b)説得メッセージは「説得の対象(規範か非規範的なことがらか)」および「説得の方向(肯定的か否定的か)」によって 2 x 2 = 4種類のものが提示された。c)説得の前後では、参加者は説得の対象となったものを含んだ様々な規範・非規範的なことがらに対する賛成度を回答した。

実験の結果

実験の結果、規範についての説得を受けているときには規範と関係のないことがらについて説得を受けているときと比べて前頭前野内側部、側頭極、側頭頭頂接合部といった脳の場所の活動が高まっていることがわかりました。これらの場所は、これまでの研究から社会的な場面の理解あるいは他者の心の推測のような社会性にまつわる心の働きに関わるとされている場所です。規範はそもそも社会的なものですから、説得によって規範に対する意識が変化する過程では、規範にまつわるさまざまな社会的な要因が脳内のこれらの場所で処理されていることが考えられます。

規範についての説得の処理に関わる脳の場所
規範についての説得を受けているときには規範と関係のないことがらについて説得を受けている時と比べて前頭前野内側部(ピンク色の丸)、側頭極(黄色の丸)、側頭頭頂接合部(緑色の丸)といった脳の場所の活動が高まっていた。

また、意識が変化する方向によっても関与する脳の場所が異なることが明らかになりました。説得によってある規範に対する賛成度が「下がる」場合には、側頭葉の一部(左中側頭回)の活動が高まっていました。この場所は、論理的な推論や再解釈に関わるといわれている場所です。通常、多くの人は規範に賛成であるのが普通です。それゆえ規範に対する賛成度を「下げる」という特別な意識の変化を起こす場合には、その妥当性を論理的に考えたり、規範にまつわる事柄の再解釈をしたりする心の働きが活発になると思われます。左中側頭回の活動はそのような心の働きを反映しているのではないかと私たちは考えています。

規範に対する賛成の度合いが下がることに関わる脳の場所
(左)規範に対する賛成度を下げるような説得を受けている時には左側の中側頭回(黄色の丸)の活動が高まっていた。(右)説得を受けている時に左中側頭回の活動がより高くなっていた参加者程、後に賛成度を大きく下げていた。

さらに、私たちは頭頂葉の一部(左縁上回)には規範に対する賛成の度合いを表現している部位があることを発見し、この場所では説得により生じた賛成度の変化を反映した活動変化が生じていることを明らかにしました。

左縁上回の活動は規範に対する賛成の度合いを表現し、説得中には賛成度の変化を反映した活動を示した
(左)賛成度回答中に、左縁上回はある規範に対する参加者の賛成度が「低い」時程高い活動を示した。(右)説得を受けている時に左縁上回の活動がより高くなっていた参加者程、後に賛成度がより「低く」なっていた。

社会現象のメカニズムの総合的な理解へ向けて

今回、私たちは「人が説得によって規範に対する意識を変える」というプロセスを支えるさまざまな脳のネットワークを同定しました。これは、規範の変化という大きな社会現象のメカニズムを脳という生物学的な視点から解き明かしていく第一歩となる知見です。

規範の変化についてはこれまで主に社会学・法学・社会心理学などの人文科学分野で研究されてきており、そこではたとえばコンピューターシミュレーションで人工的な社会を作り、規範の発生や変化の仕組みを探るということが行われてきました。今回私たちが明らかにしたような、規範の変化に際して実際に人々の脳の中でどういうことが起きているのかという知見はこういった既存の研究に新たな視点や情報を提供し、規範の変化という現象に対する総合的な理解を深めることに貢献することが期待されます。

参考文献
Yomogida Y et al. The Neural Basis of Changing Social Norms through Persuasion.
Sci. Rep. 7, 16295, doi:10.1038/s41598-017-16572-2 (2017)

この記事を書いた人

蓬田幸人
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所疾病研究第三部 室長。医学博士。東北大学医学部卒、東北大学大学院医学系研究科で学位を取得後、日本学術振興会特別研究員、玉川大学脳科学研究所 嘱託研究員、同特任准教授を経て現職。脳は我々をとりまく現実をどのように認識しているのかということをテーマとしてfMRIを中心としたヒトの脳機能イメージング研究を行ってきている。現実の認識のひとつの重要な側面として信念の形成や変化に注目している。