私たちのグループはスイマーの推進メカニズム解明に取り組んでおり、今回スイマーの周りの水の流れを立体的に可視化することに初めて成功しました。これにより、ヒトが水中を推進するときにその周りで何が起きているのか説明できるようになるだけでなく、速く泳ぐためにはどうすればよいか、どうやったら泳げない人が泳げるようになるのかといったことに対するヒントが得られると考えています。

スイマーはどのようにして前へ進む力を得て泳いでいるのか?

スイマーは水の中でどのようにして前へ進むための力を得て泳いでいるのか、そのメカニズムはこれまでよくわかっていませんでした。たとえば陸上では、壁に対して腕で力強く押せば反対方向への力(反力)を受けるので体が押し返されます(作用・反作用の法則)。では水に対してはどうでしょうか。クロールしているスイマーを見ると、腕で水をかいて水中を進んでいるので水という流体から力を受けているのはわかりますが、スイマーの体を前方へ押し進める力はどうのようにして得ているのでしょうか。この見えない水の状態を見ない限り、つまり実際に泳いでいるヒトの手足の周りの現象を捉えない限り、どうやって水の中を泳いでいるのか説明できません。

今回我々は、魚に似たキックだけの泳ぎに着目し(水中ドルフィンキック)、水の流れを可視化する手法をヒトに応用して詳しく調べました。その結果、キック泳で進んでいるスイマーの足の裏側に大きな渦の塊ができており、これが前に進むための力(推進力)を生み出していることを突き止めました。

キック泳の推進メカニズムとは?

スイマーのキック泳の分析を進めると、その動きのなかに興味深い特徴がひとつありました。キック泳はけり上げとけり下ろしの2つの動作局面に分けられ、けり下ろし動作中にスイマーが水中を一気に加速するので、この局面でたくさん力を得て進んでいることは以前から知られていました(イルカなどは尾の上げ下げ動作のどちらでも加速しますが、ヒトの場合は足関節の可動範囲が制限されており主にけり下ろし動作で加速します)。この局面に着目したところ、スイマーはただ単に脚をけり下ろすだけでなく、足の捻り動作(外旋)も同時に行っていたのです。

このときの足の周りの水の流れを可視化してみると、けり下ろしの最初の頃に足裏に小さな渦ができ、途中から徐々に大きくなっていきました。そしてけり下ろしのフィニッシュでは、捻りの動きが加わることによって渦が中央に寄せ集められ、この渦が周りの水を吸い集めようとして、足に大きな力が加わっていました。この渦の吸い寄せる力を使ってスイマーは前に進んでいた、というわけです。

3次元的に水の流れを捉えた!

今回の研究では、回流水槽といういわゆる水泳版のトレッドミルと、流体力学の研究手法のひとつである粒子画像流速測定法(通称PIV法: Particle Image Velocimetry method)を使いました。

PIV法を使ったヒトの水中ドルフィンキック泳の流れを可視化した研究は、すでにいくつか行われています。しかし、それらの研究は矢状面(真横からスイマーを見た状態)の流れを可視化しているもので、3次元的な流れはわかっていませんでした。さらに、それらの研究結果の解釈には「たった1枚の流れの結果からは、偶然起きた現象をたまたま捉えただけではないのか?」という問題が常にありました。

我々の研究では、「空間座標変換」と「流れ画像の条件付き加算平均」という方法を組み合わせました。これは回流水槽の中で同じ流速環境で泳いでいるスイマーの後流の流れをスライスして複数断面を統合し、加えて各断面で数枚の画像を平均化しているため、普遍的で3次元的に現象を捉えた結果を示しています。

渦輪を捉えることができれば、スイマーの推進力を推定できる

なぜ3次元的な流れにこだわるかというと「渦を3次元的に可視化したかった」ためです。実は魚の研究ではすでにわかっているのですが、魚が泳いだ後には渦が丸い形状になりドーナツのような渦輪が連続して現れ、この間には大きなジェット流とよばれる水の塊の移動が起きています。このジェット流は魚が得た力を反映しているため、渦輪の大きさや速度から、魚がどれぐらいの力を得たのか、つまり推進力の大きさを計算で導くことができます。

渦輪からスイマーが得た推進力や方向がわかるようになれば、どれぐらいのパワーで泳いでいたのか推測でき、トレーニングの評価にも使えます。この研究では、可視化範囲が狭かったため渦輪を3次元的に可視化することができませんでした。現在、これをカバーする新たな手法を用いて渦輪の立体的可視化にチャレンジしているところです。

将来的にはこの方法をさらに発展させ、腕で水をかくときに周りで起こる流れを可視化し、効率よく泳ぐための方法を見つけたいと考えています。ヒトが水中を推進するメカニズムを解明していけば、オリンピックでのメダル獲得に貢献するだけでなく、泳げない人が泳げるようになる仕組みを提案することにもつながるでしょう。

参考文献
Hirofumi Shimojo et al., A quasi three-dimensional visualization of unsteady wake flow in human undulatory swimming, Journal of Biomechanics, 93, 60-69 (2019)

この記事を書いた人

下門洋文
下門洋文
新潟医療福祉大学健康スポーツ学科講師/新潟医療福祉大学運動機能医科学研究所研究員
筑波大学大学院博士後期課程人間総合科学研究科満期退学。博士(体育科学)。専門はスポーツバイオメカニクスと運動疫学。