やる気が出ると目がさえる – モチベーションと睡眠覚醒の関係の謎を明らかに
退屈な講義や会議にでているとき、ついウトウトしがちです。逆に、車の運転中など何かに集中しているときや、気持ちが揺さぶられるような出来事があったときは眠気がなくなります。
私たちは日々の体験から、モチベーション(やる気)が睡眠覚醒と深く関わりがあることをなんとなく理解していますが、脳の中で何が起こっているのか、科学的なメカニズムはほとんどわかっていませんでした。今回私たちの研究グループは、モチベーションに関わる側坐核のニューロンが睡眠覚醒をコントロールするうえで非常に重要な役割を担うことを発見しました。
睡眠覚醒はどのように制御されるのか?
睡眠は、主に2つのメカニズムによって調節されると考えられています。長時間起きていると睡眠負債が溜まっていき、あるレベルになると眠気を生じさせる恒常性制御と、朝になったら目がさめ夜になったら眠くなるといったように日周的に眠気をコントロールする体内時計による制御です。
これら2つに加え、第3のメカニズムとして感情や認知などによる脳内環境の変化も睡眠覚醒を制御するのではと考えられてきましたが、そのメカニズムは謎でした。
モチベーションに関わる側坐核が睡眠覚醒を制御する
この謎を紐解くため、私たちの研究グループは、モチベーション行動に重要な側坐核という脳部位に注目しました。なぜかというと、睡眠を誘発するアデノシンという脳内物質を受けとることができる「アデノシン受容体」を持つニューロンが側坐核には多数存在するためです。
光を使って特定のニューロンの活動を操作する、光遺伝学という手法を使って側坐核内のアデノシン受容体を持つニューロンを活性化してみると、マウスの行動量が顕著に低下しました。さらに脳波測定を行ったところ、徐波睡眠(ノンレム睡眠)の量が明らかに増加していたのです。逆に、ニューロンの活動を低下させたときには、徐波睡眠の量が大きく減少しました。この結果は、側坐核のニューロンが睡眠覚醒を制御するうえで非常に重要であることを意味しています。
さらに解析を進めると、側坐核内の2つの領域(コアとシェル)のうち、コア領域に睡眠を誘発する機能があり、この領域が腹側淡蒼球というまた別の脳部位に情報を伝達することで睡眠を誘発することが示唆されました。「側坐核のコア→腹側淡蒼球」という経路で情報が伝達されている可能性が高いと考えられます。
モチベーションは睡眠覚醒を制御するのか?
ここまでの実験では、特定のニューロンの活動を操作することで睡眠量がどう変化するかを見てきました。しかし、このニューロンはどのような生理的条件で実際にコントロールされるのでしょうか。私たちは、モチベーション刺激となるチョコレート、異性のマウス、もしくは玩具をマウスの飼育ケージに投入し、何が起こるかを調べました。驚くべきことに、いずれの条件においても睡眠量が低下していただけでなく、刺激に応じて側坐核のニューロンの活性が抑制されていたのです。これらの結果から、側坐核のニューロンは、モチベーションに関わる刺激によって制御され、かつ睡眠覚醒を制御することが明らかになりました。
今回の発見により、モチベーションと睡眠覚醒をつなぐ直接的な回路を見つけだすことができました(もちろん今後の検証を待つ必要があるのですが)。マウスを使った実験結果であるため、人間でも同じように言えるのかはわかりませんが、なぜ私たちはつまらない会議や講義にでているときにあれほど眠くなるのか、またここぞというときに目がさえるのか、日ごろから疑問に思っていたことに少しだけ説明がつくのではないでしょうか。
この研究が進み、さらにメカニズムが解明されていけば、気持ちが高ぶって眠れない人への治療薬の開発にもつながるかもしれません。ぜひ、続報を期待してください。
参考文献
Yo Oishi, Qi Xu, Lu Wang, Bin-Jia Zhang, Koji Takahashi, Yohko Takata, Yan-Jia Luo, Yoan Cherasse, Serge N. Schiffmann, Alban de Kerchove d’Exaerde, Yoshihiro Urade, Wei-Min Qu, Zhi-Li Huang, Michael Lazarus. Slow-wave sleep is controlled by a subset of nucleus accumbens core neurons in mice. Nature Communications. 2017 Sep 29:8(1):734
記事制作協力
ミハエル・ラザルス(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 准教授)
樋江井哲郎(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構 科学コミュニケーター)
この記事を書いた人
- 大阪バイオサイエンス研究所、ハーバード大学を経て現在筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構助教。睡眠の意義と制御メカニズムに興味があり、研究を続けています。