単独性ハナバチの集団越夜 – メスでは昼の活動を早く終わらせた個体ほど安全な位置を確保する
皆さんは生きものがどんな場所で寝ているのかご存知でしょうか。昼間に活動する生きものにとって、夜はゆっくりと休む時間帯です。そのため、雨露や夜間の捕食者を避けるためにどのような場所を休息場所にするかはとても重要な問題です。夜にある場所で休息もしくは寝ることを「越夜」といいます。昆虫たちも例外ではありません。トンボやチョウ、それにハチのグループでは、夜間はどのような場所を選んで越夜しているのかについて、これまでさまざまな研究者によって調べられてきました。
ハチの中でもハナバチ類と呼ばれるグループには大きく分けて、大勢の個体が集まって社会を形成する社会性種と、独りで行動し、帰るべき巣をもたない単独性種がいます。社会性ハナバチでは、種によってはオスは巣へ戻らないことがありますが、日中外へ出かけた働きバチ(メス)は夜には巣へと戻っていきます。
一方、単独性ハナバチはオスもメスも日中は単独で活動しています。夜になるとメスは作りかけの巣穴などで夜を明かし、オスは単独で寝る場合もありますが、種によっては集団を形成して夜を明かすことが知られていました。夕方日が沈む前になると、どこからともなく多くの個体が戻ってきて、垂れ下がった葉っぱや細いツタや枝にぶら下がろうとし始めます。どの場所で寝ようかとか、誰が先に来ているかを確認しているように、何個体もが入り乱れて飛ぶ姿はとても不思議な光景です。そして、日が沈むころには、羽音がぱたっとやみ、一列鈴なりになった越夜集団があちこちにできあがります。
このハナバチの寝る体勢もユニークで、大あごで枝などを咥えて、6本の脚は体にぴったりとつけ、体が宙に浮いた状態で寝るのです。一度寝始めると多少風が吹いたくらいではまったく動こうとはしません。そして、朝になり周辺がうっすらと明るくなってくると、もぞもぞと体を動かし始めて、身支度を整え、おもむろに飛び立っていきます。
私たちの研究グループは、南西諸島に生息するミナミスジボソフトハナバチという単独性ハナバチの一種に着目しました。ミナミスジボソフトハナバチを含む、フトハナバチと呼ばれる単独性ハナバチの仲間は、基本的にはオスが集団を作って夜を過ごしています。ところが私たちが調査した結果、ミナミスジボソフトハナバチではオスだけでなくメスも越夜集団を形成することが明らかになり、その形成行動や越夜に利用される場所などに着目して研究を進めてきました。
何個体が集まってどこに集団をつくるのか
まずは、オスとメスがそれぞれつくる越夜集団に参加している個体数を調べてみました。オスとメスの越夜集団はそれぞれ5月から6月にかけて西表島の林道で見ることができます。このハナバチはオスが先に羽化し、その後メスが羽化してくるという習性をもちます。越夜場所に飛来した個体が林道脇に垂れ下がっている葉や枝に止まる行動を観察し、葉や枝にそれぞれ何個体が寝ているかを数えました。すると、メスは平均4個体、オスは平均7個体が集まって越夜していました。調査期間中には単独で寝ている個体も観察されましたが、オスもメスも2個体以上が一緒に寝ている場合が多いことがわかりました。越夜集団は通常、垂れ下がった細い蔓や葉、かれた枝を利用して形成されます。今回集団が確認されたのは林道沿いにみられる、単子葉植物の垂れ下がった葉の上でした。越夜集団の中で、もっとも地上に近いポジションにいる個体の地上からの高さを測ってみると、1m前後ほどでした。このことから、ミナミスジボソフトハナバチは下に十分な空間がある場所に越夜集団を形成することがわかりました。
越夜集団に参加しているメスは誰なのか
これまで単独性ハナバチでは、メスは昼間に巣を作って卵を産み、夜は作りかけの巣の中で過ごすと言われていました。それでは越夜集団に参加しているメスはどのような発育段階の個体なのでしょうか。それを調べるために、昼間花に訪れて採餌している個体と巣を作っている個体、越夜している個体をそれぞれ採集し、卵巣の発達段階を比較してみました。すると、どの状態のメスも卵巣が十分に発達した成熟個体であることがわかりました。つまりメスはその日の巣作りが終わると越夜場所に飛来して寝ており、次の日に産卵と巣作りが可能な状態で越夜していると考えられました。
