身体運動における「解の冗長性」とは

私たちが何らかの目的を達成するために運動を行なうとき、その運動パターンは無数に考えられます。たとえば、目の前にある物体を掴むという目的を想定した場合、その解答、すなわち物体を掴むまでの腕の軌道は無数に考えることができます。

これが、身体運動における「解の冗長性」といわれる問題です。いずれの軌道を通っても、物体を掴むという目的は達成できますが、私たちは普段、無意識のうちにこの無数の候補のなかから、ひとつの軌道を選択して運動を行なっています。

この無数の候補のなかから、ヒトがどのような基準でひとつの軌道を選んでいるかという問題は、さまざまな研究分野で議論がされてきました。しかしながら、スポーツ場面においては、このような解の冗長性は、ときに選手一人ひとりの個性を生むことがあるということが、私たちの研究により明らかになりました。

野球型競技の打撃準備動作

野球やソフトボールなどの野球型競技の打者は、投手がボールを投げてから、打者の手元に到達するまでの約0.4秒から0.5秒という非常に短い時間のなかで打撃を行なう必要があります。そのため、投手がボールをリリースする前に、打者は投手の動作から投じられるボールのコース、球種などを予測して、あらかじめ動作を開始しなければヒットや本塁打は打てません。

すなわち、投球を予測して、投手に対して脚を上げたり、バットを後ろに引き始めたりという、打撃のための準備動作がヒットや本塁打を打つためには重要となります。しかしながら、これまで野球型競技の打撃動作を対象とした研究では、バットを引いた後、ボールを打ちに行くスイング動作を対象としたものが多く、そのための準備動作に着目した研究はほとんど行なわれてきませんでした。

打撃のスイング動作に関しては、ボールを正確かつ力強く打たなければいけないため、一流の打者はスイング速度が速く正確であるといった共通点が報告されています。しかし、準備動作にはこうすればよいという明確な正解はありません。そのため、準備動作には選手それぞれの特徴が見られます。

たとえば、大きく脚を上げて豪快な本塁打を打つ選手や、脚をあまり上げずにバットを小さく引いて、巧みなバットコントロールでヒットを量産する選手など、準備動作においてはそれぞれの選手に個性が見られます。

上記のような研究背景から、我々は女子ソフトボールの高校、大学、実業団に所属する打者の実際の試合場面における準備動作を調査しました。野球型競技のなかから女子ソフトボールを選んだ理由は、女子ソフトボールは野球型競技のなかでも特に、投手のボールリリースから打者の手元に到達するまでの時間が短く、よりボールリリース前の準備動作が重要になると考えたためです。

研究方法としては、2台のビデオカメラで投手、打者を同時に撮影し、投手のボールリリースを基準として、各時点で打者がどのような動作を行なっているかを評価しました。

「いつ」と「どれくらいのあいだ」で準備動作の特徴を表現する

我々は選手の準備動作の特徴を定量的に表現するために、始動時間、ステップ時間という2つの変数を仮定しました。

下の図は打撃動作の一連の流れを示したものです。打者は投手の投球動作の開始から、タイミングを測って投手側の脚(踏み込み脚)を上げ、バットを後ろに引き、その後、再び踏み込み脚を地面に着地させます。これが準備動作で、踏み込み脚を上げたときを始動時間、上げてから再び着地させるまでの時間をステップ時間と定義しました。ステップ時間は踏み込み脚の離地から着地のあいだの時間間隔に相当します。

試合場面における打撃動作の一連の流れ
(a) 打者はまず、投手側の脚(踏み込み脚)を上げ準備動作を開始。これが始動時間
(b) 投手のボールリリース
(c) 打者は投じられたボールに対してタイミングを合わせて踏み込み脚を再び着地。(a)から(c)の時間間隔がステップ時間。

