体温調節には2種類ある

「体温調節」という言葉からみなさんは何を思い浮かべるでしょうか? 夏の暑い日に汗をかいたり、冬の寒い日に筋肉が震えたりするのを想像するかもしれません。こうした体の反応は「自律性体温調節」と呼ばれ、無意識に起こる体温調節の反応です。一方で、意識的に行う体温調節もあります。それは「行動性体温調節」と呼ばれ、暑いときに薄着になる、寒い部屋でコタツに入って暖まるなどの行動を指します。

自律性体温調節と行動性体温調節

こうした2つの体温調節はどのようにして体の中で起きているのでしょうか。無意識に行われる自律性体温調節は、これまでの研究でその仕組みが明らかとなってきました。たとえば、寒くて震えるときには、皮膚の温度センサーで感知した環境の寒さの情報が脊髄を経て脳へ送られ、脳の中の外側腕傍核という場所を通って、視床下部の体温をコントロールする中枢(体温調節中枢)に届きます。そこから筋肉に命令が伝達され、私たちは震えるわけです。このような自律性体温調節の仕組みが解明されていく一方で、意識的に行う行動性体温調節の仕組みはまだまだ謎に包まれています。そこで私たちは、いま、体温調節の行動を引き起こす脳の仕組みを解明すべく研究を進めています。そして、そこには想像を超える神経の仕組みが見えてきました。

温度を「感じ」なくても快適な温度を選ぶことができる不思議

どんなときに冷房や暖房をつけるのかを考えてみるとわかりますが、当然、耐え難い暑さや寒さを「感じる」ときだと思います。実は、意識の上で温度を「感じる」神経回路はすでに発見されて教科書にも載っており、その名を脊髄視床皮質路と言います。名前のとおり、皮膚の温度センサーからの温度の情報を脊髄と視床を経て大脳皮質という脳の場所へ順にリレーして伝える神経回路で、この情報伝達によって環境の温度が高いのか低いのかが私たちの意識にのぼります。そこで、ひとつの仮説が立てられます。それは、この脊髄視床皮質路によって伝えられる温度の情報が意識的な体温調節の行動につながるのではないか、というものです。暑いと感じて冷房をつけるという日常の行動を考えれば、脊髄視床皮質路を経て「感じる」環境温度の情報が体温調節の行動を引き起こすのは当たり前のように思えます。

私たちはこの仮説を検証するため、脊髄視床皮質路を人為的に視床で遮断して温度を「感じる」ことができないようにしたラットを作製し、快適な環境温度を選択できるかを調べる実験を行いました。実験では、並べた2枚のプレートの片側を適温(28℃)、もう一方を暑熱(38℃)または寒冷(15℃)の温度に設定し、ラットにそのプレート上を自由に行き来させました。その結果、正常なラットでは体温調節行動が見られ、ほとんどの時間を適温のプレート上で滞在しました。そして驚いたことに、温度を「感じる」ことができないラットも正常なラットと同様に適温のプレートを選択できたのです。この実験結果は、温度を「感じる」脊髄視床皮質路は、行動性体温調節に必要ないということを示しています。

ラットの視床を破壊して適温のプレートを選択させる実験
視床を破壊され、温度を感じられなくなったにもかかわらず、適温のプレートを選ぶことができた。つまり、行動性体温調節に脊髄視床皮質路は必要ないことがわかった。

体温調節に重要なのは外側腕傍核だった!

脊髄視床皮質路が行動性体温調節に関与しないならば、どのような神経路で伝達される温度情報が体温調節の行動を引き起こすのでしょうか。私たちが次に着目したのが自律性体温調節を引き起こす経路です。その経路を中継する外側腕傍核という脳の場所に薬剤を注入することによって情報伝達を遮断し、そのラットについて、先ほどと同様のプレート選択試験を行いました。すると、外側腕傍核での情報伝達を遮断されたラットは適温のプレートを選ぶことができなくなってしまいました。この実験結果は、外側腕傍核を経て伝達される環境温度の情報が体温調節行動に必要であることを示しています。

