海外に行って時差ボケになると、身体って意外と融通が効かないな~、なんて思いますが、飛行機で何時間も時差旅行するなんて進化上の想定外ですから仕方ないですね。時差ボケは、体内時計と外界時刻のずれによって生じるというのは皆さん聞いたことがあると思いますが、この体内時計って、一体どこにあるどんなものかご存知でしょうか。ここで言う体内時計とは、約24時間周期のリズムのことで、学術的には概日リズム(がいじつリズム)もしくはサーカディアンリズム(circadian rhythm)と呼びます。

実は、概日リズムは細胞の中で作られていて、つまり、ヒトの細胞を1個取ってくると、その中にちゃんと1個の体内時計が存在するのです。哺乳類細胞の場合、時計遺伝子と呼ばれる10数個の遺伝子がお互いの活動を制御しあうフィードバックループを作っていて、ループがひとまわりするのが24時間です。ひとつの時計遺伝子に注目すると、24時間毎に1回活動する時間帯が回ってくるので、この活動(遺伝子発現量やタンパク質の活性状態)をモニタリングすることで体内時計を見ることができます。

(左)代表的な時計遺伝子による約24時間のフィードバックループ
(右)培養細胞の時計遺伝子Bmal1とPer2の発現を発光で可視化したもの

全身の時計は朝ごはんに同期する

1つひとつの細胞に体内時計があるということは、ひとつの個体(1人の人間)として活動するときにはどうなっているのでしょうか。通常は、細胞の時計同士が同期していて、協調的なひとつのリズムを作るようになっています。人の体内時計を個体レベルで測ると、個人差はありますが、平均で24.2時間ほどと言われています。つまり、地球の自転に対して1日あたり10分くらい長いのですが、それではちょっと困るので、毎日時刻調整をして、自転周期に同期させています。

ここで、体内時計と外界時計の同期に使われているのが光です。目から入った光の情報は、視神経を介して視交叉上核というところに届き、そこの体内時計を補正します。この視交叉上核の時計は中枢時計と呼ばれ、全身の時計を同期させるためのマスター時計として機能しているのです。つまり、中枢時計は光に同期して外界と時刻合わせを行い、その他全身の時計(末梢時計)は中枢時計に同期することで、身体中の時計の時刻情報が同期するようになっているわけです。

このように全身の時計が中枢時計に同期する仕組みですが、組織によって少し同期因子が異なります。しかし、大まかには栄養シグナルや体温リズムなどを利用しています。つまり、朝ごはんを食べると、全身に栄養シグナルが回り、体温が上昇し、それが朝の時刻情報となって時計が同期します。よく使われる実験マウスは夜行性ですので、普通に飼育していると、ほとんどの食事は夜に食べ、夜に活動します(夜に体温が上がる)ので、身体の時計は夜行性リズムになっています。しかしここで、昼間にしか餌をあげない状態で1週間ほど飼育すると、身体中のほとんどの時計がひっくり返って昼行性リズムに同期します。

中枢時計と末梢時計の時刻合わせ

食品成分で体内時計を調節できるのではないか?

食事情報が体内時計の同期因子になるということは、その内容(食品成分)によって体内時計をコントロールできるのではないか、という発想で、我々は10年ほど前から体内時計の調節作用を持つ食品の研究をしています。体内時計は各細胞にそなわっていますので、培養細胞を使った実験が可能です(これは便利)。培養細胞の時計遺伝子の活性を発光として可視化すると、とてもきれいな24時間リズムが見られるのですが、ここにさまざまな食品成分を添加して、リズムを変化させる食品成分を探しました。

そこでまず見つけたのが、赤ワインに含まれるポリフェノールとして有名なレスベラトロールで、培養細胞の時計時刻を2~3時間ずらす作用がありました。その他のポリフェノール類にも時計をずらす能力を有するものがそれなりにあって、特にフラボノイドと呼ばれる一群は作用が強いこともわかっています。

