分子の容器とホスト・ゲスト化学

ある分子が特定の分子やイオンを見分けて捕まえる現象は分子認識(あるいはイオン認識)と呼ばれており、酵素・基質の特異的結合との関連性などから注目を集めています。このとき、捕まえる側の分子(ホスト)と捕まえられる側の分子(ゲスト)は、共有結合より弱い「非共有結合性の相互作用」、たとえば水素結合、静電的相互作用、疎水効果などにより結合します。このようなホスト・ゲスト間の相互作用を扱う化学がホスト・ゲスト化学(分子認識化学)です。

一般的に、ゲストを取り囲むことができる環状の分子(大環状化合物)は、ゲストのサイズや形を見分けるのに適しており、優れたホストとなります。クラウンエーテルはその代表例であり、環状に並んだ複数のエーテル酸素原子に囲まれた空間(空孔)で、そのサイズに合った金属イオンを選択的に捕まえることができます。これらのホスト分子は、内側にゲストを取り込む空間があるため、分子サイズの人工の容器に例えることができます。

一般的な大環状ホスト分子の場合、環状構造の上下の空間、すなわち認識場の開口部は開いていますので、ゲストを速やかに取り込むことができます。このとき、ゲストの取り込みと放出は平衡反応であり、ゲストは常に自由に出入りできる状態にあるといえます。すなわち、これまでの多くのホスト分子はフタのない分子サイズの容器と見なすことができるでしょう。

その一方で、私たちの日常生活では、キャップが付いた容器をしばしば用います。これらの場合、キャップを開ければ内容物を出し入れでき、閉じれば出し入れができなくなります。ごく当たり前のように思われる容器の開閉ですが、実は、分子サイズの容器でこれを実現するのは困難でした。しかし、分子サイズの容器を、分子の保存や運搬などのより実用的な用途に応用していくためには、開閉機構によって内容物の出入りをコントロールする技術の開発は不可欠です。

今回、私たちの研究グループは、クラウンエーテルの空孔の開口部となる上下の空間にキャップを導入できる分子を開発し、分子の世界の容器のキャップの取り替えによる内容物の出し入れのコントロールを初めて実現しました。

キャップ付きのクラウンエーテルの開発

本研究では、クラウンエーテルの開口部を閉じるキャップとして、カチオン性ホストの対アニオンが効果的に機能しました。分子内に2つのコバルト(III)をもつクラウンエーテル型ホスト分子を合成し、それぞれのコバルトの上下にメチルアミン(CH3NH2)を配位結合により導入しました。このホストは、さまざまな金属イオン(Na+, K+, Rb+, Cs+, Ca2+, La3+)を空孔内に取り込みます。このとき、対アニオンであるトリフラート(CF3SO3)は空孔の上下の開口部に位置していることがわかりました。ゲストを取り込んだ構造の結晶構造解析では、このトリフラートとメチルアミン部位の間には水素結合が見られます。すなわち、環状ホスト分子の空孔の上下にトリフラートのキャップがしっかりと保持されており、「キャップ付きの分子の容器」に内容物(ゲスト)が取り込まれている様子がわかります。

キャップによりイオンの出入りを抑制

さて、私たちの日常で用いる容器の場合には、キャップをすれば内容物の出入りができなくなりますが、それと同様に、本研究で開発したキャップ付きの分子の容器の場合においてもゲストの出入りは著しく遅くなります。特に、ランタンイオン(La3+)の出入りは非常に遅く、完全に取り込むまでに120時間以上かかります。興味深いことに、キャップの種類を変えると、それに応じて出入りの速度も変わります。キャップを酢酸イオン(CH3CO2)とした場合、ランタンイオンは5分以内に取り込まれ、その速度には少なくとも100倍の違いがあります。私たちの日常の世界で、緩いキャップときついキャップで容器の内容物の漏れにくさに差があるのとよく似た状況と言えます。

望みどおりのタイミングでイオンの出入りを開始させることに成功

私たちの世界の容器の場合、たとえば水の入ったボトルのキャップを開けると水が出てくるように、キャップを開閉することによって内容物の出し入れを望みのタイミングでコントロールしています。同じように、今回開発したキャップ付きの分子の容器を使って、内容物の出し入れを望みのタイミングでできるかチャレンジしてみました。その結果、2種のイオンが存在している状態において、キャップを取り替えたタイミングでイオンの出入り(交換)を開始させることに成功しました。

