光照射によって「巨大な」磁気の波を発生
「磁石」という言葉を聞いてみなさんが想像するものとして、理科の実験で使った棒磁石や冷蔵庫にメモを貼りつける丸いマグネットなどが挙げられると思います。しかし、現代の情報社会を支える機器にはそれ以外にもさまざまな形で磁石が利用されています。たとえば、パソコンのハードディスク内部には1億分の1メートルほどのサイズの無数の小さな磁石が並んでおり、各々の磁石の向きで情報が高密度に記録されています。原子中の電子が磁力を生み出す運動量を「スピン」と呼びますが、そのスピンの自由度(微小磁石の向き)を活用する電子工学「スピントロニクス(スピン+エレクトロニクス)」が近年、精力的に研究されています。
今回ご紹介する研究では、瞬間的に光るレーザー光を磁性薄膜に照射することで、スピンが非常に大きな振幅で波状に伝搬する「巨大なスピン波」が発生することを見出しました。この成果により、磁気の変調を利用した光-磁気情報変換素子や情報通信システムへの展開が期待されます。
光によるスピン制御
冒頭でご紹介したとおり、通常、スピンは特定の向きに配向し、それによって生み出される磁力が活用されています。加えて近年では、スピンの集団的な歳差運動が形成する「スピン波」を利用した情報制御・通信デバイスの開発に大きな期待が寄せられています。これまで電波が担ってきた役割をスピン波に置き換えることにより、情報処理における省電力化の可能性があるためです。
スピンの向きを制御するときには通常、外部磁場が用いられます(最近では電流を用いたスピン制御も研究されています)。同様に、スピン波はマイクロ波帯域の高周波磁場や電場を与えることで発生させることができます。これに対し、本研究では、「光」でスピンを制御する手法を適用しました。光によるスピン反転やスピン波の発生は近年、特に注目を浴びており、理論上、非熱的なプロセスであることから省エネにつながることも期待されています。さらに、制御に用いる光として、約0.1ピコ秒(「ピコ秒」は1兆分の1秒)の時間幅で瞬くレーザーパルス光を利用することで、磁場や電流では達成し得ない超高速度でスピン制御が可能です。
「パルス光で」励起された現象を「パルス光で」みる
レーザーパルス光で励起されるスピン変調現象はとても高速なので、その動きを追跡するには、同様に短い時間幅で瞬くパルス光が必要になります。この研究では、兵庫県の播磨科学公園都市にある大型放射光施設SPring-8の放射光を用いました。SPring-8では約50~100ピコ秒の時間幅をもったパルス光を観察光として利用できます。放射光のエネルギー(波長)を、観測する試料の磁性元素の共鳴条件に合わせ、光の偏光状態の違いに由来した応答の差を検出することでその元素のスピンの向きがわかります。
検出装置として、SPring-8のビームラインに設置された光電子顕微鏡を用いました。放射光パルスによって試料から飛び出る電子の量は光の偏光状態とスピン向きに応じて違いが生じるため、放出電子を拡大結像することで、ストロボ撮影のように微小時間内のスピンの動きを画像として検出しています。
フェリ磁性Gd–Fe–Co薄膜で観測された巨大スピン波
この実験では、「フェリ磁性」という、少し変わったスピン配列を示すGd–Fe–Co合金でできた薄膜を試料として、光誘起によるスピン応答を調べました。Gd–Fe–Co合金は、構成元素である希土類元素(Gd)と遷移金属元素(Fe、Co)のスピンが互いに反平行に向いており、各元素のスピンの大きさの差によって正味の磁力を持ちます。また、Gd–Fe–Co合金はその組成に応じて、Gd元素とFe、Co元素の磁気的な運動量が釣り合う固有の温度(角運動量補償温度)を持っています。したがって、レーザーパルス光を照射したときにGd–Fe–Co薄膜の温度が角運動量補償温度をまたいで変化するかしないかにより、スムーズかつ高速なスピンの反転が行われるか、歳差運動(スピン波)が発生して緩やかなスピンの反転が起こるかどうかが決まるといわれています。
研究当初は、上記の理論に沿って、Gd–Fe–Co薄膜の光誘起スピン反転の速さが組成によってどのように違うのかを可視化する目的で実験を進めました。しかし、実際に観測してみると、予想もしなかった結果が得られました。高速・スムーズなスピン反転が期待される組成(Gd 26%)では、予想どおり明瞭なスピン反転が観測されたのですが、歳差運動(非伝搬スピン波)により単純にスピン反転時間が間延びすると予想していた組成(Gd 22%)では、驚くことに同心円状に波打つスピン変調がはっきりと観察されたのです。
レーザーパルス光の照射により伝搬スピン波が発生することは、これまでも、フェリ磁性の酸化物やフェロ磁性金属などで報告されていましたが、それらは歳差運動角で0.1~1°程度と微弱な振幅のスピン波でした。一方、今回のGd–Fe–Co薄膜で観測されたのは約20°の歳差運動角を持つ「巨大な」スピン波でした。
この振る舞いの起源を理解するため、さらに詳しい比較実験や理論的考察を行った結果、歳差運動(非伝搬スピン波)は角運動量補償特性に基づいた共鳴的な励起であることが確認できました。ただし、「空間伝搬(位相のずれ)」の引き金となっているのは内的・共鳴的な起源によるものでなく、レーザーによって付加された熱の空間的不均一によって外的・非共鳴的に引き起こされた強制的な位相変化であることがわかりました。しかしながら、この現象でも伝搬波の形状を持っていることに変わりはないため、スピン波の伝搬機構に関して新たな視点を与えたとも言えます。
本研究の意義と今後の展望
このGd–Fe–Co薄膜、実はこれまでは、「超高速のスピン反転」が可能な媒体として注目されていました。つまり、歳差運動によって高速反転が阻害されるような条件はむしろ好ましくないと考えられていたのです。しかし本研究ではその条件において、これまでの10倍以上の振幅をもつ「巨大な伝搬スピン波」というまったく新しい現象を見出しました。
これまで知られていた現象が巨大現象として観測されることは、時として科学や産業に大きな影響を与えることもあります。例として、ハードディスクの飛躍的な高密度化に貢献した「巨大磁気抵抗効果」という現象が挙げられます。この磁気抵抗効果は、1988年にドイツのP. Grünberg博士らのグループによって微小な効果として発見されましたが、そのほぼ同時期に、フランスのA. Fert博士らのグループにより、その数10倍に及ぶ巨大な抵抗効果が報告されたことで物理業界に大きなインパクトが走り、瞬く間に産業応用へと発展しました。両博士は2007年にノーベル物理学賞を受賞しています。
今回の現象の発見も、スピン波を利用した電子工学の発展や技術応用に繋がることを大いに期待しています。
参考文献
T. Ohkochi, H. Fujiwara, M. Kotsugi, H. Takahashi, R. Adam, A. Sekiyama, T. Nakamura, A. Tsukamoto, C. M. Schneider, H. Kuroda, E. F. Arguelles, M. Sakaue, H. Kasai, M. Tsunoda, S. Suga, and Toyohiko Kinoshita
“Optical control of magnetization dynamics in Gd–Fe–Co films with different compositions”
Applied Physics Express 10, 103002 (2017).
DOI:10.7567/APEX.10.103002
この記事を書いた人
- 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 研究員。国立研究開発法人 理化学研究所の所有する大型放射光施設SPring-8にてビームライン・装置の管理や利用支援を行いながら、磁性材料を中心とした顕微分光研究や装置開発を進めている。主な担当装置は軟X線光電子顕微鏡など。
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