情報の統合処理とは?

私たちが生きる世界は、情報で溢れています。私たちは、食物を獲得し、外敵から逃れ、配偶者を得て繁栄するために、必要なときに必要な情報を利用する能力を進化させてきました。過酷な環境でも生き残り、子孫を残すためには、さまざまな情報を総合的に考慮して決定を下し、最適にふるまう必要があります。

動物は、複雑に絡み合う複数の情報を考慮(統合処理)し、決定を下す能力をもっています。このような情報統合は、脳などの中枢神経系を介しておこなわれる高度な情報処理機構として、動物に特有のものと考えられてきました。

一方で、発達した中枢神経系をもたない植物においても、近隣の競争相手や土壌養分の存在といった複数の情報を統合処理し、根の成長パターンを変化させることが近年明らかにされてきました。植物は、葉や根などの各組織や細胞で受容したシグナルを、組織間または細胞間で伝達しあうことで各情報を統合するシステムを備えていると考えられています。

胚をとりまく生物的環境

ヒトを含む哺乳類は、母親が子宮内で胚を保護し、ある程度成熟してから生み出されます。一方、卵生動物や植物では、胚は卵や種子の状態で外環境へ放出されるため、母親の保護や制御から離れ、捕食や競争などの多種多様なストレスに晒されます。孵化したばかりの子や発芽したばかりの芽生えは、成長段階のなかで最も脆弱な存在であるため、胚は、生き抜くために適切なタイミングを推し量って出てくる必要があると考えられます。このような状況下では、胚は未熟ながらも外環境の複雑な情報を収集し、それに基づいて孵化や発芽のタイミングを決定している可能性があります。

この予測を確かめるため、私たちは身近な雑草であるオオバコを使って検証することにしました。オオバコは、野外で複数の個体が集団を形成して生育しています。ひとつのオオバコの集団のなかには、遺伝的に近い個体や遠い個体が混在している場合があり、それらの個体と長期間関わり合いながら生育しています。同種の競争者に加えて、シロツメクサのような他種の競争者もオオバコの集団を取り巻いています。オオバコの種子は、特別な撹乱が生じない限りその場所に留まり、競争にうち勝たなくては生きていけません。オオバコの種子は、周囲の状況を認識し、自らのふるまいを変えることができるのでしょうか。

オオバコの生育環境

私たちは、オオバコの種子が、「同種の種子の遺伝的類似性」と「他種の存在」という2種類の異なる情報に応じて異なる発芽応答を示すのかを検証することで、植物の胚による情報の統合処理の可能性を探ることにしました。

種子はどのように応答するか

(1)異なる情報に対する応答

はじめに、一緒に播種された同種の種子の存在や遺伝的な類似性、または他種の種子の存在というそれぞれの情報に対して、オオバコの種子がどのような発芽応答を示すのかを調べました。同じ親株から採取された“遺伝的類似性の高い同種の種子”と、異なる集団の親株から採取された“遺伝的類似性の低い同種の種子”、そしてオオバコと競争関係にあるシロツメクサの種子を“他種の種子”として扱い、それぞれオオバコの種子と一対一で湿らせた砂を敷いた栽培容器のなかに播種して発芽のタイミングを調べました。

その結果、それぞれの種子と一緒にされた場合でも単独で播種された場合と同じように発芽することがわかりました。オオバコは、同種や他種の存在といったそれぞれの刺激に対しては、特別な発芽応答を示しませんでした。

(2)情報の組み合わせに対する応答

次に、2つの情報が同時に与えられた場合の種子の応答を調べました。ひとつの栽培容器に、遺伝的類似性の高いオオバコの種子、遺伝的類似性の低いオオバコの種子、シロツメクサの種子を、それぞれ組み合わせを変えて2つもしくは3つずつ入れ、観察対象とするオオバコの種子の発芽タイミングがどのように変わるかを調査しました。

すると、遺伝的に近い種子と一緒にシロツメクサの種子を播種された場合のみ、他の場合よりも1日ほど早く発芽することが判明しました。これは、オオバコの種子が同種の遺伝的類似性と他種の存在という異なる2つの情報を統合し、発芽タイミングを変えていることを示しています。

