仕事がうまくいかなかったり、友人と喧嘩したりした日には、気分が沈みます。このような気分の変化は日常茶飯事で、私たちは一喜一憂しながら日々生活を行っています。しかし、いじめや、過労、大切な人との死別など、ストレスが長期間に渡ったり、過剰なストレスがかかると、うつ病や不安障害などのストレス関連疾患を発症して、日常生活を営むのが難しい状態になってしまうことがあります。

ストレス関連疾患のかかりやすさには性差があり、うつ病や不安障害の発症率は女性の方が男性よりも2倍近く高いことが知られています。また、その症状や生物学的基盤にも性差があることが徐々に明らかになってきており、それぞれの性別に適した治療法を確立することが求められてきています。その一方で、多くの基礎研究は雄のモデル動物を用いて行われているのが現状です。そこで、今回ご紹介する研究では、雌マウスにおける社会的ストレスの生物学的基盤を調べるための実験系を立ち上げるという試みを行いました。

他の雄に敗北することは大きなストレスになる

まず、動物モデルを用いた社会的ストレスの研究がどのように行われているかを紹介しましょう。雄マウスは、なわばりを守るために他の雄を攻撃します。攻撃を受けて負けた個体は、非常に強いストレスを受けます。このような敗北経験が長期間にわたると、雄マウスは体重が減少し、不安が高まり、社会行動が減少し、睡眠パターンが異常になり、好きだったものを好まなくなるなどの変化が生じます。ちなみに、自分自身が攻撃されたときだけでなく、仲間の個体が攻撃されているのを見ているだけでも、同様の行動変化が生ずることもわかっています。

これらの行動変化は、人間のうつ病の症状と一部重なることから、うつ病に関わる生物学的基盤の基礎研究に用いられています。実際、ヒトで用いられている抗うつ薬の投与によって、これらの行動変化が改善することも示されています。

ストレス感受性の個体差

同程度のストレスを受けたからといって、すべての人がうつ病を発症するわけではありません。ストレス感受性には個人差があり、すぐに落ち込んでしまう人もいれば、ストレス耐性が高い人もいます。このストレス脆弱性・耐性に関わるメカニズムが明らかになれば、ストレス関連疾患の治療薬の標的として活用することができるでしょう。マウスの社会的敗北ストレスモデルは、このようなストレス感受性の違いを研究することができるのも利点です。

社会的敗北ストレスの実験では、1日1回、数分間だけ直接攻撃を受けた後、仕切り越しに攻撃雄が見えるところに24時間おくという状況を10日間に渡って続けます。その後、他の雄マウスに対してどれくらい関心を持つかという、社会性のテストを行います。通常、ストレスを受けていない個体(コントロール)は長い社会的探索を行います。一方、社会的敗北ストレスを受けると、多くの個体は社会刺激を避けるようになります(ストレス脆弱群)。しかし、3割程度の雄マウスは、ストレスを受けた後でもコントロールと同じような社会的探索を示します(ストレス耐性群)。社会行動以外の指標についても(たとえば、体重やうつ様行動など)、ストレス脆弱群は影響を顕著に受けるのに対し、ストレス耐性群はほとんどコントロールと変わりません。

このモデルを用いて、ストレス脆弱性の個体差に関わる神経回路や、遺伝子発現、免疫系応答の違いなど、さまざまなメカニズムが徐々に明らかになってきており、新たな創薬にそれらの知見が生かされてはじめてきています。しかしながら、これらの実験系はすべて雄マウスを用いたものになっていました。

雌で敗北ストレスを研究する方法の確立

雌においてこの実験系を用いようとすると、ひとつとても大きな問題に直面します。それは、雄マウスは雄の侵入者は攻撃しますが、雌には攻撃をしないのです。なぜならば、雌は貴重な配偶相手となるため、なわばりから追い出す必要がないからです。マウスは、雌同士での攻撃行動をあまり示さないため、雌に敗北ストレスを与えるのは容易ではありませんでした。

そんななか、他の研究グループが、視床下部の一部(視床下部腹内側核腹外側部; VMHvl)にあるエストロゲン受容体α(ERα)発現ニューロンを活性化することで、雄マウスの攻撃行動が誘発でき、雌に対しても攻撃行動を行うようになることを報告しました。私たちはその発見を応用して、雌マウスの敗北ストレスモデルを作成することにしました。具体的には、DREADDという薬理遺伝学の方法を用いて、雄マウスのVMHvlのERαニューロンを活性化させることで、雌マウスに対する攻撃行動を誘発しました。この方法で安定して雄から雌への攻撃行動を誘発できたことから、雌における社会的敗北ストレス実験を行うことにしました。

