野生動物の多くは、人の姿を見たり、人が接近しようとしたりするとすぐに逃げていくのが普通です。しかし、イヌをはじめとしたペットや畜産動物の多くは、人が近づいてもあまり逃げることはなく、むしろ自ら人に近づいてくるものさえいます。こうした行動の違いはどのような遺伝的しくみで生じているのかこれまであまりわかっていませんでした。

興味深いことに、ペットとして飼われているマウスは、人に触れられても逃げない「受動的従順性」をもちますが、自ら人に近づく「能動的従順性」は示しません。私たちは、イヌなどに見られるような、人に自ら近づくマウスを作り出し、そのマウスのゲノムを調べることによって、「能動的従順性」の遺伝的な仕組みを明らかにすることに挑戦しました。

自ら人に近づくマウスをつくる

私たちが所属する国立遺伝学研究所には、多くの種類のマウスが飼育されています。私たちはこれらのマウスのうち、日本、カナダ、ブルガリア、デンマーク、フランスなど世界8か国から収集された野生マウスに由来するマウス系統を用いました。マウス系統とは、兄妹交配などを経て、遺伝的に近交化されたマウスのことで、同じ系統のなかでは互いに遺伝的に同一です。私たちが選んだマウス系統は、世界各地に起源をもつため、それぞれの地域特有の遺伝子を持っています。それらの8種類のマウスを親系統として交配することで、遺伝的に膨大な多様性を持つマウス集団(野生由来ヘテロジニアスストック)を新たに作りました。こうした大きな遺伝的多様性をもつ集団では、それぞれの個体が異なった遺伝子セットをもっているため、個体ごとに行動が違っています。こうしたマウスの個体間の違いにより、人に近づきやすいマウスとそうでないマウスが生まれてくるのです。

私たちのこれまでの研究で、人に近づく性質は遺伝することがわかっています。そのため、人に近づきやすいマウス同士を交配させ続けると、その子孫は人により近づく傾向になると考えられます。私たちは実際に、野生由来ヘテロジニアスストックを用いて、自ら人に近づきやすいマウスを選び、それらをさらに交配させるという選択交配実験を繰り返し、高い能動的従順性を示すマウスの集団を作ることに成功しました。

能動的従順性についての選択交配実験の過程で、これらのマウスの遺伝子の総体、つまりゲノムは、その選択交配の影響を受けて特定の系統に由来する遺伝子のタイプが選ばれていると考えられます。そのため、これらのマウスのゲノムを詳しく調べることで、能動的従順性に関わるゲノム領域を知ることができるのです。私たちは次に、選択交配実験を行ってきたマウスのゲノム情報を使って解析を行いました。

野生由来ヘテロジニアスストックの作製。上図は、それぞれのマウス系統の祖先の由来を示す。右上のMSM系統は、日本の静岡県三島市で捕獲されたマウスに由来するマウス系統である。下図は、作成過程の模式図である。8つのマウス系統の遺伝子組成(ゲノム)が世代を経るに従ってモザイク状に組み合わさっていき、行動や形態に個体差が生まれる

ゲノムを調べる

能動的従順性が高いマウスは、そのほかのマウスと比べ、能動的従順性が高くなるような遺伝子のタイプを持っていると考えられます。選択交配実験によって、ある親系統由来の遺伝子のタイプを持つマウスが選ばれ、子孫が残ってきているはずです。そのため、能動的従順性を高める遺伝子のタイプは、ほかの親系統に由来する遺伝子タイプに比べて相対的に多くなっているはずです。そうした遺伝子タイプの偏りがあるゲノム領域を見つけることができれば、そのゲノム領域が、能動的従順性に関わっていると考えられます。

そこで私たちは、集団のもとになった8つの親系統のゲノム情報と、選択交配実験を行った家系図の情報を使って、コンピューターシミュレーションを行いました。このシミュレーションは、それぞれのゲノム上の位置で、遺伝子タイプがひどく偏っているゲノム領域を知るために行いました。このシミュレーションの結果、11番染色体上の一部の領域で遺伝子タイプの顕著な偏りが存在することがわかりました。その領域では、日本産の野生マウスを祖先とするMSM系統に由来する遺伝子タイプが顕著に多くなっていることがわかりました。また、さらなるゲノム解析により、その領域の内側にある2つの領域(ATR1とATR2)が、能動的従順性と関係していることがわかりました。この領域のなかには能動的従順性に影響しうる遺伝子が複数見つかったため、実際にどの遺伝子が能動的従順性に影響するかを示すためには、さらなる実験が必要です。

