ブラックホールとは?

2019年4月10日、M87星雲の中心に存在するブラックホールの撮影に成功したというニュースが大きく報道されました。また、2016年には2つのブラックホールが衝突した際に生じた重力波の観測にアメリカのグループが成功し、2017年のノーベル物理学賞の対象となりました。このように、ここ数年でブラックホールの観測が飛躍的に進展しました。では、そもそもブラックホールとはどのような天体なのでしょうか?

ブラックホールは非常に高密度の物質から成る天体です。高密度の物質は強力な重力場を形成し、ある距離よりもブラックホールに近づいてしまうと、光すらもその重力場から逃れられなくなります。この光が脱出できない領域と、脱出できる領域の境界を「事象の地平線」と呼びます。たとえば、M87星雲の中心ブラックホールは太陽の質量の65億倍の質量を持ち、半径400億kmの事象の地平線に囲まれていると考えられています。

ブラックホールの概略図

ブラックホールに物質が落下し、事象の地平線を一度越えると、その物質は二度と地平線から出てくることができません。これはブラックホールが物質を吸い込み続け、さらに巨大に成長していくことを意味しています。このように、一旦形成されたブラックホールは大きくなることはあっても、小さくなることは決してないと考えられていました。

ブラックホールの温度は何度か?

天体の重要な性質のひとつに、原子核反応により熱を発生する点が挙げられます。たとえば、私たち地球上の生命にとって太陽の熱は欠かせません。では、ブラックホールの温度は何度でしょうか? 天体の温度は天体が発する光(電磁波)の波長から測定することができます。太陽の場合は、太陽光の波長から表面温度が約6000Kということがわかります。しかし、ブラックホールはそもそも一切の光を放たないので、温度はゼロということが予測されます。

ただし、この予測は一般相対性理論による予測で、実は量子力学の効果を考慮するとブラックホールから非常にわずかな電磁波が発生することを、ホーキングが1974年に予言しました(ホーキング輻射)。 たとえば、先ほど挙げたM87星雲のブラックホールは、1×10-17K程度の温度の電磁波を発すると予測されています。

このようにブラックホールの発する電磁波はとても微弱ですが、物理的には非常に重要な意味を持っています。ブラックホールが電磁波を発するということは、電磁波を介してエネルギーを失うことを意味しています。相対性理論によるとエネルギーは質量と等価なので、ホーキング輻射を通してブラックホールは質量を失っていき、最終的には消滅する可能性がでてきました。これにより、一度形成されれば成長し続けるしかないと考えられていたブラックホールに関する認識が大きく変わりました。

バタフライ効果における「量子論的な発熱現象」

このように、ホーキングが提唱したブラックホールが量子論的に温度を持つという予言は、物理的に非常に重要な意味を持ちます。そのため本当にこのような現象が起こるのかを確かめるため、これまでに多くの研究がなされてきました。 特にアンルーは、超音速流体や相対論的加速運動といった特殊な状況においても、ブラックホールと類似した「量子論的な発熱現象」が起こるという興味深い予言を提唱しました。

私はアンルーの研究をさらに進め、これらの特殊な状況以外にも量子論的な発熱現象が起こる状況がないか調べました。そして、「バタフライ効果」が起こる際にも量子論的な発熱現象が起こるという理論予測を発見しました。

バタフライ効果とは、「わずかな変化でも、時間が経つと非常に大きな影響を与える現象」のことです。蝶(バタフライ)のはばたきも、台風の進路に影響を与えうるというたとえ話が語源です。

バタフライ効果

このような現象は、私たちの身のまわりで日常的に起こっています。たとえば、コーヒーにミルクを注いだときにできるミルクの模様は、毎回同じようにミルクを注いでも、その都度大きく異なります。これもバタフライ効果のひとつの例です。

このように、コーヒーにミルクを注いだ際にも、今回の研究によると非常にわずかですが「量子論的な発熱現象」が起こると考えられます。しかし、元々コーヒーの持つ熱にかき消されて、この現象を観測するのはほぼ不可能です。ですが、こういった日常の何気ない一場面でも、遠く宇宙の果てにあるブラックホールと似た現象が起こるというのは、なんとなくロマンを感じます。

ブラックホールとバタフライ効果の共通点

ところで、ブラックホールとコーヒーに注いだミルクはまったく異なるように見えます。一体なぜこの2つで類似した量子論的な発熱現象が起きるのでしょうか? 実は、両者とも「情報が失われる」という共通点を持っています。

コーヒーにミルクを注ぎ、しばらく放っておくと、コーヒーとミルクが混ざり一様な状態になります。物理学ではこのような過程のことを「熱平衡化」と呼びます。 この混ざった状態を見ても、ミルクが途中でどのような模様だったかのかを知ることはできません。これはコーヒーとミルクが混ざる過程で、「ミルクの模様の情報が失われた」と見なすことができます。

コーヒーにミルクを混ぜる過程
同じようにミルクを注いでも、できる模様は毎回異なる(バタフライ効果)。 その後、時間が経つにつれコーヒーとミルクが一様に混ざり合う(熱平衡化)。一旦、コーヒーとミルクが混ざりあうと、途中でミルクがどのような模様だったのかを読み取ることができない(ミルクの模様の情報を失う)。

コーヒーとミルクに限らず、一般的に熱平衡化過程はバタフライ効果を伴うことが知られています。また、熱平衡化が起こると、熱平衡状態に達する前の一部の情報が必ず失われることを、熱力学第二法則により示すことができます。これらはバタフライ効果と「情報が失われる」過程が密接に関係することを示しています。

一方、ブラックホールも、事象の地平線の内側から外側に光すら出ることができないので、事象の地平線の内側の情報を外に出すことができません。そのためブラックホールに入った物質の情報は失われてしまいます。

このように、一見関係ないように見えたブラックホールとバタフライ効果は、「情報を失う」という共通点を持ちます。そしてこのことが、バタフライ効果においてもブラックホールと類似した量子論的な発熱現象がおこるという今回の予測の鍵となりました。

ブラックホールの解明に向けて

ブラックホールが量子論的に発熱し、徐々に質量を失うことで最終的には消滅するというホーキングの予測はとても興味深いです。しかし、本当にこのような現象が起こるのかは現在もさまざまな議論がなされており決着してはいません。今回の量子論的な発熱現象の研究が、ブラックホールで一体何が起こるのかを解明する手がかりにつながらないかと期待しています。

参考文献
Takeshi Morita “Thermal Emission from Semi-classical Dynamical Systems” Physical Review Letters, 122, no.10, 101603 (2019)

この記事を書いた人

森田 健
森田 健(もりた たけし)
静岡大学 理学部物理学科 講師
静岡大学 創造科学技術大学院 講師
2006年京都大学大学院理学研究科 博士後期課程修了。博士(理学)。
TIFR Visiting fellow、クレタ大学 PD、KEK博士研究員、ケンタッキー大学 PD等を経て2014年より現職。専門は素粒子論。ブラックホールや超弦理論の研究を行っている。