みなさんはDNAをご存知ですか? そうです、親から子へ遺伝したり、テレビドラマで科捜研が鑑定をしていたり、二重らせんの形をしているアレです。このDNAがスマートフォンや電子マネーなどに組み込まれているICチップの材料になるかもしれない、と言ったら驚くでしょうか?

最近私たちは、DNAと銀でできた世界一細いワイヤーケーブルをつくることに成功しました。この「DNA-銀ハイブリッドナノワイヤー」は将来、極限にまで小型化されたICチップなどに使われて、我々の生活を劇的に便利にする可能性があるのです。このコラムでは、DNAを使ったテクノロジーの現在と未来のお話をします。

DNAは優れた化学材料

すべての生きものはDNAを遺伝物質としてもっています。もちろん我々も両親から受け継いだDNAを細胞の中にもっています。このDNAが、たとえばプラスチックやゴム、合成繊維などをつくるための化学材料として使えると聞いたら驚く方もいらっしゃるかもしれません。しかしDNAはデオキシリボ核酸という名前の単なる化学物質ですし、ヌクレオチドという構成単位の化合物が数珠状につながったポリマーですから、プラスチック(たとえばエチレンのポリマーであるポリエチレン)などの材料とまったく同じなのです。しかも、ほかの化学材料と比べてさまざまな点で優れています。

まず、DNAはとても丈夫です。そもそも生きものの遺伝情報を保存している分子ですから、たとえば熱いお風呂に入ったくらいで壊れてしまっては困ります。また、数万年前に生息していたマンモスの遺体がシベリアの永久凍土の中から見つかり、これからDNAを取り出して解析することに成功したというニュースもありました。実際にはDNAの半減期は521年であるという報告もありますが、つまりそれくらい壊れにくいということです。

そして、DNAは触っても食べても安全です。堅い表現をすれば「生体適合性が高く毒性が低い」ということになりますが、それもそのはずです。我々が毎日食べている肉や魚、米や野菜はすべて生きものですから、そこにはDNAが含まれているのです。先ほど述べたようにDNAは壊れにくいですから、煮ようが焼こうが生で食べようが、みなさんは毎日DNAを口にしているのです。

さらに、DNAは環境に優しいです。これも堅い表現をすれば「環境負荷が低い」ということになります。たとえば落ち葉は土壌中の微生物に分解されてやがて土へと還りますし、落ち葉を集めて燃やすことはプラスチックごみを燃やすよりも抵抗が少ないでしょう(CO2が出ますので焚き火が環境に優しいかどうかはわかりませんが)。もうお気づきですね、この落ち葉にはDNAが含まれていますし、すべての生きものが生まれて死んでいく自然界において、DNAは日常的に環境に放出されているのです。

ところでDNAはどれくらいの大きさなのでしょうか。みなさんもどこかで見たことがあるはずのDNA二重らせんは、直径がわずか10億分の2メートル(2ナノメートル)の細長いひもです。わずか10億分の2メートル……と言われてもイメージしにくいでしょうから身近なもので説明しますと、イヤホンに使われているワイヤーケーブル(約2ミリメートル)の100万分の1の細さです……それでも伝わりにくいと思いますが、それくらい細いのです。

もちろん目で見ることはできませんし、虫眼鏡や顕微鏡でも見ることはできません。我々が研究に使っているX線結晶解析という特殊な実験手法を使って初めて見ることができるのです。このような想像できないくらい細く、そしてとても丈夫で、しかも食べても安全で環境にも優しいDNAを使って電線を作ることができれば、世の中のいろいろなものがもっと便利になるはずです。

DNAで電線をつくるには?