ラットの外側腕傍核を遮断して適温のプレートを選択させる実験
外側腕傍核に薬剤を注入して伝達を遮断すると適温のプレートを選ぶことができなくなった。つまり、行動性体温調節に外側腕傍核を介した情報伝達が必要だとわかった。

さらに、外側腕傍核が機能しなくなると体温の調節がどうなるのかを調べるために、暑熱(38℃)に設定したプレート上にラットを20分間置き、脳の温度変化を観察しました。すると、正常なラットでは脳の温度を正常範囲内に維持できたものの、外側腕傍核での情報伝達を遮断されたラットでは高体温状態に陥りました。この実験結果は、外側腕傍核を介した環境温度の情報伝達が脳内で行われないと恒温動物である哺乳類は行動性と自律性の体温調節を行うことができず、暑熱環境ではあっという間に熱中症になってしまう危険性があることを示しています。

温度感覚の伝達経路と役割

わたしたちはなぜエアコンをつけるのか?

では、外側腕傍核を介して伝達される環境温度の情報がどのようにして体温を調節するための行動を引き起こすのでしょうか。その鍵は、温度感覚によって生み出される「不快感」「快適感」という情動にあるかもしれません。普段感じる「暑い」「寒い」「暖かい」「涼しい」といった温度感覚は、単なる温度の高低の知覚に加えて情動を伴った感覚であるということができます。たとえば「暑い」や「涼しい」という感覚は次のように表すことができます。

  「温度が高い」+「不快感」=「暑い」 → 逃避
  「温度が低い」+「快適感」=「涼しい」 → 滞在

外側腕傍核を介した温度情報の神経経路は、環境温度の高低の情報を伝達するだけでなく、この式における「不快感」「快適感」をも生み出す経路なのではないかと考えられます。つまり、夏の暑い日であれば、皮膚から送られた環境温度の情報が外側腕傍核を経て脳の情動中枢へ送られることで、その高温環境が快適か不快かを判断し、不快だと判断されると快適な温度環境を作り出そうという体温調節行動が惹起され、わたしたちはエアコンをつけるというわけです。

また、外側腕傍核が正常に機能しないと体温調節ができなくなってしまうという実験結果は、熱中症に陥るメカニズムの解明に大きく役立つ可能性を秘めています。毎年夏場になると熱中症のニュースが全国を駆け巡りますが、たとえば、外側腕傍核を経た神経路によって生み出される「不快感」が「やせ我慢」のような別の心理によって抑圧されることで、暑さから逃れようとする体温調節行動を取らなくなってしまい、熱中症になってしまうという可能性が考えられます。

この「不快感」「快適感」を生み出す脳の神経回路は生命を守るための行動を生み出す重要な情動メカニズムであり、私たちが現在取り組んでいる研究課題です。この研究が発展することで、脳の生命システムの本質を明らかにするだけでなく、生命を熱中症のような危険から守る技術の開発にも貢献したいと考えています。

参考文献
Yahiro T, Kataoka N, Nakamura Y, Nakamura K
The lateral parabrachial nucleus, but not the thalamus, mediates thermosensory pathways for behavioural thermoregulation
Scientific Reports 7, 5031 (2017)

Nakamura K, Morrison SF
A thermosensory pathway mediating heat-defense responses
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 107, 8848–8853 (2010)

Nakamura K, Morrison SF
A thermosensory pathway that controls body temperature
Nature Neuroscience 11, 62–71 (2008)

この記事を書いた人

八尋貴樹, 中村和弘
八尋貴樹, 中村和弘
八尋 貴樹(写真左)
名古屋大学医学部医学科 5年生。豊田西高校(愛知県)出身。3年生の時に基礎研究と出会って以来、医学の勉強の傍ら行動生体温調節の研究に没頭中です。

中村 和弘(写真右)
名古屋大学大学院医学系研究科統合生理学 教授。生命を維持するために機能する脳の仕組みに興味があります。特に「病は気から」というように、感情や情動などの心理が生体調節に影響を与え、様々な疾患を引き起こすことはよく知られていますが、そのメカニズムはわかっていません。それを研究することにより、心理が疾患を引き起こす仕組みだけでなく、感情や情動の科学的実態に迫ることができればと思っています。