「時間を感じる」とは?

一口に時間といっても数秒といった短いものから24時間、数日といった長いものまでさまざまな範囲があります。たとえば、24時間周期をもとにした時間サイクルは、概日リズムとして、睡眠や摂食といった私たちの行動に影響を与えています。概日リズムは視交叉上核がその司令塔とされ、日光によってリセットされています。一方で数分から数時間の時間感覚は、計画的な日常生活に必要な意思決定にも関与します。また、1秒未満の短い時間は、発話や調和のとれた身体運動、音符や休符といった音楽のパタン認識に重要です。私たちは、数秒以内のとても短い時間の処理を対象として研究を進めています。

時間を処理する固有の脳領域はあるのか?

光、音、肌触りによってもたらされる情報は、受容する感覚器(眼・耳・触覚受容器)と情報を処理する固有の脳領域が存在しますが、時間を受容する特定の感覚器官は存在せず、それを処理する固有の脳領域もありません。ヒトが感じる時間とは、脳が外界からの入力を手がかりに、複数の領域のグローバルネットワークとして機能する結果生み出される「認知の産物」と考えています。

時間縮小錯覚

「ピ・ピ・ピ」という3つの連続する短音(20ミリ秒)によって区切られた2つの時間間隔(T1、T2)を考えてください。T1、T2がそれぞれ120、200ミリ秒としてこの音パタンを聞いてみると、2つの時間間隔は、物理的には80ミリ秒の差があるにもかかわらず、ほぼ等しい長さに聞こえます。この知覚現象は「時間縮小錯覚」と呼ばれ、筆者の共同研究者である中島祥好・九州大学芸術工学研究院教授とten Hoopen, G.ライデン大学准教授が共同で発見した錯覚現象です。重要で正確なはずの1秒未満の短い時間情報処理においても、そうした現象がみられるのです。

時間縮小錯覚は、物理的には異なる長さの時間間隔を2つ続けて呈示した場合に、ある時間範囲においてはそれら2つの間隔が知覚的に等しく感じられるという現象。典型的な精神物理学的実験では、(A)時間間隔(T2)を単独で呈示したときと(B)T2の直前に先行時間(T1)を付け加えたときの主観的等価値(Point of Subjective Equality: PSE)を測定する。この場合、T2の物理的な長さは等しいにもかかわらず、PSEはT1を付け加えたときの方が短くなる。つまり、時間マーカーが2つのときは錯覚は起こらず、マーカーが3つで、かつT1がT2の時間間隔よりも短い時に錯覚が起こるという規則性がある(聴覚だと-80 ms ≤ T1-T2 ≤ +40 msが錯覚のおこる時間範囲)。

このような2つの時間間隔の長さが同じか・異なるかを判断する際、私たちは区切りである短音に注意を向け、T1の長さを記憶し、それをT2の長さと比較し、最終的に2つの時間間隔の長さが等しいか否かの判断を行うと考えられます。このことから、時間知覚は入力刺激に対する「注意」と「モニタリング」、時間間隔の「記憶」、時間長の「判断」といった異なるステージを経て成立し、その処理には複数の脳領域が関わっていると考えられます。時間縮小錯覚を題材に研究することにより、ミリ秒単位の時間知覚に伴って実行される、注意・記憶・判断のプロセスを含んだ脳内の「感じられる」時間や、同じ入力なのに異なる判断をくだす場合の情報処理を検証することが可能だと考えたのです。

右半球に存在する時間知覚ネットワーク

私たちは、時間縮小錯覚を題材として事象関連電位(ERP)、脳磁図(MEG)を用いて時間判断に関わる脳の電気活動や脳領域を時空間的に調べました。ERPは、ヒトを含む動物の脳で生じる電気活動を、頭皮上、脳表、脳深部などに置いた電極によって記録するもので、MEGは、神経細胞間での情報のやりとりで発生する電流によって生じるわずかな磁場を高感度デバイス(超伝導量子干渉計:SQUIDs)を用いて計測する技術です。どちらも脳の神経活動の時間的な変化をミリ秒単位で知ることのできる計測手法で、私たちが対象とするような短い時間範囲で起こる知覚現象を扱うには最適の手法です。

実験では、参加者に聴覚刺激による時間判断課題をしてもらいながら、その間の脳活動をERPあるいはMEGによって記録し、脳のどこが、どのタイミングで時間判断に関連して働いているのかを調べました。解析の結果、時間判断時の脳活動は右半球優位であり、特に刺激聴取中には右半球側頭頭頂接合部(TPJ)の活動が高く、この領域が時間間隔への注意やモニタリングに関わることが示唆されました。また、刺激聴取直後に右半球下前頭皮質(IFG)の活動が高まり、この領域が時間判断に関連することが示されました。

ATA課題時の右半球の活動 (A)側頭頭頂連合(TPJ)、(B)下前頭皮質(IFG)

さらに、時間縮小錯覚の生じる刺激パタンのみで刺激終了から50ミリ秒以内のIFGの活動が有意に高まっており、この脳反応が錯覚と関連すると考えられます。

IFGにおける刺激終了直後の判断の効果。時間縮小錯覚の起る刺激パタンのみ刺激終了後50ミリ秒以内の活動が有意に高まっていることがわかった。

今後の展望

視覚、聴覚、皮膚感覚など個別のモダリティの情報はそれぞれ異なる神経連絡を経て個別に処理されており、その時間分解能は各感覚で異なります。たとえば聴覚は数十ミリ秒以内に生じる細かい変化を捉えることができますが、仮に視覚が同様の時間分解能を有するならば、私たちが目にする「動画」は紙芝居のように「連続する静止画」に見えてしまうでしょう。このように感覚処理の時間解像度は各モダリティで異なるにもかかわらず、私たちは複数感覚からの情報を同期させて処理しています。素朴に考えても、複数感覚を統合させて行われる日常的な時間情報処理には、個別の感覚で行うそれとは別の、あるいは付加的な統合過程が働いていると考えられます。

私たちが題材とする時間縮小錯覚は聴覚・視覚・皮膚感覚の3つの感覚において生じることが明らかとなっています。現在私たちは、この現象を用いて、複数感覚(視覚と聴覚)を同時に呈示した際に起こる時間縮小錯覚についてひとつの感覚(たとえば聴覚)で呈示した際と同様の計測方法で脳機能測定を行い、これまでの聴覚による結果と比較することによって、時間知覚における複数モダリティの統合処理過程をさらに検証しています。

参考文献
Nakajima Y et al (2004) Time-shrinking: the process of unilateral temporal assimilation. Perception 33: 1061-79.
Mitsudo T et al (2014) Perceptual inequality between two neighboring time intervals defined by sound markers: correspondence between neurophysiological and psychological data. Front Psychol 5: 937.
Hironaga N and Mitsudo T et al (2017) Spatiotemporal brain dynamics of auditory temporal assimilation. Sci Rep 12: 11400.

この記事を書いた人

光藤崇子
光藤崇子
(旧姓 齊藤)
日本学術振興会特別研究員(RPD)。九州大学大学院医学研究院脳研臨床神経生理所属。博士(人間環境学)。専門は認知心理学、認知神経科学。大学入学時より人間の感情に関心があり、感情を実験的に調べることのできる認知心理学を専攻しました。その後医学研究院で脳波測定などの生理学的手法を学ぶ機会を得、現在では、広く人間の視覚、聴覚における脳内認知情報処理基盤について、心理物理学的手法に加え、脳波、脳磁図などの測定手法を用いて検討しています。