それではDNAで電線をつくるにはどうすれば良いでしょうか。DNAはプラスチックと同様に電気をあまり通しません。ですので、電気を流す金属をDNA二重らせんに組み込めば良いのです。とても簡単そうに言ってしまいましたが、20年くらい前からDNAに金属を組み込むための地道な研究が世界中で行われてきたのです。

下の図でそのアイデアを簡単に説明します。DNAはA、T、G、Cという塩基をもつ4種類のヌクレオチドでできていて、2本のDNAの鎖が逆平行に絡み合ってA-T、G-Cの2種類の塩基対をつくることで二重らせんという美しい形になります。これらA-TとG-Cは、1953年にDNAの二重らせん構造を世界で初めて提案したJames WatsonとFrancis Crickの名にちなんでWatson-Crick型塩基対と呼ばれていますが、これらの塩基対は遺伝情報を保存するためにとても重要です。生きものがもつDNAにはこれら2種類の塩基対しか存在しません。

しかし、DNAから「遺伝情報を保存する」という縛りを取り払って単なる化学物質として扱うなら、これらの塩基対にこだわる必要はありません。そこで我々は、DNAのWatson-Crick型塩基対を、銀が介在した特殊な塩基対に置き換えることにしました。そうすることでDNA二重らせん中に銀原子を1個ずつ一列に精密に並べることができるのです。

こうして出来上がったのが、先日Nature Chemistry誌で報告した「DNA-銀ハイブリッドナノワイヤー」なのです。下の図を見ていただければわかるように、DNA二重らせんの真ん中に銀原子が1個ずつ近距離に等間隔で途切れることなく並んでいます。つまりDNAでできた絶縁体の中に銀でできた金属ワイヤーが入っているという、まさに先ほど例に挙げたイヤホンのワイヤーケーブルのような形をしているのです。しかも絶縁体部分を含めた直径は10億分の2メートル(DNAの直径)、中身の金属ワイヤーの部分に限ればわずか100億分の3メートル(銀原子1個の直径)となります。これよりも細い金属線を含むワイヤーを作ることは事実上不可能なのです。

DNA-銀ハイブリッドナノワイヤーのつくりかた
DNA-銀ハイブリッドナノワイヤーのサイズ

世界一細いDNA電線が使われる未来とは?

DNAと銀でできた世界一細いワイヤーケーブルは、いつ頃、どのように使われるのでしょうか。まず、これを電線として使うためには、電気がどの程度効率よく流れるのかを調べなければいけません。この点については現在研究を進めていて、近いうちに結果が得られるでしょう。

もしこれが電線として使えることが確認できれば、もちろんICチップを極限にまで小型化することが可能になりますが、その用途として考えられるのはやはりDNAでできているというメリットを活かしたもの、つまり我々の体の中ではたらく電子機器のような薬です。DNAでできた細胞よりもずっと小さいICチップを搭載した薬を飲み、治療が必要な細胞に到達したときに外部からの電気信号で薬をはたらかせる、といったことが可能になるかもしれません。また、このICチップを搭載した診断薬が体の中を動き回り、ガンや糖尿病の発症はもちろん、その日の体調すらもあなたにメールで知らせてくれるかもしれません。そしてこれらの薬はいずれ代謝されて自然へと還っていくのです。

みなさんは、このようなことが実現する未来はずっと遠いように感じるかもしれません。しかし、このコラムの読者の多くが、黒電話がプッシュフォンになり、やがて高価な無線電話が登場し、さらにはポケベルやPHSになり、そして携帯電話やスマートフォンへと進化してきたのを、わずか数十年のあいだで見てきたはずです。そして、これからの数十年間で起こることもまた、我々の想像をはるかに超えるものになるでしょう。アカデミックな研究から生まれるあらゆる発見は、そう遠くない未来で必ず世の中の役に立つはずなのです。

参考文献
Jiro Kondo, Yoshinari Tada, Takenori Dairaku, Yoshikazu Hattori, Hisao Saneyoshi, Akira Ono, Yoshiyuki Tanaka. (2017) A metallo-DNA nanowire with uninterrupted one-dimensional silver array. Nature Chemistry, 9, 956-960.

この記事を書いた人

近藤次郎
近藤次郎

上智大学 理工学部 物質生命理工学科 准教授。東京工業大学大学院生命理工学研究科博士課程在籍時の2003年に、現在でも最も複雑なDNAのらせん構造である「DNA八重らせん」を発見。2004年からストラスブール大学で博士研究員として、2010年からは上智大学でPIとしてDNAやRNAの動きをとらえる研究を行い、2015年に科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞を受賞。現在はDNAでできた薬やナノデバイスのデザインに挑戦している。


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