越夜集団内のどのポジションが好適か
越夜場所に飛来したメス個体はどのようにして集団を形成するのか、また集団内でのポジションはどうやって決まっているのかを調べました。日没前から越夜が行われる場所にじっと張り込んで、その行動を記録しました。その結果、加入個体数が多いメス集団ほど、参加を試みるメス個体の数は多くなりました。また、オスメスそれぞれについて、集団に参加した順番と集団内での越夜ポジションを調べてみました。すると、最初に参加した個体ほど、垂れ下がった葉の地面に近い場所を選んで寝ていることがわかりました。2番目以降の飛来個体は、最初の個体の越夜ポジションよりも上部に止まって夜を過ごしていました。メスでは明確な傾向がみられましたが、オスではそのような傾向はみられませんでした。これは、一番下にいる個体ほど、垂れ下がった葉を伝ってくる捕食者などを避けるのに、自分より上にいる個体を犠牲にして防ぐためだと推測しました。つまり、メスでは昼間の営巣活動を早く終わらせた個体ほど、越夜集団内で安全な位置を確保していることがわかりました。
日本にはおおよそ389種ものハナバチが生息していますが、夜はどこで過ごしているのかについては、あまり詳しいことがわかっていません。また、これまでメスは作りかけの巣穴などで越夜すると思われていた種でも、ミナミスジボソフトハナバチのように、どこかでこっそりと集団を形成して越夜している可能性もあります。これらのハナバチではどのような場所を越夜に利用しているのか、集団の形成がみられるのかといった点を明らかにしたいと思います。また夜間の捕食者は誰なのか、集団に参加している個体の体温はどうなっているのかを解明していくことで、単独性ハナバチにおける集団行動の進化について探ることができると期待しています。
ミナミスジボソフトハナバチは南西諸島の固有種であり、固有植物の重要な花粉媒介者であるとも考えられています。近縁種は日本全国に生息しており、こちらも在来生態系において花粉媒介の役割を担っているといわれています。近年、野生ハナバチ類の花粉媒介に果たす重要性が見直されつつあり、保全対策をすすめる動きもあります。野生ハナバチ類の生存において、巣材や巣場所、餌となる花資源の豊富さといった面は重要視されてきましたが、夜にどのような場所を好んで寝ているかについては情報がまだまだ不足しています。ミナミスジボソフトハナバチのように集団で越夜する場所を必要とする生きものは、その行動の面白さだけではなく、ハチも私たち人間同様に安眠の場を必要としていることを教えてくれていると考えています。
参考文献
Yokoi T, Idogawa N, Kandori I, Nikkeshi A, Watanabe M. The choosing of sleeping position in the overnight aggregation by the solitary bees Amegilla florea urens in Iriomote Island of Japan. The Science of Nature. doi:10.1007/s00114-017-1438-8
この記事を書いた人
- 筑波大学生命環境系助教。1979年生まれ。2009年に京都大学大学院農学研究科応用生物科学専攻を修了して 博士(農学)を取得。小さい頃も昆虫は好きでしたが、大学に入ってから本格的に目覚めて研究者への道を進みだしました。昆虫類の「婚・食・住」に関わる行動や生態に興味があり、主な対象はハナバチ類をはじめとする訪花昆虫類です。その採餌行動や他種との相互作用の解明といった基礎的な研究から、ハナバチ類の保全や送粉サービスへの応用研究まで幅広く取り組んでいます。