アメリカ国立電波天文台のグリーンバンク100m電波望遠鏡を用い、宇宙空間にある分子雲で直線炭素鎖分子C7Hの検出に初めて成功しました。直線炭素鎖分子とは、黒鉛、ダイアモンドに次ぐ、炭素の第三の形態であり、宇宙空間で検出されている分子種の4割程度がこのグループに属します。このなかでも、長い直線炭素鎖分子の発見は、宇宙の化学組成と化学進化の解明の鍵となります。

分子雲にある直線炭素鎖分子C7H(想像図)

宇宙空間では炭素が特別な物質になっている

炭素は、地球上にみられる黒鉛やダイアモンドという形態だけでなく、直線炭素鎖分子と呼ばれる第三の形態を持っています。地球上の通常の炭素鎖分子は、一般に各炭素原子が水素原子を伴いますが(たとえばブタン CH3–CH2–CH2–CH3)、直線炭素鎖分子は、二重結合や三重結合を含み炭素だけが直線上につながる構造(たとえばジアセチレン HC≡C–C≡CH)をとります。この形態は、他の分子との衝突で容易に壊れてしまう不安定な形態であるため、地球上では天然に存在しません。炭素4個程度までの比較的短いものは人口的に合成できますが、反応性が高く保存は困難です。そのため、高真空かつ極低温(10~数十K)の宇宙空間にしか見られません。

しかし、この分子は宇宙では特殊ではありません。現在宇宙空間で180種以上(年間1~5個のペースで増加中)の星間分子が観測されていますが、それら分子種の4割程度がこのグループに属します。シアノポリイン(H–(C≡C)n–CN)やクムレン(C2nH、C2n+1H)などの種類があります。

分子雲に望遠鏡を向けることになる

宇宙空間で分子は、回転することによって複数本の決まった周波数の電波信号(回転遷移)を放出します。その電波信号は、大きな分子ほど本数が多く、小さな分子ほど本数が少ない傾向にあります。そのために、信号一本当たりでみると、大きな分子ほど弱く、小さな分子ほど強くなります。しかし、大きな分子でも、直線構造の分子だけは、信号の本数が少ないため、信号一本当たりが強くなります。したがって、大きな分子となると、直線構造の分子以外は観測しにくくなります。よって、直線炭素鎖分子は、見えにくい大きな分子の存在を代表します。ゆえにその検出は、宇宙での化学進化と呼ばれる化学反応の連鎖を解明するプローブであり、宇宙の化学組成を示す指標でもあります。

その直線炭素鎖分子のひとつであるCCCCCCCH(C7H)は、その存在が予想されていながら、多くの研究者のこれまでの探査で、どの分子雲(塵と気体分子からなる宇宙空間にある雲)にも発見されていませんでした。老化した星の周辺にできる星周雲の中にはすでに発見されていますが、そこは分子雲とは区別される別の領域です。そこにある分子はやがて壊れてしまう運命にあり、進化していく分子を見るには分子雲で検出する必要があります。

そこで我々は、高感度を誇るアメリカ国立電波天文台のグリーンバンク100m電波望遠鏡を用いてその検出に挑戦しました。探査に選んだ天体は、おうし座にある低質量星形成領域L1527です。星形成領域は分子雲のひとつです。L1527は星形成領域ではあるものの、星が形成されたばかりの初期の状態にあります。これまで炭素鎖分子はまだ星が形成されていない暗黒星雲と呼ばれる分子雲で主に観測されてきました。この星形成領域にも短い直線炭素鎖分子(炭素5個以下)はいくつか観測されてきましたが、長い直線炭素鎖分子(炭素6個以上)は観測されないかあるいは暗黒星雲に比べて極めて微量でした。今回この天体で、長い直線炭素鎖分子の検出に挑みました。

アメリカ国立電波天文台にあるグリーンバンク100m電波望遠鏡
単一鏡でアンテナ可動式の電波望遠鏡としては世界最大

やっと見えてきた微弱な信号

2015年に3月から10月まで2シーズンにわたり、延べ43時間の観測を行いました。初め3月に現地に赴き観測を行い、その後東京理科大学からリモート観測で現地の望遠鏡を操作しました。

