なぜ人類は木から降りてサバンナで生活を始めたのか、という議論をよく聞きます。しかし最初期の人類は森林環境、あるいは少なくとも生活圏のなかに森林が入り混じった湿潤な環境で生活していました。ヒトの祖先は木から降りてもまだ森林の外には出ていなかったようです。ではどうして森のなかで地上生活を始めたのでしょうか。

地上生活は森のなかで始まった

およそ700万年前、チンパンジーやボノボとヒトが分かれる前の共通祖先は、アフリカの熱帯雨林で樹上生活をしていた、現在のヒトともチンパンジーとも違う生き物でした。ところが、1年中温暖湿潤だったアフリカの熱帯林に大きな変化が起こっていました。ヒマラヤ地域の上昇によりアフリカモンスーン気候(季節性気候)が強まってきていたのです。熱帯地域では乾季の長さが乾燥化の目安となります。乾季が長くなると森林は存続できず、次第に木がまばらになり、やがて熱帯草原(サバンナ)へと植生が変わっていきます。

およそ900万年前以降の後期中新世、アフリカでは、乾燥化・湿潤化を繰り返しながら次第に乾燥化傾向が強まり、森林面積が減少してきました。ヒトの祖先はそのような環境変化のなかで直立二足歩行を獲得し、アウストラロピテクスの時代(400〜200万年前)にはサバンナへ生息域を大きく広げたことがわかっています。そこで、森林の後退でサバンナでの生活が始まり、二足歩行などさまざまな人間の特徴を進化させたとするサバンナ仮説がかつては有力でした。

ところが、近年発見された初期人類の化石は、従来のサバンナ仮説ではうまく説明できません。最古の化石人類の一種、アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)をはじめ、初期人類の化石はみな森林に近い環境から見つかっているのです。いずれの化石種も、直立二足歩行を示す特徴を持ち、限定的ながら地上生活を始めていたのです。ラミダス猿人の歯の同位体分析によると、森林の外の食物を摂ることはほとんどなかったと言えます。つまり樹上に住んでいて、食物を探すときにサバンナへ出て、これが地上生活を促したと考えるのも無理があることになります。ヒトの地上生活は森林が生活の中心だったころにすでに始まっていたのです。では、なぜ初期人類は森林のなかで地上を使うようになったのでしょうか。

現生のボノボとチンパンジーの生態から探る地上性の起源

私は、その謎に迫れる可能性を感じていました。すでに西アフリカ、ボッソウの森で、チンパンジーの地上利用時間が雨季と乾季で異なることを発見していたからです。熱帯林では各樹木が太陽光を奪い合うので、モザイクのようにそれぞれの木から枝が伸び、林冠が閉じます。太陽光はほぼ林冠部の葉で受け止められ、森林上部が高温になります。そこから対流や放射で温度が伝わるので、太陽光の届かない林床はずっと気温が低くなります。気温の低い雨季には樹上、暑い乾季には涼しい地上ですごして体温調節のエネルギーを節約していると考察しました。そこで、実際に季節性の強いボッソウの森と季節性の少ない生息地での地上利用時間、および森林内気温の高さによる違いを調べたいと思いました。かつて年中温暖湿潤だった時代から乾期が明瞭になった時代にかけて、ヒトの祖先が森林内の温度環境にどのように反応したか推測できるのではないか、と考えたからです。

(左)ボッソウのチンパンジー。ナックル歩行で道路を渡る
(右)ワンバのボノボ。オスとメスが倒木の上で毛づくろい

乾期がなく1年中雨量が多い典型的な熱帯林はアフリカの中央部、コンゴ盆地に分布し、そこにはチンパンジーの近縁種、ボノボが住んでいます。2005年12月から2008年11月まで、西アフリカのボッソウに2回、ボノボの調査地であるコンゴのワンバに3回、それぞれ2か月から4か月の調査をおこなって地上利用時間の季節変化を調べました。結果は予想どおりでした。どちらの森林でも地上付近は林冠より4〜7度、気温が低かったのです。そして、ボッソウ、ワンバどちらでも、気温の高い日は地上にいる時間が長くなりました。ボノボの住む森は気温の季節差があまりありません。したがって、季節ごとの平均を取ると、地上利用時間は少ないままで変化しないのです。樹冠の食物の量は地上利用時間に影響しませんでした。つまり、森林内気温の季節変化が地上利用時間を増やす主な要因となっています。

