SFの世界の変形自在な物質

突然ですが、この記事をご覧の皆さんは、映画ターミネーター2または最近ではターミネーター: 新起動/ジェニシスを観たことがありますか? 私は幼いころ、旅行中にこの映画を見ました。ロサンゼルスへの旅行だったそうですが、観光のことをほとんど覚えていないのに、そのときに観たこの映画のことを鮮明に覚えています。ターミネーター2にはT-1000という悪役アンドロイドが登場します。T-1000は、攻撃されて傷ついても液状化して修復し、人が通れないような狭い隙間でも自在に変形して通り抜けることができます。また、ときには自らの一部を剣や槍のような鋭い刃物に変形させて襲い掛かってくるのです。

映画の解説コラムではないので、そんなT-1000をどうやって倒すのか続きを知りたい方には映画を観ていただくとしましょう。現代の科学技術では、T-1000のように変形自在なアンドロイドをつくることはできません。また、そのようなことを可能とする物質も開発されていません。T-1000を構成するような変形自在な物質が開発されれば、(使い方さえ間違えなければ)きっと人類社会の発展に大きく寄与してくれることでしょう。では、どのような戦略で研究を進めれば、SF映画のなかの産物を現実化できるのでしょうか?

物質の流動状態の制御とその方法論

T-1000の機能の一端を物質科学の言葉で表現すると、「意図した部分のみを自在に流動化・非流動化させることができ、かつ粘弾性をも制御可能な物質」ということになるでしょう。物質の流動化・非流動化は、水と氷のあいだの相転移のように私たちの身のまわりに日常的に見られる現象で、そのほとんどが熱刺激によって引き起こされます。しかしながら、「意図した部分のみ」を流動化・非流動化させることは困難です。熱刺激はすぐに周囲に伝わってしまうからです。

一方、最近になって光刺激によって流動化・非流動化する低分子物質群が見出され、広く研究され始めています。光刺激には「意図した部分のみ」に作用させられる利点があります。これらの物質は、光刺激によってシス体とトランス体とのあいだで立体配座が変化(光異性化)することで知られるアゾベンゼンを含みます。アゾベンゼンが平面的なトランス体であるときには分子が配列しやすく結晶状態となります。しかし、光異性化してシス体になると折れ曲がったような構造となるため、配列できずに融解します。

これらの物質には確かに流動・非流動状態の制御が可能です。しかし、結晶性の固体、液体、またはそれらの混合物となるため粘弾性を思いどおりに制御することが困難でした。粘弾性とは、固体のような弾性体、および液体のような粘性体としての振る舞いをあわせた性質のことです。ほどよい粘弾性を持つ身のまわりの物質としては、たとえばお菓子のグミがわかりやすいでしょう。

光刺激で粘弾性を操る

わたしたちの身のまわりの多くの物質は粘弾性体として振る舞い、そのひとつにゲルがあります。ゲル材料の流動化・非流動化は、ゾルゲル転移に代表されるように古くから研究されてきました。しかし、ゲルを構成する溶媒成分は、蒸発して性質を変化させてしまうという決定的な問題がありました。いつの間にか溶媒が蒸発してT-1000がミミズのように干からびてしまったら、シュワちゃんの出番もなくなってしまいます。

そこでわたしたちは、ゲルと同様の粘弾性体である高分子のみを使って、溶媒成分を用いることなく物質の流動化・非流動化を達成できないか考えました。高分子には側鎖にさまざまな機能性官能基を導入することで材料に望みどおりの性質を賦与できる利点もあります。こうした研究展開に関連して、ごく最近、アゾベンゼンを側鎖に持つ高分子に光刺激を与えると、ガラス転移温度が室温を境に上下で変化することが報告されました。

ガラス転移温度とは、高分子物質がゴム状態とガラス状態とのあいだで変化する温度のことです。たとえばチューインガムに使用されているポリ酢酸ビニルのガラス転移温度は30℃程度であるため、室温(25℃程度)では硬いガラス状態ですが、口に含むと体温(37℃程度)によって温められ柔らかいゴム状態となります。したがって、この研究では側鎖の性質をうまく利用して溶媒成分を用いることなく粘弾性を制御した点で注目に値します。ところが、この高分子は流動・非流動状態を制御するための機能を側鎖によって実現しているため、側鎖の改変を通じてそれ以外の機能を施す余地がほとんどありません。その一方で、これまで述べてきた問題をすべて解決して物質の流動状態を操る有効な方法論もありませんでした。