この交換実験には、速やかに取り込まれるカリウムイオン(K+)とゆっくり取り込まれるランタンイオン(La3+)を用いました。キャップとしてトリフラートを用いた場合、この2種のイオンを同時に加えるとカリウムイオンのみが取り込まれました(状態A)。別の測定から、このホスト分子はカリウムイオンと比べてランタンイオンをより強く包接することがわかっていますが、取り込み速度の差により、本来は不利なはずのカリウムイオン包接体が生成します。この準安定状態の寿命は、一般的なホストにゲストが取り込まれる時間と比べて極めて長く、より安定なランタンイオン包接体(状態B)への変化は2週間経過後でもほとんど起こりません。つまり、トリフラートのキャップがイオンの出入りを事実上完全に抑制しているといえます。

一方、キャップを酢酸イオンに取り替えて同じ実験を行うと、イオンの交換は加速され、その速度はトリフラートのときの約75倍になりました(状態C)。また、準安定状態(状態A)を作って120時間経過後に酢酸イオンを加えると、その時点から急速にイオンの交換が進行し、ランタン包接体へと変化しました。つまり、キャップによりイオンの出入りを抑制することで準安定状態を作り出すことができ、これを出発点として、キャップ交換によって望みどおりのタイミングでイオンの出入りを開始させることに成功しました。

速度を調節できる新機能への展開

イオンの出入りのコントロールという観点で言えば、これまでにも多くの研究が報告されてきています。これらはいずれも、ホスト分子がゲストを捕まえる「強さ」(平衡定数)を外部刺激によって変化させる方法に頼っていました。本研究の調節機構はこれとは異なり、イオンを捕まえる「強さ」を変えずに、イオンの取り込みの「速さ」を変化させています。準安定状態からのイオンの出入りの調節は、イオンチャネルによる細胞の膜内外のイオン濃度の制御機構に見られるように、生物が生命活動を維持するために重要です。本研究で開発した環状ホスト分子は、この複雑な働きに類する機能を単一分子で実現しました。

本研究では、ホスト・ゲスト化学の「時間スケール」の自在なコントロールを通じて、「時間」と「分子の機能」をリンクさせる新手法を開発しました。キャップによってゲストの出し入れを著しく遅くすることができ、これを活かすことで、人間の目で見て意味のある時間スケール(数秒~数分~数時間)において、イオンの出入りを止めたり促したりできるような機構を初めて実現できました。本手法を応用することで、時間とともに機能が刻々と変化する分子を作り出すことができます。本研究成果は、分子機能の精巧な時間制御のための重要な指針となり、必要な場所、必要なタイミングで薬剤や機能性分子を働かせ、分子機械を駆動するための重要な基盤技術として発展することが期待されます。

参考文献
Yoko Sakata, Chiho Murata, Shigehisa Akine, “Anion-capped metallohost allows extremely slow guest uptake and on-demand acceleration of guest exchange”, Nature Communications, 8, 16005 (2017)

この記事を書いた人

秋根茂久, 酒田陽子
秋根茂久, 酒田陽子

秋根茂久(写真右)

金沢大学理工研究域物質化学系・教授

2000年に東京大学大学院理学系研究科化学専攻で博士(理学)の学位を取得後、筑波大学助手、講師、准教授を経て、2013年より金沢大学にて研究活動を行っています。専門は錯体化学、超分子化学。有機分子・金属錯体・超分子のそれぞれの特徴を駆使して、分子の構造変換と動的機能の実現に取り組んできました。最近は、分子機能の変化の過程など速度論的な事象の制御にも興味を持っており、今回のキャップを使ったゲスト交換のコントロールはその成果の一つです。


酒田陽子(写真左)

金沢大学理工研究域物質化学系・助教

石川生まれ、東京育ち。東京大学大学院理学系研究科で博士の学位(理学)を取得後、JST ERATO北川統合細孔プロジェクト博士研究員、神戸大学大学院理学研究科化学専攻特命助教を経て、巡り巡って2014年より自分が生まれた地で研究活動をしています。専門は、超分子化学、錯体化学。超分子の持つ潜在的な動的特性のコントロールに加え、超分子のネットワーク化にも興味を持って研究しています。