近隣の種子に対するオオバコ種子の発芽応答

解析を進めると、さらに興味深いこともわかってきました。一緒に播種された同種の種子間の発芽日のずれ(発芽の同期程度)を調べたところ、他種に遭遇した遺伝的に近い種子同士は、他種に遭遇していない場合に比べてより同期して発芽していたのです。

同期して発芽するためには、相手の発芽タイミングを推し量り、自身の発芽タイミングを合わせるという精緻な発芽タイミングの調節が必要となります。これは、オオバコの種子同士が互いに何らかの情報のやり取り、すなわちコミュニケーションを行っていることを示唆しています。このような現象は“Embryonic communication(胚間コミュニケーション)”と呼ばれ、カメやヘビなど動物の胚が、隣の胚と振動情報をやり取りすることで同期孵化を成し遂げる例などが知られています。オオバコの種子の同期発芽は、植物で胚間コミュニケーションの存在を示唆したはじめての例となりました。

どのようにしてふるまいを決定するのか

種子による周辺状況の把握やコミュニケーションは、どのような手がかり(キュー)を用いて達成されているのでしょうか。種子は、発芽する前に周囲から水分を取り込みます。私たちは、取り込まれた水に含まれる化学物質を種子内部の胚が受容しているのではないかと予想しました。

それぞれの種子を水に浸して抽出液をつくり、オオバコの種子に与えてみました。予想したとおり、近縁の種子とシロツメクサの種子の抽出液を与えた場合にのみ、オオバコの種子は発芽タイミングを早めることがわかりました。加えて、隣の種子との発芽の同期程度を調べたところ、シロツメクサの種子の抽出液を与えた場合のみ、近縁の種子と同期して発芽していました。

水抽出物実験の結果

興味深いことに、濃度の薄いシロツメクサの種子の抽出液(3日間抽出)では、発芽が早まることはありませんでしたが、同期発芽だけが観察されました。このことから、発芽を早めることよりも同期して発芽するという応答が優先的に発現されると考えられます。種子が水溶性の化学物質を受容できることは多くの種でも確認されていることから、オオバコ以外の種子でも、周辺の生物由来の化学物質を利用した情報統合やコミュニケーション能力が普遍的に獲得されている可能性が高いと、私たちは考えています。

今後の展開

本研究により、1)植物の種子が複数の情報に基づく意思決定、すなわち情報統合が可能であること、2)種子は遺伝的に近い種子と同期して発芽すること、が明らかになりました。植物の種子がどのようにして情報統合やコミュニケーションを成し遂げているのか、水溶性の化学物質の分析を含め、種子の情報受容処理システムの全貌の解明は、私たちの次の目標のひとつです。

また、このような種子の能力が、植物の生存においてどのような役割を果たしているのかも、まだ大きな謎として残されています。私たちは、植物の種子が近隣個体の遺伝的類似性に応じて異なる戦略を備えることで、他種との競争に優位にふるまっていると予測しています。これらの疑問についても、今後長期的な栽培実験を施行するなどして解明を目指したいと考えています。

参考文献
Yamawo A., Mukai H. (2017) Seeds integrate biological information about conspecific and allospecific neighbours. Proceedings of the Royal Society B. 284: 1857.

この記事を書いた人

山尾僚, 向井裕美
山尾僚, 向井裕美

山尾僚 (写真右)

弘前大学農学生命科学部森林生態学分野 助教

2012年に鹿児島大学大学院連合農学研究科で植物の柔軟な防御応答に関する研究で博士号(農学)を取得。日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、現職につき、植物の柔軟な環境応答から生態系や生物の進化を解き明かす研究を行っている。


向井裕美(写真左)

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所 任期付研究員

2014年に鹿児島大学連合農学研究科で昆虫の親−胚間コミュニケーションに関する研究で博士号(農学)を取得後、日本学術振興会特別研究員(PD)として昆虫の複数感覚利用システムに関する研究を進めた。2017年から現職につき、昆虫の感覚を利用した行動操作による応用的研究にも取り組んでいる。