この2つの変数、すなわち、投手のリリースに対して「いつ」準備動作を開始するかという変数と、「どれくらいのあいだ」準備動作を続けるかという変数を用いることによって、それぞれの打者の準備動作の特徴を表すことができると考えました。

たとえば、前述のように大きく脚を上げる選手は、始動時間は「早く」、ステップ時間は「長く」なります。また、コンパクトな準備動作を行なう選手は、始動時間は「遅く」、ステップ時間は「短く」なります。

女子ソフトボールの打撃準備動作に見られた3つのタイプ

次に、計測した2つの変数の平均値を取り、各打者の準備動作を表す代表値としました。この2つの代表値を基に、クラスター分析という手法を用いて、準備動作を3つのタイプに分類しました。クラスター分析とはデータ分類手法のひとつで、本研究の場合は、始動時間、ステップ時間の2変数の値が近い打者同士を同一のクラスターとして分類します。

我々は得られた3つのタイプをそれぞれの特徴から、早期継続型(Early initiation – Long duration:以下、ELタイプと表記)、直前開始型(Late initiation – Short duration:LSタイプ)、早期完了型(Early initiation – Short duration:ESタイプ)と定義しました。

具体的には、ELタイプの選手は「早い」時点から、「長い」準備動作を行なう選手で、前述のように大きく脚を上げて打つような選手を示します。LSタイプの選手は、「遅い」時点から「短い」準備動作を行なう選手で、投手のボールリリース直前に、コンパクトな準備動作を行なう選手を示します。最後に、ESタイプは「早い」時点から「短い」ステップ動作を行なう選手で、早い時点でステップ脚の着地を終えて、いつでもスイングをできる体勢を取る、ノーステップに近い打法の選手を示します。

クラスター分析により得られた準備動作の3つのタイプ
(a) 特徴量平面における各打者のプロット (b) 各タイプの準備動作の概念図

高校、大学、実業団では、これら3つのタイプの含まれる割合が異なり、特に、実業団では、3つのすべてのタイプが観察されました。

競技レベル毎の動作パターン (a) 高校 (b) 大学 (c) 実業団

競技カテゴリーごとに3つのタイプの割合が異なったのは、それぞれの競技環境が異なることに原因があると考えられます。投手の球速は実業団が最も速く、大学生と高校生は同程度でした。また、高校のみがゴムボールを用いていて、大学生と実業団は革ボールを用いています。同じ力で打つと革ボールの方がゴムボールよりも遠くに飛びます。こうした競技環境の違いによって、それぞれの競技カテゴリーで準備動作の3つのタイプの割合が異なったと思われます。

3つすべてのタイプが見られた実業団選手は、もっとも投手の球速が速い競技環境でプレーをしています。そうした競技環境のなかで、わずか一瞬で勝敗が決まる打撃動作において、それぞれの選手が正解のない準備段階における「解の冗長性」を利用して、個性を発揮した準備動作を行っていることを本研究の結果は示しています。

参考文献

  • Takamido, R., Yokoyama, K and Yamamoto, Y. “Task constraints and stepping movement of fast pitch softball hitting” PLoS ONE, 14, e0212997 (2019)
  • Bernstein NA. “Coordination and regulation of movements” New York: Pergamon Press (1967)
  • Muller, S. and Abernethy, B. “Expert anticipatory skill in striking sports: A review and a model” Res Q Exerc Sport, 83, 175-187 (2012)

この記事を書いた人

髙御堂 良太, 山本 裕二
高御堂 良太
名古屋大学工学部機械航空工学科を卒業後、名古屋大学大学院教育発達科学研究科に入学。 現在は博士後期課程に所属。専門は運動制御、特に野球やソフトボール等の野球型競技の打撃動作に関心を持っている。

山本 裕二
名古屋大学 総合保健体育科学センター/教育発達科学研究科教授。
筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。博士(体育科学)。専門は身体運動の制御や学習であるが、最近はスポーツにおける対人技能・集団技能に潜むダイナミクスに関心がある。