ナガスクジラ科の採餌行動

地球上で最大の動物シロナガスクジラを含むナガスクジラ科の動物は、突進採餌(ランジフィーディング)と呼ばれる方法で餌を捕ることが知られています。ランジフィーディングとは、口を開けながら高密度に分布するオキアミや小魚などの群れに突進し、餌を海水ごと口に含み、最後にヒゲ板と呼ばれる櫛状の器官を用いて海水だけ口外に排出する餌捕り方法です。この方法は、口を開けながら高速で遊泳するため遊泳抵抗が大きく、その結果たくさんエネルギーを消費すると言われています。これまでのナガスクジラ科の採餌に関する研究の多くは、ランジフィーディングに関するもので、他の採餌方法についての知見はほぼありませんでした。

カツオクジラの立ち泳ぎ採餌

そんななか、今回の研究では、タイ王国のタイ湾でナガスクジラ科の一種であるカツオクジラが立ち泳ぎをしながら採餌をすることを発見しました。立ち泳ぎ採餌では、クジラは口を閉じて頭を垂直に水面に出します。次に水面に下顎を下ろし、口角だけを水面下に沈め周りの海水を口内へ流し込む水流を作ります。その後、数秒から数十秒間その体勢を維持し、口の中に餌が流れ込んでくる、もしくは餌がジャンプして飛び込んでくるのを待ちます。最後に口を閉じ水中へ潜るという過程です。

カツオクジラの大人仔供ペアの立ち泳ぎ採餌。(A)口を閉じて水面に垂直に頭を出す。(B, C)下顎を水面に下ろす。(D)立ち泳ぎの姿勢を維持しながら餌が口の中に入って来るのを待つ。(E)口を閉じて水中へ潜る。(F)(D)の拡大図。口角(赤丸部分)を水面下に沈め口なのかに入り込む水流を作る。

加速度ロガーの記録を見てみると、立ち泳ぎしているあいだは巡航遊泳(3秒周期)よりも早い周期(0.7秒周期)の動きが見られます。またビデオロガーには、尾びれによるストロークと胸びれを動かしている様子が記録されていました。このことから、立ち泳ぎの際にクジラは尾びれと胸びれを使ってバランスを取っていたことがわかりました。タイ湾は富栄養化が進み、水面付近以外は貧酸素な状態となっています。つまり餌の小魚は水面付近にしか生息できません。そのため水面に水平的に分布する小魚に対し、立ち泳ぎ採餌は効率的な採餌方法であることが考えられます。

データロガーから得られた行動データ。上から立ち泳ぎの概念図、潜水深度、遊泳速度(ロガーのストール速度以下(0.2m/秒)は非表示)、長軸方向の動的加速度、加速度スペクトル。立ち泳ぎ採餌をしている時に、スペクトル上に0.7秒周期の動きが信号として現れているのがわかる。立ち泳ぎ前の巡航遊泳時には3秒周期の動きが信号として現れている。
カツオクジラの立ち泳ぎ採餌中のビデオロガーの映像。(A)尾びれの動き。(B)胸びれの動き。

立ち泳ぎ採餌は省エネ戦略

立ち泳ぎ採餌では、水面に頭を出しているだけなので、ランジフィーディングに比べ、エネルギー消費が小さいことが考えられます。これらの採餌行動は漁法に例えることができます。立ち泳ぎ採餌は、海中(海底)に網を設置し一定時間放置したあと引き上げる「敷き網漁」、ランジフィーディングは、網を曳き続ける「トロール網漁」といった具合です。この研究では、どれだけの餌を獲っていたのかまでわからないので、立ち泳ぎ採餌のエネルギー効率の良し悪しを判断することはできませんが、少なくともエネルギー消費が小さい採餌方法であることが推察できます。

カツオクジラの文化的行動

立ち泳ぎ採餌は、大人の単独個体もしくは大人と仔供のペアで観察することができます。仔供は大人の真似をして採餌方法を学んでいるようです。真似というのは社会学習の要因のひとつと考えられていることから、カツオクジラの大人と仔供のペアでの立ち泳ぎ採餌は社会学習であることが示唆できます。またカツオクジラは世界中の温暖な海域に生息しているのですが、この海域以外のカツオクジラにおいて、立ち泳ぎの報告はありません。つまり立ち泳ぎ採餌はタイ湾にのみ観察される地域特有の行動であることがわかります。社会学習や地域特有の行動という観点から、立ち泳ぎ採餌はタイ湾で見られる文化的行動である可能性が考えられます。

ヒゲクジラ類の受動的な餌取り様式の初の事例

今回報告したカツオクジラの立ち泳ぎ採餌は、ナガスクジラ科の動物だけでなく、ヒゲクジラ類の動物全体における受動的な餌獲り様式の最初の報告となりました。またこのことは、カツオクジラがさまざまな環境に対して、柔軟に対応する能力を持ち、条件により餌捕り方法を使い分けていることを意味しています。

参考文献
T. Iwata, T. Akamatsu, S. Thongsukdee, P. Cherdsukjai, K. Adulyanukosol and K. Sato. (2017) Tread-water feeding of Bryde’s whales. Current Biology, Vol.27, No.21, pp.R1154- R1155, doi: 10.1016/j.cub.2017.09.045.

この記事を書いた人

岩田高志
岩田高志
セントアンドリュース大学・日本学術振興会海外特別研究員
総合研究大学院大学複合科学研究科極域科学専攻でナンキョクオットセイの採餌行動に関する研究で学位、博士(理学)を取得。海生哺乳類や海鳥類を始めたとした海洋高次捕食者の生態を、主に動物装着型記録計(データロガー)を用いて研究。これまでに、ナンキョクオットセイ、マユグロアホウドリ、マカロニペンギン、カツオクジラ、ザトウクジラを対象に調査を実施。主な調査地域は、ノルウェー・トロムソ沿岸域、カナダ・セントローレンス湾、タイ王国・タイ湾、サウスジョージア・バード島(亜南極)など。専門は動物生態学。