「ホウ素」と「炭素-炭素三重結合」

私たちは東京大学大学院薬学系研究科・基礎有機化学教室で元素の特性を活かした新反応開発・ものづくりに挑んでいます。元素もいろいろありますし、非常に多岐にわたる研究テーマに、研究室員みんなが思い思いに和気藹々と取り組んでいます。なかでも注目している元素のひとつがホウ素です。

炭素−ホウ素結合は有機合成化学を行ううえでさまざまな結合に変換できる非常に有用なツールになるのみならず、近年ではホウ素を含む化合物そのものが医薬品に用いられたりするなどの背景から、有機分子に位置・立体を精密に制御しつつホウ素を導入する新たな反応の需要は高まる一方です。一方、炭素−炭素三重結合(以下、C−C 三重結合)は触媒や酸などの外部刺激を与えることで多彩な化学反応を行うことができます。そのため、有機分子にホウ素と C−C 三重結合を一挙に導入することができれば、医薬品や機能性材料などの非常に複雑な化学構造を自在に作る基礎となる化合物を簡単に手にいれることができます。

私たちは、実験化学と並ぶ大きな研究の柱として理論計算・計算化学を駆使し、「発見した反応・合成した化合物を解析し、その本質を理解すること」、「分子の性質をあらかじめ予測することで、合成すべき機能性分子を効率的にデザインすること」、さらには「これまでにない反応を見つけ出すこと」に挑戦しています。本稿では3つめの観点から開発した反応を紹介します。

ホウ素試薬とアルコキシアルキンの擬分子内型反応

私たちは遷移金属触媒を用いることなく効率的に有機分子をホウ素化する方法の開発に取り組んでおり、これまでに C−C 三重結合を有するアルコールをブチルリチウムでアルコキシドに変換し、これにジボロンを反応させることでC−C 二重結合に2つのホウ素を導入する反応を開発しております(当時修士課程の学生だった永島さんによる研究成果)。単純なアルキンとジボロンをアルコキシドの存在下で反応させようとしてもまったく反応が進行しないのに対し、反応基質であるアルキンと活性化剤であるアルコキシドを同一分子内に配置することによって擬似的な分子内反応に持ち込むことで、これまでにない反応性を実現しました。さらにこの反応に特徴的なのは、2つのホウ素が二重結合のトランス位に導入されている点です。それまでに報告されていたアルキンのジボリル化反応はシス選択的なものばかりであったため、まったく新しい反応性・立体選択性を同時に実現した良い例でした。さて、こうなってくると「ホウ素−ホウ素」の組み合わせだけではなく、「ホウ素−他元素」の組み合わせにも本コンセプトがつかえるのではないか? と欲が出てきます。とはいえ、凄まじい数のホウ素化合物があるのでどれから試して良いやら……と途方に暮れていました。

そんなときこそ計算化学

こんなときこそ計算化学だ! と思い、寝ているあいだにスパコンにがんばってもらいました。いろいろな有機ホウ素化合物とプロパルギルアルコキシドの反応を網羅的に解析したところ、フェニル基やビニル基、少々意外ながらもアリル基を有するボロン酸エステルは、初めの炭素−ホウ素結合生成反応の進行に大きな活性化エネルギーを要することがわかってきて、現実的に反応しないだろうな……と思われました。手詰まり感が出てきて炭素−ホウ素の組み合わせは厳しいのか……と諦めかけたとき、某試薬メーカーのサイトを眺めていたら、アルキニルボロン酸エステルなるものが売られていることに気がつきました。急いで活性化エネルギーを計算してみたら、まだまだその値は高いものの、他のものに比べて著しく低くなることがわかりました。

アルキニルホウ素化反応の開発

早速試薬を購入して、当時新加入だった4年生の野上さん(現在大学院修士課程)に反応を仕込んでもらいました。加熱下でしばらく撹拌したのち、「TLCは原料とまったく変わらないです」との報告にガッカリしかけたものの、続く「NMRチャートには謎の新ピークがありますけど」に気を取り直して根気よく単離・精製を行ってもらい、X結晶構造解析にて構造を決定したときには思わずハイタッチでした。

本反応で得られる化合物はオキサボロロール骨格を有しますが、複雑に置換されたオキサボロロール化合物の物性はあまり知られておらず、有機溶媒にまったく解けないものが出現したり、通常のシリカゲルカラムクロマトグラフィー精製ではまったく綺麗にならないものが多く、ピュアな化合物を得るのにとにかく苦労しました。筆者が大学院生のときに「有機化学で一番難しいのは精製」と先輩に教えられたことを常々思い知らされながらのおよそ1年半を経て論文投稿、各生成物の精製法を一から根気良く検討してくれた野上さんの地道な努力が実を結んで Journal of the American Chemical Society (アメリカ化学会)誌に無事掲載されるに至りました。

本反応の開発過程で、アルキニルオキサボロロール化合物が強い青色蛍光を示し、置換基の種類によってその蛍光波長を調整できることがわかりました。今後はこれを利用した分子プローブや色素の開発など応用面に着目した研究展開を行っていく予定です。現時点では、ホウ素試薬の活性化基がアルコキシド基に限られるなど、まだまだ制限が多い本反応形式ですが、このコンセプトを用いて「あっ!」と驚いていただけるような面白い分子・美しい分子・素晴らしい機能を追い求めていきたいと思います。続報にご期待ください!

参考文献
M. Nogami, K. Hirano, M. Kanai, C. Wang, T. Saito, K. Miyamoto, A. Muranaka, M. Uchiyama: J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 12358.
Y. Nagashima, K. Hirano, R. Takita, M. Uchiyama: J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 8532.

この記事を書いた人

平野圭一, 内山真伸
平野圭一, 内山真伸
平野圭一(写真左)
東京大学大学院薬学系研究科助教。人生も研究も楽しく、がモットーです。大学4年生から主に反応開発に取り組んでおり、各地を放浪した後、現所属で4研究室目です。将来の目標は、故 松下幸之助氏のように「平野研は人をつくっています。あわせて化学研究も行っています。」と胸を張って言える研究室を作ることです。趣味はお酒、サッカー、そして息子。

内山真伸(写真右)
東京大学大学院薬学系研究科教授、理化学研究所主任研究員(兼務)。人生の「めぐりあい」は本当に不思議で楽しいものです。平野助教との出会いから今に至る経緯にも「めぐりあい」を感じます。研究(室)は、「人」を育て、「人」を繋ぎ、「人」をつくり、健全な「好奇心」をはぐくむ場であって欲しいと思う。趣味は、学生たちとのスポーツとその後の呑み会。