繰り返し切断・再生可能な網目状高分子

わたしたちは、ナマコの生体機能に着目しました。ナマコのなかには海水から取り出されて力学的刺激を受けると流動し、また海水に入れると非流動状態となり最終的には元の形にまで戻るものがいます。最近、ナマコの流動・非流動メカニズムは、コラーゲン繊維の架橋・解架橋によるものと説明されました。ナマコはもちろん水を含んだゲル状態ですが、溶媒成分を含まずとも架橋・解架橋メカニズムによって流動化・非流動化する人工物質があってもよいのではないかと考えました。その鍵となったのが、ポリジメチルシロキサン(PDMS)と呼ばれるシリコーン系の高分子です。PDMSはシリコーンオイルやグリースとしても用いられますが、その架橋体はシリコーン樹脂としても知られています。

今回、光刺激に応答して切断・再形成可能な原子団を分子鎖中に導入した網目状PDMSを合成し、網目状と星型との間で高分子形状を自在に切り換えられるようにしました。すると、シリコーン樹脂と同様に網目状PDMSには流動性がなく、星型PDMSにはシリコーンオイルのような流動性があることがわかりました。さらに、合成した網目状PDMSに紫外光を照射すると、照射した部分のみが分子鎖の切断に伴って流動することを突き止めました。

これで完全決着かと思っていたのですが、論文を投稿した際には紫外光があたった部分のみ温度が上がって流動したのではないか、という指摘もありました。そこで、サンプルの温度を一定に保ち、近傍の温度変化をモニタリングしながら光照射時の粘弾性を測定することにしました。この測定が揺るがぬ証拠となり、わたしたちの合成した網目状PDMSの流動化・非流動化が確かに光刺激によって引き起こされていることを実証するに至りました。わたしたちの研究にご協力いただきました皆様と、研究の完成度をここまで高めてくれたReviewerには本当に感謝しています。この報告に続いて、最近では異なる2波長の光刺激を与えることで、高分子材料の粘弾性を上げたり下げたりすることにも成功しています。

今後の展開

今回合成した物質は、ちょうど柔らかいゼリーのような状態と液体状態との間で流動状態が変化します。用途に合わせた細かな分子設計上のチューニングは必須でしょうが、たとえば光をあてると剥がれる接着剤などでしたら今回の粘弾性の変化で十分かもしれません。しかし、わたしたちにとっての次なる目標は、より大きな粘弾性の変化を生み出すことです。と言っても鋭い刃物のような硬さを求めているわけではなく、具体的には人間の皮膚と同等の粘弾性までを自在に操れるようにしたいと考えています。人間の皮膚に近い質感を持つ人工皮膚への応用実績があることも、実はシリコーン樹脂に着目した理由のひとつです。より人間の皮膚に近い質感を持ちながら光刺激によって自在に変形する材料を開発することが、この研究のひとつのゴールだと考えています。

ターミネーター2では、T-1000は2029年から1990年代に送り込まれてきたという設定になっていたかと思います。当時からみれば30〜40年後の遥か未来の話でしたが、現在から考えると2029年まで12年しか残されていません。あと10年でどこまでいけるか、楽しみにしていてください。

参考文献

S. Honda, T. Toyota, “Photo-triggered solvent-free metamorphosis of polymeric materials”, Nat. Commun., 8, 502, 2017
S. Honda, N. Tanaka, T. Toyota, “Synthesis of Star-Shaped Poly(n-Butyl Acrylate) Oligomers with Coumarin End Groups and Their Networks for a UV-Tunable Viscoelastic Material”, J. Polym. Sci., Part A: Polym. Chem., 2017, in press. DOI: 10.1002/pola.28777

この記事を書いた人

本多智
本多智
工学博士、東京大学助教
1984年、神奈川県生まれ。東京工業大学工学部卒業(2008年3月)。東京工業大学博士後期課程修了(2013年3月)。東京理科大学嘱託助教(2013年4月–2015年6月)を経て2015年7月より現職。千葉大学フロンティア医工学センター特別研究員兼任(2016年10月–)。生体分子とその集合体を有機・高分子ソフトマテリアルによって模倣し、新物性・機能を持つ材料の創製に従事している。趣味はジャズ(聴くほう)と格闘技(やるほう)、生きがいは美味しい酒と料理を堪能すること。最近、Twitter(@Polyhonda)で少しずつつぶやき始めました。

HP:http://researchmap.jp/satoshi_honda/