前回のような理由で、私は地層中に保存される動物のウンチ化石に関する研究を行っています。これまでに日本だけでなく、ヨーロッパや南米諸国の地層も調査し、ウンチの化石を採取してきました。最終的には、カンブリア爆発以降の5億4000万年間で、海の生態系がどのように変遷してきたのか、ということをウンチ化石の研究というアプローチで解明していきたいと思っていますが、まだまだ志半ばです(半ばどころか、ほとんど入口付近です……)。そこでこの記事では、私がこれまで研究してきた動物のウンチ化石について、いくつかトピック的にご紹介することにいたします。

 

1.太古の脊椎動物のウンチ化石

脊椎動物とは、背骨を持つ生き物の総称です(背骨を持たないものを無脊椎動物と総称します)。私たちの研究グループは、宮城県内の地層(約2億4700万年前の海底に泥が堆積したもの)から脊椎動物のウンチ化石を発見し、それを入念に研究しました。これは、脊椎動物のウンチ化石では日本最古記録であり、研究成果は2014年10月17日の朝日新聞の紙面を飾ることができました。このこと自体は大変光栄なことですが、この研究の科学的な重要性は、「2億4700万年前」という時代背景にあります。

この時代は、ペルム紀末(約2億5200万年前)に起こった史上最大の生物大量絶滅の500万年後の世界で、大量絶滅のダメージによって、非常に単純な生態系しか存在していないと想定されていました。つまり、この大量絶滅から生態系が完全に回復するには500万年以上もかかると従来は考えられていたということです。しかし、宮城県の地層から発見されたサンプルを丹念に調べてみると、一部のウンチ化石の中には別の脊椎動物の骨が含まれていることがわかりました(ウンチ化石の主はおそらく魚竜という海棲爬虫類、ウンチ化石中の小骨はおそらく魚のものと思われます)。このことは、大量絶滅の500万年後には脊椎動物どうしの捕食‐被食(食う‐食われる)関係が成立していたことを示し、したがってこの時代には従来考えられていたよりも複雑な生態系がすでに回復していた、ということを意味します。

この研究成果の詳細や、実際のウンチ化石の写真などについては、下記URLをご参照ください。

■財経新聞オンライン
http://www.zaikei.co.jp/article/20141016/218174.html

■UTokyo Research
http://www.u-tokyo.ac.jp/ja/utokyo-research/research-news/the-oldest-fossilized-poop-from-japan/

 

2.太古の無脊椎動物のウンチ化石

さて、上記リンクをクリックしていただいた方は、「日本最古の脊椎動物のウンチ化石って、普段目にする自分のアレにそっくりだ……」と思われたことでしょう。このように、人間以外の動物であっても、脊椎動物ならばそのウンチも比較的イメージが持ちやすいと思います(もちろん、人間も脊椎動物の一種です)。

一方、背骨を持たない無脊椎動物となると、そもそもイメージをつかむのが難しくなるうえに、そのウンチとなると考えたこともないという方が多いのではないか、と思われます。しかし無脊椎動物もウンチをするのです(注:一部の無脊椎動物は口と肛門が分化していない種類もいます)。ここではその一例として、浅い海に生息するナマコのウンチをお見せします。

 

図1
図1 (左)沖縄県名城ビーチに生息するクロナマコと、そのウンチ (右)クロナマコの解剖図。消化管には砂がギッシリと詰まっている。さらに肛門付近では、飲み込んだ砂が弾丸状のペレットになっているのがわかる(黒矢印)。これが排泄されれば、左写真のようにつぶつぶウンチになる

 

ナマコも肛門から弾丸状のウンチを出すことがおわかりいただけるかと思います。このつぶつぶウンチ、ナマコが海底の砂を丸ごと飲み込み、その中に含まれる有機物成分を餌として吸収し、残りの砂を肛門から排泄した結果です。つまり、ウンチと言っても、ナマコの場合は実際には砂の塊です(安心してください、臭くないですよ!)。

ナマコのように、海底の砂泥底を這い回ったり潜ったりして棲息する無脊椎動物の場合、海底の砂泥ごと飲み込んで、その後必要な栄養分を吸収し、残った砂泥を肛門から出す、という生態をしているものが多いです。このような“砂泥ウンチ”は、図1のように海底表面に出された場合には海流や波の流れによってすぐにバラバラになってしまいます。しかし、たとえば巣穴の中など、海底下深部に出された場合には、その後の破壊を免れてそのまま地層中に化石として保存される可能性があります。

私は、そのような海洋無脊椎動物のウンチ化石についても研究しています。図2でお見せするのは、深海底に生息するユムシという無脊椎動物が出したと思われるウンチ化石です。ユムシもナマコと同様、砂泥ごと飲み込み、必要な栄養分を吸収し、残った砂泥をつぶつぶウンチとして出すことが知られています。図2の化石の事例では、海底下に掘った巣穴チューブの中につぶつぶウンチがギッシリとつまっていることがわかります。

図2
図2 (上)約300万年前の地層中に保存された、ユムシのものと思われるウンチ化石。枝分かれ状の巣穴チューブの中につぶつぶウンチが詰まっていることがわかる (下)巣穴チューブの拡大図。入念に観察すると、数mm程度のつぶつぶウンチが認識できる(黒矢印)

 

さて、気になるその食事メニューは……。ということで、ユムシつぶつぶウンチの中身を観察したところ、珪藻や円石藻などの様々なプランクトンの化石が見つかりました。さらに、つぶつぶウンチのほとんどが、プランクトン化石のみから構成されるような事例も見つかりました。

 

図3
図3 ユムシのつぶつぶウンチ化石に含まれるプランクトン化石。太古のユムシは、これらプランクトンを食べていたのであろう (左)円石藻 (中央)珪藻 (右)ウンチ化石の中の円石藻の密集部。鉱物粒子の断面以外は、ほぼすべて円石藻化石である

 

このことから、太古のユムシは、プランクトンが大増殖をして、海底に大量にプランクトンの死骸が供給された際に集中的・効率的にそれらを摂餌していたものと考えられます。

いかがでしたでしょうか? この記事を通して、ウンチ化石ワールドの魅力を少しでも実感していただけたのであれば、とても幸いです。しかし、ここではトピック的に一部の成果しかご紹介できませんでした。最終的に、ウンチ化石という視点から「カンブリア爆発以降の5億4000万年間で、海の生態系がどのように変遷してきたのか」という壮大なスケールのドラマを復元することができるように、今後も研究に励んでまいりたいと思っております! ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。

この記事を書いた人

泉賢太郎
2015年3月に東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻において博士(理学)を取得。専門は地質学。現在は日本学術振興会・特別研究員PDとして国立環境研究所に所属する傍ら、国士舘大学理工学部の非常勤講師として講義と実習を週1回行っている。趣味は、野球とマテ茶。野球は最近初めてド素人ですが楽しくやっています。マテ茶は、2013年の南米留学をきっかけにハマり、現在も愛飲しています。ちなみにマテ茶は「飲むサラダ」と言われるように、食物繊維・ビタミン・ミネラルといった栄養素が非常に豊富です。便通も良くなりますよ!