優良な日本酒酵母のカギは、染色体の本数の増加だった!
日本酒酵母は、大きく酵母Saccharomyces cerevisiaeに分類されるものです。
酵母Saccharomyces cerevisiaeは2億年ほど前、現在のユーラシア大陸の東側(中国あたり)で発生した生きものだと考えられています。
そのなかでも日本酒酵母は、醸造食品や醸造技術とともにユーラシア大陸から日本列島に移住し、住み着いた可能性があります。平安時代の延喜式の様子には酒を造る造酒司が記載されています。大和朝廷の成立とともに優良な醸造を行うもろみが受け継がれ、そのもろみのなかに日本酒酵母もいて、優良なもろみとして受け継がれてきたと考えられます。その後、鎌倉時代には寺院で造られるようになり、室町時代には民間で大規模に造られるようになりました。
大規模な酒造りには発酵力の強い日本酒酵母が不可欠ですから、そのいずれかの時代から受け継がれ、長年の選抜を受けてきたのが現在の日本酒酵母だと思われますが、それがいつの時代のものなのか、現在の科学では特定には至っていません。しかしいずれにせよ長年、日本文明とともに醸造技術者によって優良な個体が選抜され、その遺伝子が受け継がれてきたのが現在の日本酒酵母であるといえます。
日本酒酵母の優良な個体を遺伝的に選抜するには
これまで、日本酒酵母の優良な個体の遺伝的な選抜を可能にしたのは、塩基配列レベルの変異だと考えられてきました。しかし今回、佐賀大学、国立遺伝学研究所、情報・システム研究機構、酒類総合研究所、佐賀県工業技術センター、イタリア・バリ大学の研究グループは、日本酒酵母の優良な個体の選抜のカギが、染色体の本数のばらつきにあることを初めて発見しました。
それまでに我々は、ミトコンドリアへのピルビン酸の輸送を増強した株を選抜するという育種戦略で、オフフレーバーの原因となるピルビン酸が低減した酵母を育種し、低アルコール日本酒として実用化しており、その原因遺伝子を調べていました。そこで低ピルビン酸酵母のゲノムを調べると、一部の染色体(11、14番染色体)の本数が通常の2本から3本に増えていることに気づきました。
染色体の本数が増えるということが低ピルビン酸性の原因であることを突き止めるために、染色体の本数がばらついた一倍体を多数取得し、それらの醸造特性を調べました。その結果、増えた染色体の部位ごとにピルビン酸の濃度が異なっていることがわかりました。さらに11番染色体に加えて別の染色体も増えると、日本酒酵母は良好な醸造特性を獲得することが明らかになりました。また、その代謝について調べた結果、11番染色体が増えると日本酒酵母のミトコンドリアが活性化され、ピルビン酸を他の物質に変換していると考えられることもわかりました。
醸造酵母の育種や品質管理に使える新たな技術領域
本研究をもとに、遺伝子組み換え技術を使わなくとも、染色体の本数が増えた株を選抜すれば、遺伝子の発現の増えた株を得ることができ、同じ効果を得ることができます。すなわち、食経験豊かな「染色体数の増減」という日本酒酵母に起きる変化を利用して、意図した日本酒酵母の遺伝子を持った酵母を選抜できるようになったのです。さらに日本酒酵母の染色体の本数が不安定であることが本研究でわかったので、染色体本数をモニタすることで日本酒酵母が管理できることになります。
これらの結果は、他の醸造酵母でも育種や品質管理に使える可能性があるため、染色体の本数のばらつきという観点から醸造酵母を育種したり品質を管理したりといった、新たな技術領域が始まったといってもいいでしょう。
これらの研究成果は米国微生物学会誌Applied and Environmental Microbiologyに査読付原著論文として受理され掲載されています。また国際学会International Conference on Applied Microbiology and Beneficial Microbesでもベストポスター賞に選ばれています。
参考文献
Chromosomal aneuploidy improves brewing characteristics of sake yeast.
Kadowaki M, Fujimaru Y, Taguchi S, Ferdouse J, Sawada K, Kimura Y, Terasawa Y, Agrimi G, Anai T, Noguchi H, Toyoda A, Fujiyama A, Akao T, Kitagaki H*.
Appl Environ Microbiol. 2017 Oct 6. pii: AEM.01620-17. doi: 10.1128/AEM.01620-17.
この記事を書いた人
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佐賀大学教授
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