次に見つけたのがカフェインですが、これは体内時計の長さを伸ばすことがわかりました。実際にマウスにカフェイン溶液やインスタントコーヒーを飲ませたところ、マウスの活動リズムが伸びました(デカフェのコーヒーは効きません)。他の研究者からも、ヒトの体内時計(メラトニンの分泌リズムとして計測)を伸ばす作用や、マウスにカフェインを与える時間をうまく調節することで、体内時計を前に動かしたり後ろに動かしたりできることが報告されましたので、実際にカフェインを使って体内時計を調節することは可能だろうと思われます。個人的には、毎朝、同じタイミングでコーヒーを飲むことで、時計がきっちりと同期して健康的になれるものと考えています。

カフェインによるヒト培養細胞の体内時計の伸長

カフェインと反対に時計を短くする効果を示すものとして、シナモンの香り成分として知られる桂皮酸(けいひさん)があります。培養細胞で時計の長さを短くすることがわかり、マウスに継続的に投与すると行動周期が短くなります。ヒトでの効果は確かめられていませんが、夜型になりがちなヒトの体内時計を朝型に戻すことができれば画期的ですね。

体内時計を朝型に変える食品として、実は、食塩も有望なことを見つけています。マウスに高食塩食を自由摂食させると、食事のタイミングは変わらないのですが、全身の時計が3時間くらい前倒しになることがわかりました。行動リズムは変わらないので、起きるタイミングは同じですが、消化器官などの体内組織はちょっと早めに活動を開始していることから、たとえば朝にちゃんとお腹がすいたり、トイレも出やすかったりする効果があるのではないかと期待しています。朝からテキパキ活動したい人には朝の味噌汁(和食)は向いているのかもしれません。

高食塩食の自由摂取により、末梢時計が約3時間前進

時差ボケに起因する不健康問題の解決に向けて

夜の光を自在に操れるようになった現代人は、海外旅行をしない人でも、意外と時差ボケになりがちです。実は、朝ごはんを食べなかったり、休日に寝坊するだけでも時計の同期は弱くなり、身体の中では軽い時差ボケが起こっています。このような時差ボケが、身体パフォーマンスを低下させ、エネルギー代謝のバランスを悪くして肥満を誘発し、老化やがん、あるいは、免疫機能などに悪影響を及ぼすことが徐々にわかってきました。一番良いのは、毎日規則正しく(朝の)光を浴び、規則正しく(朝の)食事を摂ることです。それにより身体中の体内時計が強く同期し、働くべき時刻に頭脳や身体が機能し、休息すべき時刻に修復・回復系がしっかりと機能して、健康的な身体が維持できるものと思われます。

そうは言っても、夜にがんばらなければならないときもありますし、実際に海外に行くこともあるでしょうから、そういうときに我々の研究が(将来)役に立つはずです。体内時計を調節する食品により身体の時差ボケを解消することができれば、健康促進やパフォーマンス向上につながりますので、その実現を目指し、日々、研究を進めています。

参考文献
Oike H. (2017) Modulation of circadian clocks by nutrients and food factors. Biosci Biotechnol Biochem. 81(5), 863-870. doi: 10.1080/09168451.2017.1281722.
Oike H, Kobori M, Suzuki T, Ishida N. (2011) Caffeine lengthens circadian rhythms in mice. Biochem Biophys Res Commun. 410(3), 654-8. doi: 10.1016/j.bbrc.2011.06.049.
Oike H, Nagai K, Fukushima T, Ishida N, Kobori M. (2010) High-salt diet advances molecular circadian rhythms in mouse peripheral tissues. Biochem Biophys Res Commun. 402(1), 7-13. doi: 10.1016/j.bbrc.2010.09.072.

この記事を書いた人

大池秀明
大池秀明
国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構) 食品研究部門 主任研究員。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了。2007年より、体内時計と食品・栄養をつなぐ“時間栄養学”の研究を行っています。最近は耳の老化を中心に、老化予防食品の研究にも着手しています。