分子は回転によって複数の決まった周波数の電波信号を放出しますが、その周波数は分子に固有であるため、その周波数の電波信号を受信できれば、その分子が観測した天体に存在することがわかります。回転により放出される複数の電波信号のうちで、今回我々は、42.8と44.6GHz 帯において現れる4本の電波信号の観測を行いました。その結果4本の電波信号のピークを得ることができましたが、各ピークは微弱でした。そこで、4本のスペクトルの重ね合わせ処理(平均をとる)を行ったところ、はっきりとしたC7Hのピークが浮かび上がり、C7Hの検出を確認できました。これは、分子雲におけるこの分子の初の検出です。この分子は、直線炭素鎖分子のなかでもクムレン類に属しますが、奇数個の炭素を持つクムレン類(C2n+1H)の中で、これまでで最も長い分子です。

検出されたC7Hの電波信号(図の中央部のピーク)

今回観測した低質量星形成領域L1527はこれまで長いものが比較的少ない領域であると考えられていました。しかし、今回の観測で、長い直線炭素鎖分子も豊富であることがわかってきました。

多様な分子があふれる宇宙の姿がこの先にある

今回我々のC7Hの初検出は、他の暗黒星雲や星形成領域でも今後C7Hが観測できる可能性を示しています。また、より長い直線炭素鎖分子C8HがL1527に観測に十分な量存在することも示しています。ただ、このC7Hを含め、現在発見されている星間分子は、その一端にすぎません。

電波観測においては、新しい分子はかなり時間をかけてじっくり積算をしないと出てこない状況にあります。強い電波信号を放っていながら、その正体のわからない分子は、もはやかなり限定的です。その点では、随分開拓が進みました。しかし、そもそも電波で見える星間分子というものが星間分子全体のごく一部なのです。

大きな分子が見えにくいことは上で述べたとおりですが、それだけではなく、宇宙空間は場所によっては分子が宇宙背景放射の3Kと同程度まで冷えてしまいます。今回C7Hを見つけた領域は10~20K前後の温度を持っているので分子は電波を放出できますが、3Kまで冷えてしまうともはや電波を放出できません。そのような分子は背後にある恒星の光を光源にして、今度は可視光領域で吸収線を作ります。Diffuse Interstellar Bands(DIBs、和名:ぼやけた星間線)と呼ばれています。これらは、数百本発見されていますが、5本がフラーレンイオンC60+に同定されたことを除けば、まだ何も解明されていません。

Diffuse Interstellar Bands(DIBs、和名:ぼやけた星間線)

我々人類は直線炭素鎖分子が可視光領域でどのような吸収線を作るかについて、かなり知識を持っていますが、それがDIBsの解明にはまったく通用しません。現在発見されている星間分子とは種類が異なり、しかもサイズの大きな分子が、数多く存在することは間違いないでしょう。今回は長い直線炭素鎖分子が見つかりましたが、これはまだまだ入り口に過ぎません。これからさらに新しい星間分子の発見で、我々の持つ宇宙観はもっと変わっていくはずです。

参考文献
Araki et al., “Long carbon chains in the warm carbon-chain-chemistry source L1527: First detection of C7H in molecular clouds,” The Astrophysical Journal, 847, 51, 2017. http://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4357/aa8637

荒木光典、「現在こそゴールドラッシュの星間分子発見」、天文月報5月号・天球儀、108, 283 (2015) http://www.asj.or.jp/geppou/contents/2015_05.html

荒木光典、「実験室でぼやけた星間線の起源を探る」、天文月報1月号、99, 18 (2006) http://www.asj.or.jp/geppou/contents/2006_01.html

この記事を書いた人

荒木光典
荒木光典
東京理科大学 研究推進機構 総合研究院、プロジェクト研究員PI
1971年生まれ、静岡県森町出身、1999年に総合研究大学院大学数物科学研究科構造分子科学専攻を卒業する。博士(理学)。国立天文台、福井大学を経て、2002年からスイス・バーゼル大学化学科に3年半の研究員留学をする。ここで、直線炭素鎖分子の研究を始める。帰国後は、東京大学、上智大学をへて、2009年から東京理科大学で同分子の研究を開始する。現在、日本大学や上智大学等の研究者と協力し国内外の電波望遠鏡を用い新しい星間分子を探査し、一方では実験室で星間分子を人工的に作る分光研究を展開する。