飼育環境が雌のストレス感受性に影響する

まずは雄マウスと同じ実験系を用い、身体的な攻撃を受けた後、仕切り越しに攻撃雄が見えるところにおくという状況を10日間続けました。雄の場合、仕切り越しに攻撃雄がいることが精神的ストレスとなり、ストレス脆弱性を高めることがわかっていました。一方、雌を同じ実験系で行うと、不思議なことが起こりました。夜のあいだに雌マウスが仕切りを乗り越えて攻撃雄の部屋の中に入り、翌朝見ると一緒に寝ていたのです。

この実験を始めた当初は、雄とまったく同じ装置を用いていて、雄よりも小柄な雌は仕切りの一部の小さな隙間を通り抜けることができたのです。そのような行動は多くの日で観察されました。つまり、雌は雄に攻撃を受けた後でも、薬理作用が消えて攻撃をしなくなった雄と一緒にいることを選択したのです。

その後、装置を改造し、雌が通り抜ける穴をふさいで社会的敗北ストレス実験を再び行いました。そして、ストレス感受性を定量するために社会行動テストを行いました。その結果、ほとんどの雌がストレス耐性を示し、社会行動だけでなく、体重変化や不安様行動などの指標でも、ストレスの影響がほとんど認められませんでした。

一般的な社会的敗北ストレスの実験方法では、雄マウスは6割程度の個体がストレス脆弱性を示す。その一方、同じ方法で雌マウスをテストすると、ほとんどの雌マウス(80〜90%)がストレス耐性を示した。

そこで、私たちは、雌にとって雄マウスの存在が近くにあることが、ストレス耐性を高めている可能性を考えました。今度は、雄から身体的な敗北ストレスを受けたあと、仕切り越しに攻撃雄を置かず、1匹だけで個別飼育するか、雌同士で2匹で集団飼育をしました。

その結果、どちらのグループでも約半数の個体がストレス脆弱性を示すようになりました。集団飼育をしたグループでは、ストレス脆弱雌においてのみ、体重の減少も見られました。一方、雌マウスにとって個別飼育はそれだけでストレスになり、コントロール群でも不安様行動が増加し、体重の増加が認められませんでした。

このことから、雌マウスの社会的敗北ストレスによるストレス感受性を調べるためには、雌マウス同士で集団飼育をすることが望ましいことがわかりました。

身体的攻撃を雄から受けたのちに、個別飼育や雌同士の集団飼育を行なわれた雌は、半数がストレス脆弱群となり、体重が減少し、社会刺激を避けるようになった。

雌においても免疫系の応答がストレス感受性に関与する

雄マウスの知見から、社会的敗北ストレスによって、抹消の免疫系にも変化が生ずることがわかってきており、特にインターロイキン6(IL-6)という炎症性サイトカインが、ストレス感受性に関与することが明らかになっていました。そこで、雌同士で集団飼育をした雌マウスの血中IL-6量を調べたところ、雌においてもストレス脆弱群でIL-6が過剰に増加したのに対し、ストレス耐性群ではコントロールと変わらないことが明らかとなりました。このことから、IL-6は雄雌ともにストレス感受性の個体差に関与することが分かりました。

おわりに

世界中の約35%もの女性が、暴力被害を受けたことがあると報告されてます。ドメスティックバイオレンスをはじめとした暴力の経験により、うつ病や不安障害に苦しむ女性は少なくありません。本研究により、雌マウスにおける社会的敗北ストレスモデルを用いて研究することが可能となりました。雄マウスの社会的敗北ストレスモデルから明らかになってきている知見について、すでにいくつかの他機関との共同研究により、その性差の解析が始まっています。本モデルを用いることで、女性に対してより適切な治療薬の開発につながるような生物学的基盤研究の進展が期待されます。

参考文献
Takahashi, A. et al. Establishment of a repeated social defeat stress model in female mice. Scientific Reports 7: 12838 (2017).

この記事を書いた人

高橋阿貴
高橋阿貴
筑波大学人間系国際テニュアトラック助教。博士(理学)。専門は行動薬理学、行動遺伝学、動物心理学。筑波大学を卒業後、総合研究大学院大学(国立遺伝学研究所)にて博士課程修了。米国タフツ大学にて博士研究員、国立遺伝学研究所助教を経て、2014年より現職。攻撃行動の生物学的基盤に興味を持ち、遺伝学的、神経科学的、免疫学的なアプローチを用いて研究を行っています。ここで紹介した研究は、国際テニュアトラック制度の一環として、ロックフェラー大学Bruce McEwen教授とマウントサイナイ医科大学Scott Russo准教授との共同研究で行いました。