手足の筋肉のつくり方はどうやって進化したのか? – サメのヒレから四肢筋の発生様式を再検証
私たちの手足は原始的な魚の胸鰭と腹鰭から進化した
私たちの手足は、それぞれ原始的な魚の胸鰭と腹鰭(対鰭;ついき)から進化したものです。サメやエイを含む軟骨魚類というグループは、私たちヒトを含む顎口類(がっこうるい)の原始的な状態を知るのに適したモデルです。
四肢筋は皮筋節から分離した筋芽細胞(遊離筋)からつくられる
私たちの手足の筋肉(四肢筋)は、遊離筋(ゆうりきん)と呼ばれる移動能力を持つ筋芽細胞(きんがさいぼう;将来筋肉へと分化する細胞)からつくられます。遊離筋は、皮筋節(ひきんせつ)とよばれる骨格筋のもととなる構造から分離し、四肢の原基(将来ある器官になるが、まだ形態的・機能的には未分化な部分)の中へ移動することで、四肢に筋肉をつくります。また、遊離筋はLbx1遺伝子を発現しているという特徴があります。
一方、軟骨魚類の対鰭の筋肉(対鰭筋)は、これまでの研究では、皮筋節が鰭の中にまで伸長することによってつくられるとされており、筋芽細胞におけるLbx遺伝子の発現も認められていませんでした。これらのことから、対鰭と四肢の筋肉の原始的な発生様式は、遊離筋ではなく、皮筋節の伸長によるものと考えられてきました。
軟骨魚類の対鰭筋も皮筋節から分離した筋芽細胞からつくられる
私たちは、軟骨魚類トラザメ属(Scyliorhinus)の胚を題材に、対鰭筋の発生様式を再検証しました。その結果、トラザメ胚の対鰭の原基では、Lbx1遺伝子を発現する細胞群が観察されました。この特徴は、もうひとつの軟骨魚類の原生種のグループである全頭類(ぜんとうるい)のゾウギンザメ胚でも確認されたことから、軟骨魚類で共通した特徴と考えられました。
また、トラザメ胚の対鰭の原基で、皮筋節由来の細胞や筋芽細胞であることを示す遺伝子の発現も観察されたことから、軟骨魚類の対鰭筋は、四肢動物と同じく、Lbx1遺伝子を発現する皮筋節由来の筋芽細胞によって作られることが示されました。
さらに、対鰭筋の発生過程を詳しく調べると、対鰭筋をつくる筋芽細胞が、皮筋節の腹側の端から分離すること、またこれらの筋芽細胞が、皮筋節から分離後、対鰭の原基の中で集まる様子が観察されました。
これらの結果から、軟骨魚類の対鰭筋の発生様式が、従来の定説と異なり、遊離筋の特徴をもつ筋芽細胞からつくられることが明らかとなりました。このことは、顎口類の原始的な状態を反映するとされる軟骨魚類において、その対鰭筋の発生様式が、私たちの四肢筋と類似することを示しています。今回の研究成果は、遊離筋から対鰭や四肢の筋肉がつくられるという発生様式が、顎口類で共通のメカニズムであり、これまで考えられていたよりも古い起源をもつ可能性を示しました。
今後の展望
今回の研究により、遊離筋による四肢の筋肉の発生様式が従来考えられていたよりも、古い起源をもつ可能性が明らかになりました。遊離筋は脊椎動物の進化の過程で、四肢筋だけでなく、舌筋や横隔膜など、新しい筋肉をもたらした特殊な細胞群です。
軟骨魚類を題材としたこの研究成果は、これらの遊離筋由来の筋肉の進化を理解するうえでも重要な発見となりました。近年、軟骨魚類のような、技術的な制限が多い生物を使った研究は、ゲノム解析技術の発展により可能になってきています。今後も、サメのように系統的に重要な動物を題材に進化の謎に迫っていきたいと思います。
参考文献
Eri Okamoto, Rie Kusakabe, Shigehiro Kuraku, Susumu Hyodo, Alexandre Robert-Moreno, Koh Onimaru, James Sharpe, Shigeru Kuratani and Mikiko Tanaka, “Migratory appendicular muscles precursor cells in the common ancestor to all vertebrates”, Nature Ecology & Evolution (2017) doi:10.1038/s41559-017-0330-4
この記事を書いた人
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田中幹子(写真左)
東京工業大学生命理工学院・准教授
1998年に東北大学大学院理学研究科生物学専攻で博士(理学)を取得後、日本学術振興会海外特別研究員等(1998-2003年、C Tickle 研究室、ロンドン大学、ダンディー大学)と上原ポストドクトラルフェロー(2003-2004年、JH Postlethwait 研究室、オレゴン大学)を経て、2004年より、東京工業大学大学院生命理工学研究科助教授、2007年より、同准教授、2016年より、現職。専門は、脊椎動物の進化発生学。
岡本恵里(写真右)
東京工業大学生命理工学院・博士課程3年