透明な実験魚たち

約15年前に国立遺伝学研究所の川上先生の研究室を訪問した際、ゼブラフィッシュのロイ系統を紹介していただきました。サカナに特徴的な銀色がなく、体表の黒い模様がみられるだけでほぼ透明な体をしていました。目の銀色の縁取りがないため真っ黒な大きな目となることから、サングラスをしているロック歌手、ロイ・オービソン(プリティーウーマンが有名)にちなんでロイ系統と名付けられています。卵細胞の研究が専門の私は、このサカナを見て強い衝撃を受けました。「卵が透けて見えている! このサカナを使えば体内の卵の様子が常に確認できる。」この系統を譲り受けた私は、すぐに卵細胞が蛍光発光する遺伝子導入ゼブラフィッシュと交配し、蛍光で卵が観察できる系統の樹立を開始しました。

同じころ、メダカでは4種類もの色素突然変異体の交配により透明メダカ系統が樹立されていました。このsee-through系統では、体色の原因となるメラニン保有細胞、黄色-赤色素胞、虹色素胞と白色素胞が体全体から失われており、完全に透明です。グッピーにおいても透明で卵細胞の観察できる系統が樹立されています。ゼブラフィッシュのロイ系統は銀色の原因である虹色素胞を欠損しているだけですが、卵細胞の観察には十分です。我々もロイ系統とメラニン保有細胞を欠く、アルビノ系統をも掛け合わせた卵巣蛍光発光性の透明ゼブラフィッシュ系統の作出に成功しましたが、発表は随分遅れてしまいました。しかしながらこの系統を用いて、私たちはゼブラフィッシュのメス成魚からの性転換の実験に成功しました。透明系統を用いることで体の中の卵巣の変化をリアルタイムで観察でき、性転換に伴い卵巣が消えてなくなっていく様子を確認しながら実験を進められたことが、成功の秘訣となりました。

ゼブラフィッシュの野生型(上)とロイ系統(下)

キンギョを用いた研究

一方、今回の話題となるキンギョは、博士課程で実験魚として使い始めてから幸運をもたらす手放せない研究材料としてずっと飼育を続けてきました。キンギョの卵巣組織からは、不安定で精製の難しいタンパク質分解酵素複合体である26Sプロテアソームの精製に成功し、キンギョの遺伝子から合成された細胞分裂制御因子であるサイクリンBタンパク質を用いて、独自の分解開始機構を提唱することができました。また、キンギョの卵母細胞を用いた実験では、ジエチルスチルベストロールという人工合成女性ホルモンが、キンギョやゼブラフィッシュの卵の成熟誘導活性を持つことを発見できました。それがきっかけとなり、現在の中心テーマであるステロイド膜受容体の研究に方向転換したことなど、多くの成果をもたらしてくれました。しかしながらゼブラフィッシュのロイ系統を一緒に飼っていると、キンギョでも卵巣が見えてくれたら実験に用いる最適な時期が簡単にわかるのに、という思いが常にありました。

ミューズとの出会い

キンギョはペット動物として長い歴史のあいだにさまざまな品種が生み出されてきました。あるとき、近所の金魚店を訪れた際、そのなかのひとつであるミューズに出会いました。ミューズは、ほとんどの虹色素胞を失っており、半透明な魚体で、目が真っ黒なロイ系統に近い品種でした。この品種を元にすれば、キンギョでも卵細胞の観察可能な透明系統が樹立できるのではないかと思い、直ぐに購入しました。我々は点突然変異を誘発する薬剤であるエチルニトロソウレア(ENU)を用いた変異誘発により、ミューズの透明度を向上させようと試みました。実際には系統樹立できたとしても何年かかるかわからないような話になるので、キンギョの飼育法、採卵法や突然変異誘発法を学生に指導できれば十分という感じで、まったく気軽に行ってきました。

突然変異誘発

一般にこういう変異誘発処理はオス、つまり精子に行います。我々は処理による妊性の低下を考慮して、オスは我々がよく実験に用いている和金を用いることにしました。余談ですが、研究用の和金は金魚すくい用に育てられたものの余りや養殖池に残っていたものが大きく成長したものを安く譲っていただいています。

まず、ENU処理により突然変異を誘発した和金のオスとメスのミューズとをペアリングさせ、採卵しました。稚魚を育ててみると意外なことに育ったのは和金ではなく、まだらなものが多いものの、むしろミューズの姿をしたキンギョでした。銀色のない形質が優性だったのです。そこで成長したキンギョのうち、より透明なキンギョを選ぶことが可能となりました。この選別をその後、2世代に渡って繰り返したところ、3世代目には全身がほぼ透明なキンギョが得られました。これらのキンギョを交配させたところ、すべての稚魚の体全体が透明になりました。稚魚は数か月令まで全身が高度に透明で、体内の器官を観察することができました。成長に伴い体が白くなってきますが、卵巣、精巣が発達し、妊性をもつようになる1年後でもほぼ透明であり、生殖器官を体の外部から観察することができます。

透明キンギョ系統の稚魚と成魚

この兄弟のなかには目がない透明な変異体が複数匹得られました。我々はENUにより実際に遺伝子に変異が起きているかどうか確認していませんが、この目のない変異体が複数匹産まれたことは変異誘発できている証拠であると考えています。

著者(左)と透明キンギョ系統の作出を進めた王軍君(右)

キンギョと学位

今回の発表まで最初の交配から4年の歳月を費やしましたが、最後の3年間、このテーマを続けてくれた中国人留学生の王軍君の学位論文のひとつのテーマとして達成でき、論文発表が間に合い、3年間での学位取得につながったことは大変幸運でした。上述のように私もキンギョを材料に博士論文をまとめ学位を取得しています。

我々は今回、高度に透明なキンギョ系統の樹立に成功しました。この系統には妊性があることが確認できていますので、今後、繁殖させ実験モデルとして使用可能であると考えられます。

 

参考文献
Akhter MA, Kumagai R, Roy SR, Ii S, Tokumoto M, Babul MH, Wang J, Klangnurak W, Miyazaki T, Tokumoto T (2016) “Generation of Transparent Zebrafish with Fluorescent Ovaries: a Living Visible Model for Reproductive Biology.” Zebrafish, 13(3), 155-160.
Wang J, Klangnurak W, Naser A A, Tokumoto T (2017) “Generation of transparent goldfish.” Aquaculture, Aquarium, Conservation & Legislation – International Journal of the Bioflux Society (AACL Bioflux), 10(3), 615-621. http://www.bioflux.com.ro/docs/2017.615-621.pdf

この記事を書いた人

徳元 俊伸
徳元 俊伸
静岡大学理学部教授(細胞・発生プログラム学講座)。卵成熟・排卵の研究一筋25年。魚類や両生類を中心に減数分裂の開始機構や排卵の仕組みの分子メカニズムに関する研究を行っている。子供の頃より田んぼや小川の小動物をこよなく愛し、特に卵からの発生に興味を持つ。学部、修士、博士では生化学、分子生物学のテクニックを駆使した物質レベルの研究を進めるも、根本的には生き物の飼育が好きで静岡大学の教員として研究室を主宰するようになってからはカエル、サカナの飼育に特に力を入れている。現在の中心テーマは卵成熟誘起ホルモンの受容体であるステロイド膜受容体の構造と機能の解析。