見通しが暗いと言われる博士課程を少しでも明るく! – 研究への興味だけでなくキャリア志向も大事?
先日、理系の修士課程に所属するある学生と話していたのですが、彼女がこんなことを言っていました。
「いやー、将来のキャリアのことはよくわからないんですけど、研究テーマは好きなんですよね。」
このような進学動機を持つ修士課程や博士課程の学生は、彼女に限らず多いのではないかと思います。不安定な研究者キャリアの問題は、任期つきの大学教員の私にとっても、非常に気になる話題です。私は大学院生、特に博士課程の学生がよりよい学業体験をしていくためにはどうしたらいいのか、そしてそれをどう支援したらいいのか、そのための研究を続けています。
集団の平均という視点から個人の特徴をつかむアプローチへ
今回の研究はフィンランドの研究者と共同で行ったもので、フィンランドの博士課程の学生の学業への動機と学業経験の満足度の関係のパターンを探ろうとしたものです。ヘルシンキ大学の博士課程の全学生およそ4000人に対しアンケート調査への協力を依頼し、1200人程度の学生から協力を得ました。アンケートでは学生が<博士課程を始めた動機>(「専門性を高めるため」や「研究テーマに興味があるため」など)についての項目と、<博士課程の学業全般>、<研究指導の質>(「指導教官から適切に評価されている」など)、<研究コミュニティーの雰囲気>(「研究者間に同僚であるという良い意識がある」など)、<機関の実務的な手続きや実践>(「自分を含めた博士課程の学生間に平等な権利と責任意識がある」など)の満足度を測る項目を準備しました。まず統計的手続きを経て、博士課程を始めた動機について2つの要素「キャリア志向」と「研究への興味」を抽出し、これらの指標を使って学生の学業動機の特徴をつかもうとしました。
今までのこの分野の多くの研究では、得られた回答者を同様の傾向を持った一群とみなしその特徴を明らかにするものが多かったのですが、今回の調査では学生個人を学業動機の2つの指標の高低によってさらにいくつかの下位群に分類し、その分布の割合から博士課程の学生の進学動機の特徴をつかもうとしました。たとえば「キャリア志向」は高いけど「研究への興味」は低い学生群「高キャリア志向群」や、「キャリア志向」はあまりないけど「研究への興味」は人並みにある学生群「低キャリア志向群」などです。そしてこれらの群間の学業満足度の数値を比較し、さらに現地人学生と留学生の下位群への分布の割合を比較しました。
研究への興味もいいけどキャリア志向もね
その結果、博士課程で学ぶことでキャリアをアップさせたいとあまり考えない学生群「低キャリア志向群」は、研究への興味が人並みであっても、特に学業満足度が低いことが示されました。また、現地人学生と留学生はどのような進学動機のパターンの群に属するか分析したところ、現地人学生はこの「低キャリア志向群」により多く分布することが示されました。留学生は自身のキャリアアップのために博士課程で学ぶという意識が高い「高キャリア志向群」により多く分布していました。
今回の結果は、冒頭に紹介した学生さんを含め、解決の糸口の見えない不透明なキャリアパスに直面する博士課程の学生へのサポートのあり方にひとつの示唆を与えます。それぞれの学生が高度専門家としての可能性のある将来のキャリアへ向けた目標や希望をより具体的に考え、また、支援する大学や指導教員がその方向に促すことで、より望ましい態度で学業に専念していける可能性が高まるのではないかと考えられます。
これからに向けて
ややもすると、指導教官とのミーティングは研究内容やその進捗の報告が中心となり、将来のキャリア開発についてゆっくり話すことが難しい現場もあると聞きます。さらに、研究職以外のキャリアに興味があると言ってしまうと、指導教員から熱心に指導されなくなってしまうのではないかと不安に考える学生もいます。大学研究職パスに乗れなかった研究者は「負け組」という意識さえ蔓延する国もあります。ある学会で本研究結果を発表したところ「博士課程はキャリアのためにやっているのではない」というご意見をいただいたこともあります。少なくとも現代日本においては、最近出版された『博士になったらどう生きる?‐78名が語るキャリアパス』がありありと示すように、博士人材がたどるキャリアの実情は想像以上に多様になっています。にもかかわらず、科学研究費助成事業データベース、CiNii Articles、Google Scholarなどのウェブページで「博士課程」を検索してみると、日本国内には研究の蓄積がほとんどないことを痛感させられます。
最近「博士世界」という雑誌が朝日新聞デジタルの記事で紹介され注目されました。実は先ほど紹介した科学研究費助成事業データベースで「博士課程」を研究課題名に含む7件のうち3件が2016年度に採択されたものです。一時的な偶然かそれとも必然なのかわかりませんが、まだ見ぬ私自身の安定したキャリアのためにも、将来の若手研究者のよりよい人生のためにも、私自身もまず自分のキャリアに必要な職能開発を意識しつつ、これらの取り組みに刺激を受けながら着実に研究を続けていきたいと思います。
参考文献
Sakurai, Y., Vekkaila, J., & Pyhältö, K. (2017). More or less engaged in doctoral studies? Domestic and international students’ satisfaction and motivation for doctoral studies in Finland. Research in Comparative and International Education, 12(2), 143-159.
栗田佳代子, 吉田塁, 堀内多恵 (2017) 『博士になったらどう生きる?―78名が語るキャリアパス』 勉誠出版.
入りたい人、入ってしまった人のための情報誌「博士世界」 (最終閲覧日:2017年10月20日)
この記事を書いた人
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東京大学総合文化研究科・教養学部付属国際交流センターグローバリゼーションオフィス特任講師。博士(教育学)。新潟生まれ。マレーシア、エジプトの大学での勤務ののち、フィンランド、ヘルシンキ大学行動科学研究科(現在は教育学研究科)高等教育開発センター博士課程2015年修了。現所属特任助教を経て2016年より現職。専門は大学教育・国際教育・若手研究者のキャリアの諸問題。大学生の学びの質を、定量的、定性的な様々な手法を用いて明らかにし、体系化する研究を行っている。タイ、オーストラリアでも職務ならびに長期滞在経験がある。
ウェブサイト:https://goo.gl/mR2gFF