アジリンとの出会い

私たちはこれまでに、ケトンまたはケトン由来のイミンであるケチミンに対する求核付加反応によって生じる不斉炭素の立体制御を目指して、日々研究を行ってきました。また、窒素を含む三員環化合物であるアジリジンへの反応剤の反応による立体選択的開環反応の開発も行っており、この研究の過程で、窒素を含む三員環化合物であり、ケチミン構造も併せ持つアジリンに興味を持ちました。このアジリンに対して、求核剤を立体選択的に付加させてみたいと思ったのが、2010年のことです。

当時は、アジリンへの触媒的立体選択的求核付加反応は、立体選択性の低い例(16%ee)しか報告例がなく、アジリンは立体選択的な有機合成化学の分野においてほとんど忘れられた存在となっていました。しかし、アジリンから高立体選択的にアジリジンが合成できれば、用いる求核剤をいろいろと変え、位置選択的に開環反応を行うことで、さまざまな医薬品の原料となる化合物であるアミン類が合成ができると意気込んで、研究をスタートさせました。

しかしながら、いろいろな触媒や求核剤を検討してもなかなか生成物が得られず、得られた生成物も低収率・低立体選択性であり、この研究テーマをもらう学生は、燦燦たる結果、死屍累々の状態となり、研究室内で“ハズレ研究テーマ”の烙印が押されつつある研究テーマとなっていました。

立体選択的合成への挑戦

この状況を根本から変えてくれたのが、当時、2015年に大学4年生で研究室に配属されてきた羽山君でした。彼が研究をスタートするまでは、このアジリンへの不斉求核付加反応は、手元の屍データとして13%eeほどの立体選択性が得られるのみでしたが、もう一度、研究室で開発していた不斉触媒、金属塩を片っ端からチェックし、用いる求核剤も丁寧に検討してくれました。その結果、4年生の夏すぎぐらいに、アジリンに求核剤として亜リン酸エステルを用いれば、ある程度の収率で生成物が得られること、また、40%ee弱の立体選択性で生成物のアジリジンが得られることを見出してくれました。

そこからは、勢いよく触媒の置換基の調整や反応条件の検討をしてくれましたが、60%eeを超えることはなく、もはやこれまでとあきらめていたところ、彼は用いる触媒の構造を大胆にチェンジしました。

これまで使っていた触媒は、アルコール部位を2つ持つBINOL骨格を有する構造でしたが、アルコール部位はひとつでいいんじゃないか? と少しシンプルな形態の触媒を使い始めたのがブレイクスルーにつながり、この触媒を用いたところ、立体選択性は急上昇し、90%eeを超えるほどの立体選択性とともに高収率で光学活性アジリジンが得られるようになりました。

論文投稿に向けて

その後、さまざまなアジリン化合物を合成し、反応基質の一般性を確認し、当初の計画どおり、合成できた光学活性アジリジンをさまざまな求核剤で開環しようとしたところで、再度、生成物の反応性の高さのために、合成返還の困難にぶち当たったのですが、アジリジンの特性を巧みに利用することで、前述の位置選択的なアジリジンの開環にも成功しました。

論文提出まであと一歩というところまでやってきたときのことです。『Angewandte Chemie International Edition』という雑誌のAccepted articlesに、中国の研究グループが似た反応形態でアジリンに不斉求核付加反応を行っているのを発見しました。類似の反応ではあるものの、我々と近い反応形態の反応条件での結果は、まだまだ立体選択性が低く、我々の研究の新規性は十分残されていることが確認できたため、ここから急ぎ論文を提出することにしました。論文投稿後、審査結果が返ってきて、いくつか追加の実験を行い、再投稿し、無事に成果を発表することができました。

この研究は、ある意味でマニアックな反応であるとも言えますが、我々研究室のこれまでの知識と方向性、将来への展望が見える論文になったと自負しています。また、この論文を読んで、“忘れ去られたアジリン”を用いる研究者も増えるのではないかと思います。我々は、今後、さらに、開発した触媒を用いる研究、アジリンを用いる研究を発展させ、さらなる超高機能性不斉触媒、超高効率不斉合成技術を開発して行きたいと考えています。

 

参考論文
Shuichi Nakamura, Daiki Hayama, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, in press (doi:10.1002/anie.201704133)
Masashi Hayashi, Noriyuki Shiomi, Yasuhiro Funahashi, and Shuichi Nakamura, J. Am. Chem. Soc. 2012, 134(47), 19366-19369.
Shuichi Nakamura, Masashi Hayashi, Yuichi Hiramatsu, Norio Shibata, Yasuhiro Funahashi, Takeshi Toru, J. Am. Chem. Soc. 2009, 131(51), 18240-18241

この記事を書いた人

中村修一
中村修一

名古屋工業大学大学院 工学研究科・准教授。愛知で生まれ、名古屋工業大学で博士号(工学)を取得。有機合成研究を学生時代から続けています。最近は、新しい不斉触媒の開発研究とともに、主に四置換不斉炭素の構築を可能とする不斉合成反応の開発に注目し、日々チャレンジしています。研究グループで開発した不斉触媒は、現在7種が市販化されています。

HP: http://www.ach.nitech.ac.jp/~organic/nakamura/