高温超伝導の夢

1911年にオランダのカマリン・オンネスが水銀の電気抵抗率が絶対温度4.2K以下で消失する超伝導現象を発見して以来、超伝導転移温度上昇に向けた研究が世界中で進められています。もしも室温を超える転移温度をもつ超伝導物質を発見することができれば、電力損失ゼロの送電ケーブルのように、究極のエコ社会の実現も夢ではありません(ノーベル賞の受賞は確実でしょう)。1986年の銅酸化物、2008年の鉄ニクタイド(リン、ヒ素、アンチモンなどの第15族元素の化合物をニクタイドと呼びます)などの高温超伝導体の発見は、まさに世界的なフィーバーを巻き起こしました。電気抵抗の消失や完全反磁性といったマクロな物理現象でありながら、その起源は電子間に引力が働くという量子力学的多体効果であり、しかもこれらの高温超伝導機構がいまだ解明されてはいないという事実は、多くの科学者を魅了し続けています。

銅酸化物や鉄ニクタイド高温超伝導体に共通する特徴は、CuO2平面、FeAs層のように、超伝導が発現する層(超伝導層)と、それ自身は超伝導にはならない層(スペーサー層)が交互に積層している点です。このような層状構造を有する化合物においては電子の動ける範囲が2次元的に制限され、3次元構造を持つ一般の化合物とは異なる特異な電子状態が発現します。CuO2平面やFeAs層のように、新しい超伝導層を発見することができれば、その類似点や異なる点を検討することで、超伝導転移温度の上昇や、超伝導メカニズムの解明に向けた新しい進展をもたらすものと期待されます。

層状高温超伝導体の結晶構造
(左)銅酸化物La1-xBaxCuO4(CuO2平面が超伝導層となる)
(右)鉄ニクタイドLaFeAsO1-xFx(この場合はFeAs層が超伝導層である)
いずれの場合も層状構造によって特異な電子状態が発現する。

本稿では、私たちの最近発見した、スズ・ヒ素(SnAs)超伝導層をもつ新しい層状超伝導体NaSn2As2について紹介します。さらに、今後期待される物質開発の展開、また2012年に私たちの研究グループが発見したBiS2系層状超伝導体との類推から、どのように非従来型超伝導へ切り込んでいくのかを述べたいと思います。

スズ・ヒ素を主成分とする新しい層状超伝導物質を発見!

NaSn2As2の結晶構造は、以下に示すように、SnとAsからなる超伝導層(SnAs層)と、ナトリウム(Na)からなるスペーサー層が交互に積層する層状構造をしています。2枚のSnAs伝導層はファンデルワールス力により弱く結合しているため、容易に剥離することができ、スコッチテープ法などの簡便な方法で数ナノメートル程度の厚さまで薄膜化できることが報告されています。私たちはNaSn2As2単結晶を合成し、低温まで電気抵抗率を測定することで、転移温度1.3Kの超伝導体であることを明らかにしました。通常の金属から超伝導相への相転移は比熱測定でも観測され、本物質がバルク(完全な)超伝導体であることがわかりました。

スズ・ヒ素(SnAs)層を超伝導層とするNaSn2As2。1.3K以下で電気抵抗率が消失し、超伝導体となることがわかる。

類縁化合物への展開

以下に示すように、スズニクタイド(SnPn)層を含む層状化合物はすでに多くが報告されています。本研究でNaSn2As2が超伝導体であることを示したことで、これらのSnPn系層状化合物においても同様に超伝導が発現する—あるいは反対に、他の化合物では超伝導が発現せず、NaSn2As2が特異な場合なのか—これはいまだ明らかにされていない問題です。

種々のスズニクタイド層状化合物の結晶構造。伝導層、スペーサー層の制御により、超伝導をはじめとした新しい機能の発現が期待できる。

たとえば、NaSn2As2のスペーサー層をSrで置換したSrSn2As2はトポロジカル物質であることが理論的に予測されています。トポロジカル超伝導体においてその存在が予言されているマヨラナ粒子を実現することができれば、その特異な統計性を利用した量子コンピュータへの応用が期待されます。

