鱗食魚の利きはいつ、どのように獲得されるのか? – 生得的要素と学習効果がカギ
あなたは右利きですか? それとも左利きですか? 文字を書いたり、ボールを投げたり、ハサミを使ったり。主に使う手は決まっていることでしょう。これだけ身近な現象にも関わらず、ヒトの利き手には多くの謎が残されています。たとえば、なぜ右利きが多数派なのでしょうか? いつ、どのようにして利きが獲得されるのでしょうか? 右利きと左利きの脳はどこがどのように違うのでしょうか? などなど。課題は山積みです。
ヒトの利き手と動物の利きの研究
ヒトの利き手の研究は歴史が古くて数多くありますが、実は研究上の困難が多数あります。まず、ヒトの寿命は長くて継続的な追跡調査には大変な時間がかかりますし、定量的な調査には同じ基準で大勢を対象としたテストをする必要があるため、常に大がかりな調査になってしまいます。また、左利きは右利きへの矯正という社会的圧力が多くの文化圏や民族で存在し、生物学的な意味での右利きと左利きを判断しづらい状況にあります。もちろん、ハードな人体実験は許されませんから、利き手の決定に関する原因究明には限界があります。
一方で、多くの動物にも利きが見られます。好みや生得的行動、生理機能について左右差を示す動物は、魚類から哺乳類まで、幅広い分類群から報告されています。なかでも、私はアフリカ・タンガニイカ湖に生息する鱗食魚(ペリソーダス ミクロレピス)に着目して、利きの仕組みについて研究を行っています。
この魚は、他の魚のウロコをはぎ取って栄養源としていますが、口が右にねじれて開く個体と左にねじれて開く個体が同種の中に存在します。右顎が大きくて左に口が開く「右利き個体」は獲物の右体側の鱗を、左顎が大きくて右に口が開く「左利き個体」は獲物の左体側を好んで狙うという、形態と行動の1:1の対応関係が知られています。ただし、
鱗食魚を対象として利きの獲得過程を探る
今回の研究では、「右利き」「左利き」が発達段階でどのように獲得されるかを実験的に検証しました。鱗食魚は、性成熟までに約1年で、短期間に利きの発達機構を観察することができます。世界淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」の協力のもと、この魚の繁殖に実験室ベースで世界で初めて成功し、個体の成長や経験と利きの発達の関係を詳しく解析することができるようになりました。
ふ化してから固形飼料のみで個別飼育した鱗食魚を用いることで、摂食経験をコントロールでき、利きを厳密に追跡できます。そして、以下の実験を行いました。
(1)鱗食未経験の幼魚(体長4cm、ふ化後4か月)と餌魚としてキンギョを1匹ずつ実験用水槽に入れて、生まれて初めての鱗食行動を高速度ビデオカメラで観察しました。鱗食初日は、獲物に対して両方向から襲い、多くの個体に偏りは認められませんでした。さらに捕食実験を重ねると(数日おきに計5回実験)、襲撃方向は徐々に口部形態と対応した一方向に偏りました。
(2)鱗食経験がある幼魚の利きの強さは、鱗食未経験の成魚(体長7cm、ふ化後9か月)や同じ日齢(兄弟)で未経験の幼魚に比べて高いことがわかりました。
つまり、幼魚でも成魚でも鱗食初日の左右性は弱く、身体の発育は同じでも鱗食経験がある方が左右性は強いということです。したがって、襲撃方向の偏りの強化は、鱗食経験に依存する学習に起因することが明らかになりました。また、捕食実験を繰り返すと、襲撃成功率が向上し、その成功率は口部形態の利きと対応する方向からの襲撃の方が非利き側からよりも高いことが見出されました。したがって、襲撃方向と捕食結果を関連づけて学習し、次の捕食行動を修正すると考えられます。
(3)しかし、驚いたことに、襲撃時に見られる胴の屈曲運動(屈曲変化量、最大角速度)は生まれて初めて行う捕食実験から、口部形態と対応した方向で高い能力が発揮され、実験を繰り返しても、その左右差は維持されていました(たとえば、左利きは左から襲撃したときのほうが素早く大きく屈曲して獲物に噛みつく)。利き側の屈曲運動を優位とする制御システムは脳神経系に埋め込まれており、それは生まれつき形成されていると示唆されます。
これら3つの実験結果から、鱗食魚には生得的に捕食に有利な方向があり、鱗食経験からの学習を通じてランダムであった襲撃方向が有利方向へと統一され、効率的に鱗食できるようになると考えられます。これまで、どんな動物の利きの獲得機構についても明らかにされていませんでしたが、鱗食魚の利きに対する生得性と学習効果を見事に示したと言えます。
おわりに
今後は利きの制御メカニズムを神経回路から分子機構まで明らかにしたいと考えています。鱗食行動の「利き」は胴の屈曲に現れ、これほど単純明確な左右性運動は他にないことが特色です。魚類の素早い屈曲運動は後脳に左右一対で存在するマウスナー細胞が駆動することが知られており、この左右性を発現する回路は、マウスナー細胞の入出力系に存在すると示唆されています。
右利き・左利きの脳にどのようなレベルの違いがあるのでしょうか? 脊椎動物の脳の基本セットは共通していること、ヒトの遺伝子の73%が魚類にもあることから、鱗食魚で得られた知見は、動物間で共有される利きのメカニズムの理解に繋がり、しいてはヒトの利き手のメカニズムを明らかにするうえでも役に立つと期待しています。
参考論文
Yuichi Takeuchi, Yoichi Oda. Lateralized scale-eating behaviour of cichlid is acquired by learning to use the naturally stronger side. Scientific Reports. 7: 8984. 2017.
この記事を書いた人
- 富山大学大学院医学薬学研究部(医学)助教。博士(理学)。専門は神経行動学、行動生態学。横浜市立大学理学部を卒業後、京都大学大学院理学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(SPD)を経て、2013年より現職。自然淘汰に関係する脳内制御機構に興味をもち、現在は動物の右利き・左利きについてニューロンから行動・生態まで、多角的な研究を行っています。