超分子と自己組織化

Self-Assembly(自己集合)やSelf-Organization(自己組織化)という言葉を聞いたことがあるでしょうか? これは、分子などが自然に集まって、より高度な形態を作り出すものです。自己集合と自己組織化のあいだには、非平衡系であるか平衡系であるかという区別はあります(散逸系で有名なノーベル賞科学者プリゴジン博士による)。ただし、ものが集まって新しい秩序を形作るということでは一緒ですので、以下では話を単純化させるため自己組織化という言葉を使っていきましょう。

ものが集まって機能を発揮するということは、超分子化学と同じでです。つまり、自己組織化は超分子化学の重要な部分なのです。ホスト―ゲスト化学のように1つ2つの少数分子が見分けられ集合する化学が1987年のノーベル賞の対象となりました。いくつかのユニットが絡み合ったりした超分子が刺激で動く分子マシンが、2016年には分子マシンということでノーベル賞をとっています。実は、超分子化学のなかで、多くの分子が集まる自己組織化現象がノーベル賞対象として残されていると考えています。生きもの自体が分子の自己組織化で形成されています。分子のような無生物と我々のような生きているものをつなぐ重要な概念が自己組織化だからです。

研究では、分子の構造を設計してそれらが作る自己組織構造をくみ上げようと試みます。ただ、正直なところ、アレッこんなものできちゃったよ! のような驚きの構造が予想外にできるのです。そんな実例をここに示します。

フラーレンからサイコロができた

単純なユニットからどれほどの驚くものができるか? 我々は、集合する元の分子として、形がもっとも単純で単一の元素からできているフラーレン(C60, C70など)を用いました。分子ユニットをおもしろい形に集合・組織化させるためには、分子がちょうど集まりそうという微妙な条件を狙うことが大切です。ひとつの方法は、液-液界面析出法という方法で、フラーレン分子をよく溶かすことのできる溶媒に溶かしておき、そこにそれとは混じらないしかもフラーレンを溶かしにくい溶媒を加えます。それらの液体の界面はフラーレン分子が集まるような集まらないような微妙な状態になり、そこからいろいろな形のフラーレンの集合体ができます。溶媒の組み合わせは、無限にありいくらでも実験できます。棒状構造、チューブ、六角形やひし形のナノシートなどの自己組織化構造が実際に得られます。最近、立方体のようなものができることがわかってきました。そして、穴の開いたサイコロができたのです。

今回は、C60ではなくC70を、それをよく溶かすメシチレンという溶媒に溶かし(濃度1mg/mL)、その溶液1mLをC70を溶かさないtert-ブチルアルコールという溶媒3mLに加えて12時間静置させました。生じた沈殿を電子顕微鏡で観察すると、一辺数μmの立方体(キューブ)ができており、その各面には約1μm 程度の直径の穴がきれいに開いていました。まるでサイコロのようです。正直なところ、なぜこれができるのかはよくわかりません……。ですが、狙ったとおりにいつでも作ることができます。過剰のC70分子を加えると、その表面に薄層を作り、穴にふたをすることもできます。またそれに電子ビームを当てると、ふたをはがすこともできます。

C70のメシチレン溶液をtert-ブタノール溶液に加えて放置すると穴の開いたサイコロ構造が自己組織化で生成する

一連の研究は、純粋な興味に基づいて行っているので、どうやって役に立てるかについては気にしないのですが、この穴に何かトラップできるかもしれないということで、いろいろと試してみました。その結果、孔よりちょっと小さい径の粒子が選択的にトラップされることがわかりました。たとえば、樹脂製の普通のポリマー粒子に比べて、黒鉛に近い炭素素材のマイクロ粒子が選択的にこのフラーレンサイコロポケットにトラップされることがわかりました。sp2炭素からなる芳香族分子はπ-π相互作用によって惹きつけあうという分子現象はありますが、これは芳香族性の穴が芳香族性の粒子を認識したということで、分子認識の基礎原理がマイクロレベルでも通用することを示しています。芳香族性を持つ粒子は有害なことが多いですから、有害物質のセンシングや除去に使えるかもしれません。

多様な形態へ、分化する・進化する分子組織体へ

立方体キューブからいろいろな形のものを作ることができます。ある系では、初めに立方体を自己組織化で作成しておき、それを溶媒で洗うと表面から触角のようなロッドが生え始めます。このようにしてできたハリネズミのようなフラーレン構造体は、触角の先に吸着する気体分子を検知するセンサーに使うことができます。

キューブから触角を生やすことができる。この触角構造は特定のガス分子を検出するセンサーに用いることができる

また、あるフラーレンの誘導体を界面のある溶液中に放置すると、初めに卵のような球状体を形成し、時間がたつとその表面が相分離しそこからチューブ状の尻尾が生えてくるという現象も発見しました。これは、フラーレンオタマジャクシで、卵から二次の形態変化を起こすような分化現象(あるいは、進化?)を(遺伝子プログラムによらず)分子過程だけに基づき再現したことになります。

卵から尻尾が自然に生えるがごとく二次形態変化をする自己組織化構造

ここに示したように、自己組織化は驚きの科学で、想像もできないようなおもしろい形態が分子が自発的に集合する過程によって形成されます。その構造は人為的に操作することもできますし、生物が分化・進化していくような形態変化をもたらすこともできます。我々の体は、分子が組織化されてできています。それは、遺伝子情報と分子間相互作用に基づき行われていますが、太古の昔の生命発生時には、ここで示したような分子間相互作用だけに基づいた形態変化が、実は重要な役割を果たしたのかもしれません。自己組織化は、無生物分子と生物組織を結ぶカギなのです。

 

参考文献
Bairi P. et al (2017). Intentional Closing/Opening of “Hole-in-Cube” Fullerene Crystals with Microscopic Recognition Properties. ACS Nano 11 (8), 7790−7796. doi: 10.1021/acsnano.7b01569.
Bairi P. et al (2016). Hierarchically Structured Fullerene C70 Cube for Sensing Volatile Aromatic Solvent Vapors. ACS Nano 10 (7), 6631−6637. doi: 10.1021/acsnano.6b01544.
Bairi P. et al (2016). Supramolecular Differentiation for Construction of Anisotropic Fullerene Nanostructures by Time-Programmed Control of Interfacial Growth. ACS Nano 10 (9), 8796−8802. doi: 10.1021/acsnano.6b04535.

この記事を書いた人

ロック クマー スレスタ, 有賀克彦
ロック クマー スレスタ, 有賀克彦

ロック クマー スレスタ(写真左)

物質ˑ材料研究機構・WPI国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 MANA 研究者。横浜国立大学大学院博士課程修了。ネパール出身。フラーレンなどのナノカーボンの集合構造・ハイブリッド構造の開発と機能化を研究しています。どんな驚きの構造も作ってみせます。


有賀克彦(写真右)

物質ˑ材料研究機構・WPI 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 主任研究者および東京大学大学院新領域創成科学研究科・教授。東京工業大学大学院修士課程修了(論文業績により工学博士)。界面における超分子化学。界面では分子間相互作用が百万倍になることがあります。界面を使えば分子マシンを人間の手の動きで操ることもできます。馬鹿と天才は紙一重で、そこにあるのも重要な界面かもしれません。