また、スペーサー層をEuで置換した場合には磁性体(反強磁性体)となることも報告されています。超伝導体・トポロジカル物質・磁性体といった異なる機能を、SnPn伝導層を含む一連の化合物において系統的に研究する格好の舞台となることが期待できます。さらに、伝導層の枚数を減らしたNaSnAs(111型)の場合にはローンペア効果により熱伝導率の低減が報告されており、熱電変換などの超伝導以外の機能を持つ材料となることも考えられます。現在、合成方法の詳細な条件や種々の元素置換効果を検討しているところです。

BiS2系層状超伝導物質との類推

私たちの研究グループは2012年にビスマスと硫黄を超伝導層とする新しい層状超伝導物質群(BiS2系超伝導体)を発見しました。伝導層やスペーサー層の元素や枚数を制御することで、これまでに多くの新超伝導体を見出し、その数は数十にのぼります。特徴として、常圧下で合成した試料は転移温度が3K程度であったのが、高圧処理による格子歪みの導入やスペーサー層の置換により、11Kにまで上昇します。

さらに最近では、BiS2系化合物の超伝導が非従来型メカニズムであることを示す結果が、私たちを含めた複数のグループから報告されています。まだ決定的な結論は出ていないのが現状ですが、ひとつの有力のシナリオは、Biイオンのもつローンペア電子と、その局所的な構造揺らぎ(乱れ)です。本稿で紹介したSnAs系超伝導体も、層状であるという結晶構造のほかに、Snイオンがローンペアをもつという共通の特徴を持っています。転移温度は1.3Kとまだまだ低いのですが、研究はスタートしたばかりで、どのような物理が飛び出てくるのか、未知の部分が多いです。

近年の計算機シミュレーションの発達や理論の整備により、物質の熱力学的性質や電子構造について、理論計算で求められるパラメータが増えてきました。しかしながら、高温超伝導のように、真に世界をアッと驚かせるような成果は、実験家のアイデアと地道な努力(と幸運)によるところが大きいと考えています。たとえば現在では高温超伝導体として知られる鉄ニクタイドも、最初の報告では転移温度は10K以下でした。種々の元素置換や他グループとの共同研究を含めた測定により、SnPn層を含む多くの超伝導体が見出され、新しい物理の地平を開拓できるものと信じて日々研究に打ち込んでいます。

今後の展望

本稿では、SnAs伝導層を主成分とする新しい層状超伝導体NaSn2As2を紹介しました。現在の転移温度は1.3Kと低いのですが、今後どこまで上昇するのか、まだまだ未知の部分は多いです。銅酸化物や鉄ニクタイドなどの高温超伝導体、また最近非従来型の超伝導が報告されているBiS2系超伝導体と比較すると、層状構造という重要な特徴が共通していることがわかります。今後、類縁化合物の性質を系統的に明らかにすることで、低次元物質に発現する非従来型の超伝導についての理解が進むものと期待されます。

参考文献
Y. Goto, A. Yamada, T. D. Matsuda, Y. Aoki, and Y. Mizuguchi, J. Phys. Soc. Jpn. 86, 123701 (2017).

この記事を書いた人

後藤陽介
後藤陽介
首都大学東京 物理学専攻 超伝導物質研究室(水口研究室) 特任研究員。博士(工学)。学部4年から博士号取得まで慶應義塾大学(的場研究室)において、主に熱電変換物質について研究。熱電変換の研究をする傍ら、鉄系超伝導を発見した研究室OBの神原准教授の薫陶を受ける。学位取得後は研究分野を変え、東京大学(堂免研究室)において水分解光触媒の探索に従事。2017年度から現職。高温超伝導をはじめとした、世界中が驚くような新しい機能性物質を追い求め、研究に励む。