マウスで能動的従順性に関係するゲノム領域を見つけることができましたが、この領域は他の動物種でも従順性に影響するのでしょうか? そのことを調べるために、高い能動的従順性を示す動物であるイヌを対象として、さらに研究を進めました。

イヌの家畜化との関係

イヌは人類が最初に家畜化した動物とされ、その歴史は1万年以上とも言われています。そのため、おそらくイヌのゲノム上にも、長い家畜化の影響が残っています。これまでに、多くの研究者がイヌの家畜化に関係するゲノム領域を明らかにしてきました。オオカミでは見られない能動的従順性がイヌで見られるという事実は、イヌの家畜化の過程で、高い能動的従順性をもつ個体が選ばれてきた結果だと考えられます。

私たちのマウスを使った研究で発見した2つのATR領域は、イヌの家畜化や従順性にも影響しているのでしょうか? そのことを調べるために、これまでに他の研究者が報告している研究データを用いて、マウスとイヌのゲノムを比較しました。

その結果、マウスのATR領域と相同なイヌのゲノム領域では、イヌの家畜化の過程でも強い選択圧を受けていることが明らかになりました。また、この領域内には、脳内のセロトニン量調節に関わるセロトニントランスポーターをつくる遺伝子Slc6a4が存在しており、この遺伝子の関与が示唆されます。また、別の研究者は、セロトニンがイヌの攻撃行動に影響していることを報告していますが、従順性は攻撃行動とも関係が深いことから、この領域がイヌの従順性に影響している可能性があります。

これらの結果から、私たちが行ったマウスの実験によって明らかになった能動的従順性に関係するゲノム領域は、イヌの家畜化、さらにはイヌの従順性にも影響しうるゲノム領域だと考えています。今後は、まだ家畜化に成功していない動物や、より高い能動的従順性が求められるペットや畜産動物に対して研究を進めることで、新たな家畜や効率的な育種への応用が期待できます。

マウスの選択交配実験とイヌの家畜化の比較。私たちが選択交配とゲノム解析によって見つけた11番染色体上の領域は、イヌの家畜化で影響を受けてきた領域と相同だった

 

参考文献
Yuki Matsumoto, Tatsuhiko Goto, Jo Nishino, Hirofumi Nakaoka, Akira Tanave, Toshiyuki Takano-Shimizu, Richard F Mott, Tsuyoshi Koide. 2017. Selective breeding and selection mapping using a novel wild-derived heterogeneous stock of mice revealed two closely-linked loci for tameness. Scientific reports. 7, Article number: 4607
後藤達彦、松本悠貴、田邉 彰、小出 剛. 2015. 動物の従順性行動に関する遺伝解析-家畜化に関わる遺伝子座の探索-. 動物遺伝育種研究. 43:3-11.
Tatsuhiko Goto, Akira Tanave, Kazuo Moriwaki, Toshihiko Shiroishi, Tsuyoshi Koide. 2013 Selection for reluctance to avoid humans during the domestication of mice. Genes Brain Behavior 12: 760–770.

この記事を書いた人

松本悠貴, 小出剛
松本悠貴, 小出剛
松本悠貴(写真左)
総合研究大学院大学生命科学研究科(国立遺伝学研究所配属)五年一貫制博士課程在学中。2013年3月徳島大学総合科学部卒業。2013年4月より現所属。2015年4月より日本学術振興会特別研究員。徳島大学ではタイワンジカの保全遺伝・生態学的研究を行い、現所属ではマウスの行動遺伝学的研究を進めています。

小出剛(写真右)
国立遺伝学研究所マウス開発研究室・准教授。総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻・准教授。動物飼育実験施設施設長。1990年3月大阪大学大学院医学研究科修了(医学博士)。1995年に同研究所に着任して以降、マウス、特に野生マウス系統の特徴をいかした行動遺伝学を進めています。