過去の海洋環境とサンゴ骨格の関係は?

過去の海洋では、海水中のマグネシウム(Mg)に対するカルシウム(Ca)の割合(Mg/Ca比)が大きく変動していたと考えられています。現在のMg/Ca比は5.2ですが、約1億年前の白亜紀においてはMg/Ca比が低く、短期的には1.0を下回っていた可能性も報告されています。

海洋生物が骨格として作る(石灰化する)炭酸カルシウムは主に2種類の結晶構造で、アラゴナイトとカルサイトと呼ばれます。同じ水温だとMg/Ca比が高いほどアラゴナイトが形成されやすく、低いとカルサイトが形成されやすいことがわかっていました。現在の海洋環境下では造礁サンゴ(サンゴ礁をつくるサンゴ)はアラゴナイトの炭酸カルシウム骨格を形成します。ちなみに、装飾品として扱われる宝石サンゴは分類上別のグループでカルサイトの骨を作ります。

私たちの研究チームでは、造礁サンゴがカルサイトの骨格を作ることができるかを調べるため、まずMg/Ca比だけを5.2から0.5まで変化させて(水温など他の条件は同じ)サンゴ骨格の結晶構造が変化するのか調べました。その際、親群体のサンゴを実験に使うと、元々持っているアラゴナイトの骨格が邪魔になるだろうということで、骨を形成する前の幼生の段階から実験を行うことにしました。骨格生成前のプラヌラ幼生の段階から条件をコントロールすることで、各条件下のみで形成された純粋なサンゴ骨格を得ることができます。

実験の結果、通常アラゴナイトの骨格を作るサンゴから明瞭なカルサイト骨格が確認され、Mg/Ca比の低下と共に、カルサイトの含有量が増加することがわかりました。骨格の隔壁と呼ばれる箇所もカルサイトで生成されたことから、サンゴは過去の低Mg/Ca環境下でカルサイト骨格を形成し、成長に利用していたことが考えられました。

ラマンマッピングによるサンゴ骨格結晶構造の判別。(a) Mg/Ca=5.2、(b) Mg/Ca=1.0、(c) Mg/Ca=0.5で成長させた骨格(26℃下)。赤:アラゴナイト、緑:カルサイト。Mg/Ca比が低いほど、カルサイトの生成量が増加。
造礁サンゴのアラゴナイト・カルサイト混在骨格の走査型電子顕微鏡(SEM)写真(x1000倍)。Mg/Ca=0.5で成長させた個体。

海水温度はサンゴのアラゴナイト・カルサイト骨格生成にどのように影響するか?

これまでの造礁サンゴを用いた実験では、水温は変化させておらず、単一の水温条件におけるMg/Ca変動への応答のみの結果でした。一方で、炭酸カルシウムを無機的に沈殿させる実験により、水温がアラゴナイト/カルサイトの割合を変化させ、同じMg/Ca比で比較した場合は高温ほどアラゴナイトが生成しやすいことが報告されました。石灰化生物を用いて水温とMg/Ca比の両方を変化させる実験結果は世界的にも報告されていなかったので、私たちは海水温とMg/Ca比の両方を変化させ、水温がサンゴの炭酸カルシウム骨格形成に与える影響について調べることにしました。

この実験では、高知で産卵したエンタクミドリイシというサンゴのプラヌラ幼生を19, 22, 25, 28℃の恒温器内においてMg/Ca比が5.2, 1.0, 0.5の海水環境で着底させ、骨格成長を促しました。そして、約4か月成長させたサンゴ骨格の炭酸カルシウムの結晶構造をX線回折法およびマイゲン染色法(アラゴナイトのみを染色する方法)により確認し、アラゴナイトとカルサイトの比率を求めました。

測定の結果、造礁サンゴの骨格生成は海水のMg/Ca比だけでなく水温の影響を顕著に受けることが明らかになりました。Mg/Ca比が5.2(現在の海水組成)の海水中では100%アラゴナイトが、Mg/Ca比が1.0および0.5(過去の海水組成)の海水中ではアラゴナイトとカルサイトの混合骨格および100%カルサイトの骨格が確認されました。そして、低Mg/Ca比環境において、水温に依存してアラゴナイト/カルサイトの割合が変化することがわかりました。水温が高くなるにつれ、アラゴナイトの割合が高くなっており、無機的に生成させた炭酸カルシウム沈殿の結果と同じ傾向が見られました。一方で、無機的沈澱で得られていた結果と比較すると、同じ水温・Mg/Ca比下で造礁サンゴのほうがアラゴナイトの炭酸カルシウムを作りやすいこともわかりました。

マイゲン染色後のサンゴ骨格、ピンクに染色された部位がアラゴナイト、白色はカルサイトの結晶構造。(a)Mg/Caが0.5(過去の海水)、海水温が28℃、(b)Mg/Ca比が0.5、海水温が25℃、(c)Mg/Ca比が0.5、海水温が22℃、(d)Mg/Ca比が0.5、海水温が19℃で成長させた。水温が高いほどアラゴナイト骨格の面積が広くなっていることがわかる。

Mg/Ca比の変化が成長速度に与える影響は?