哺乳類の体温調節機構は基本的に共通しています。季節馴化で環境温度の季節変化に生理的に対応しますが、やはり気温が高い季節には涼しい場所に移動したり、放熱が良い姿勢で休んだりします。つまり、行動的な体温調節で生理的な季節馴化を補います。私たちも同じ行動をしていると思います。現在のチンパンジーやボノボとヒトの祖先の体温調節機構が違っていたとは考えにくいでしょう。

初期人類化石の発見地は、1,500万年前の温暖期のピークには広くアフリカ大陸を覆っていた熱帯林の周辺部にあたると考えられます。季節性気候が強まった影響は避け難いことだったでしょう。実際にラミダス猿人の生息地は乾季が明瞭な森林だったことがわかっています。樹上性でほとんど地面に降りることのなかった人類の祖先にとって、気温の季節変化は地上にいる時間を増やす強い要因となったと考えられます。乾季の出現という季節の始まりがヒトの地上生活のきっかけだったと推測できます。乾季が4〜5か月以上続くと熱帯林は存続できません。森林が後退したあと、樹が点在する開けた環境に適応できたのは、森林内ですでに季節的な地上生活を経験していたからだと思われます。

では二足歩行の起源は?

今回の報告は、ヒトの地上生活が森林内で部分的に成立したことを生態学的に裏付けたといえます。サバンナに出なくても季節的な地上生活は始まるのです。また、現在のボノボやチンパンジーは、ヒトとは違う道筋で半地上性を獲得しています。樹上ではぶら下がり移動、地上ではナックル歩行という特別な歩き方をします。ヒトとは異なる方法で、森林内地上生活にも適応しているわけです。つまり森林内では、地上生活を始めると同時に二足歩行になる必然性もないと考えられるでしょう。

二足歩行の起源にはさまざまな仮説があり、それらのほとんどは開放的環境、つまりサバンナへの進出を仮定の出発点においています。もちろん定常的な二足歩行の確立には、サバンナのような環境が必要であったのかもしれません。しかし、初期の二足歩行をおこなっていた我々の祖先は、森林を生活の中心にしていました。森林のなかで、直立二足歩行はどういう点で有利だったのでしょうか。大型類人猿の行動研究から、二足歩行は不安定な枝の上で果実を取るために樹上で始まったとする仮説もあります。ただ、現在の類人猿の骨盤などの形態は初期人類とは異なるので、人類の二足歩行の起源には直接適用できないかもしれません。いずれにしろ、二足歩行の起源・地上生活の起源・サバンナへの適応という人類進化のイベントには、それぞれ別の生態学的な説明が必要と思われます。他の地域のチンパンジーやボノボの生態と生息環境を調べ、人類の進化についてもっと追求していきたいと考えています。

参考文献
Hiroyuki Takemoto. (2017). Acquisition of terrestrial life by human ancestors influenced by forest microclimate. Scientific Reports, 7, 5741.
杉山幸丸編著.(2010).ヒトとサルの違いがわかる本.オーム社

この記事を書いた人

竹元博幸
竹元博幸
京都大学霊長類研究所研究員。北海道大学理学部地質学鉱物学科卒業。京都大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程修了(Ph.D)。動物生態学、動物生理学、森林気象、古環境、そして人類進化など幅広い研究分野からの情報に基づいて今回の論文ができました。しかし、森の中で測定しなければらないこと、勉強が必要なことがまだまだたくさんあります。進化をフィールド生態学から追求する研究を続けていきたいと思います。