Mg/Ca比の低下が成長速度に与える影響を調べるために、1マイクログラム(µg)まで測定できる高性能のはかりを用いて(1µgは1mgの1000分の1)、成長した個体の骨格重量を測定しました。成長速度を比較すると、低Mg/Ca環境下では明らかに成長速度が遅く、すべての水温で骨格成長が阻害されました。どの水温でも成長が現生の個体より50%以上遅いことから、低Mg/Ca環境下(過去の海水組成)では年間を通じて成長が阻害されていたということになります。

Mg/Ca比が低い白亜紀(約1億年前)の地層からは造礁サンゴの化石はあまり見つかっておらず、当時の低Mg/Ca環境がサンゴの減少を引き起こしていた原因のひとつであることが考えられます。ただ、私たちの実験結果から、Mg/Ca比が1.0の環境では、25℃以上の水温で、アラゴナイトが骨格の8割以上を占めるということもわかりました。現在の海では、沖縄など亜熱帯に生息する種、高知など温帯に生息する種に関わらず、サンゴの産卵水温はほぼ25℃以上です。過去にMg/Caが1.0を下回るほどの環境であった期間は短いと考えられており、どの年代においても造礁サンゴが生まれてすぐに生成する骨格は主にアラゴナイトで形成されていたことが推測できます。

各Mg/Ca比、水温におけるサンゴ1個あたりの骨格成長速度。現代の海水組成(Mg/Ca=5.2)で育てたサンゴと比較して、Mg/Ca比が1.0の海水で平均63%、Mg/Ca比が0.5の海水では約57%骨格成長が抑制された。

今後の展望

現生のサンゴでもカルサイトの骨格を形成し、過去のMg/Ca変動に対応する能力は持つことがわかりました。しかし、白亜紀など低Mg/Ca環境下では年間を通じて成長速度が遅くなるため、サンゴは主要な造礁生物にはなれなかったことが推測されます。

約1億年前の化石記録からは、厚歯二枚貝というグループの貝が主要な造礁生物だったと考えられています。厚歯二枚貝は、白亜紀に栄えた造礁生物で白亜紀の主要な生物礁を形成しました。一般に、二枚貝の殻の大部分はアラゴナイトですが、厚歯二枚貝はカルサイトの殻を厚く発達させて繁栄したと考えられています。厚歯二枚貝は、環境変動に伴い現在までに絶滅してしまったため実験には使えませんが、今後はサンゴの結果に加えて他の石灰化生物(有孔虫や二枚貝など)のMg/Ca比および海水温変動に対する応答を調べることで、造礁生物の変遷要因をより明らかにしていくことが期待されています。

参考文献
1. Higuchi, T., Shirai, K., Mezaki, T., Yuyama, I., 2017. Temperature dependence of aragonite and calcite skeleton formation by a scleractinian coral in low mMg/Ca seawater. Geology. Doi: 10.1130/G39516.1.
2. Higuchi, T., Fujimura, H., Yuyama, I., Harii, S., Agostini, S., Oomori, T., 2014. Biotic control of skeletal growth by scleractinian coral in aragonite-calcite seas. Plos one 9, e91021.
3. Ries, J.B., 2010. Review: geological and experimental evidence for secular variation in seawater Mg/Ca (calcite-aragonite seas) and its effects on marine biological calcification. Biogeosciences 7, 2795–2849.

この記事を書いた人

樋口富彦
樋口富彦
東京大学大気海洋研究所・特任研究員。2009年、琉球大学理工学研究科にて、博士号を取得。琉球大学理学部研究員、静岡大学創造科学技術大学院特任助教を経て、2015年より現職。
造礁サンゴの環境ストレス応答やバイオミネラリゼーションに興味を持ち、サンゴの白化現象やサンゴのカルサイト骨格形成に関する研究を行ってきました。現在は、水産資源生物にも研究範囲を広げ、炭酸カルシウムで形成される魚類の耳石の研究も行っています。