可視光、紫外光、赤外光とは

我々の生活は、太陽の光や蛍光灯・LED、テレビなど「目に見える光」に囲まれています。一般的に光はさまざまな波長を持っており、波長の違いによって色の違いが識別されます。そして、人間の目で認知できる光は特定の波長領域を持つ光のみであり、これを一般に可視光と呼んでいます。

紫外光、可視光、赤外光の波長領域の模式図。紫外光や赤外光を応用した製品のイメージ図

その波長領域は、下限が380nm程度、 上限が750nm程度であり、人によって個人差があります。これよりも波長の短い光(< 380nm)は紫外光、長い光(> 750nm)は赤外光と呼ばれます。いずれも人間の目では認識することができませんが、紫外光や赤外光を発する材料が身のまわりでは数多く応用されています。紫外光を発する製品は、除菌を目的に医療施設や掃除用品などに利用されています。赤外光を発する製品は、リモコンや自動ドアのセンサーなどに利用されています。我々の生活は、目に見えない光とそれを利用する製品にも支えられているといえます。

メカノクロミズムとは

近年、発光性メカノクロミズムを示す分子が盛んに研究されています。発光性メカノクロミズムとは、機械的刺激を与えることで、紫外線照射下での固体や液晶材料の発光の色が切り替わる現象です。

(上)メカノクロミズムの模式図。機械的刺激で分子の並び方や構造が変わり、発光色が変化する現象をメカノクロミズムと呼ぶ。今回の研究の特長は、機外的刺激の後に赤外発光を示すメカノクロミズム分子を発見したことである
(下)発光性メカノクロミズムを示す材料に、機械的刺激を与えて発光色が変化する前後の写真。左の写真は、緑色発光から橙色発光に変化している。中央の写真では、元々青く発光する微結晶に対して、その中心部を乳棒ですりつぶし、粉末状にしている。中心の粉末の発光色が黄色に変化している。右の写真では、濾紙の上にメカノクロミック分子を薄く塗りつけ、濾紙をスパチュラで引っ掻いている。発光色が変化するため、”Au”という文字を書くことできる

機械的刺激とは、乳鉢と乳棒ですりつぶす、ヘラでひっかくなどの刺激を指し、特別な実験器具を用いずに分子の機能のひとつである発光の色を切り替えることのできる点が、特徴のひとつです。メカノクロミック分子は、材料の発光色の変化を目で見ることで力が加わったかどうかを検知できるため、センサーへの応用が期待されています。

タッチパネルなど、指でなぞると色が変わるデバイスが身のまわりに溢れています。その内部では力を検知する部品と光を発する部品がそれぞれ存在し、電極や導線でこれらがつながっています。一方、メカノクロミック分子は、力を検知する能力と発光が切り替わる能力を合わせ持つスマートな材料だといえます。ひとつの材料で2種の働きをするため、うまく応用することができれば、既存の製品の小型化や低コスト化に寄与することが可能になります。これまでのメカノクロミック分子のほぼすべては、可視光領域において発光色の変化が起こっていましたが、今回筆者は赤外領域へ発光がシフトするメカノクロミック分子の開発に初めて成功しました。

アントラセン部位を有する金錯体

筆者は、金錯体のメカノクロミズムに関してこれまで研究を行ってきました。たとえば、ベンゼン環と金が結合した分子1のメカノクロミズムを過去に報告しており、機械的刺激によって発光が変化し、1aの青色発光が 1bの黄色発光に変化することを報告していました。さらに今回、金原子と結合する芳香環を、ベンゼン環からナフタレン環(分子2)、アントラセン環(分子3)へと拡張した新たな分子を合成し、そのメカノクロミズム特性も評価しました。芳香環の拡張は、一般的に発光波長の長波長化につながります。実際、ベンゼン環を有する分子1からナフタレン環を有する分子2へと拡張すると、1とはまったく異なる発光色変化が観測され、機械的刺激を与える前(1a2a)と後(1b2b)の発光波長が、いずれも1より長波長化することが明らかとなりました。

(上)分子123の構造。(左下)分子123の固体試料の機械的刺激前後の紫外光照射下の写真。(右下)分子123の固体試料の機械的刺激前後の発光スペクトル

一方、アントラセン環を有する分子3は、機械的刺激を与える前(3a)は、紫外線照射下で青色発光を示し、発光極大波長(発光強度が最大となる波長)が448nmでした。共役系を拡張したにもかかわらず、1a2aよりも発光極大波長が短波長化しました。また、3aに機械的刺激を加えると3bに変化し、発光は目で観測することができなくなりました。しかし、発光波長を測定すると極めて顕著な長波長シフトが観測され、発光極大波長は赤外領域である900nmとなりました。これまでに、機械的刺激の結果、赤外領域にまで発光が長波長シフトするメカノクロミック分子の前例はありませんでした。

赤外発光のメカニズム

3が赤外発光を示すメカニズムを調査しました。X線回折測定を行うことにより、機械的刺激によって結晶相(3a)からアモルファス相(3b)に変化しており、その結果として赤外発光を示すことが明らかになりました。さらに赤外吸収スペクトル測定を行うことにより、アモルファス相である3bでは、金原子間相互作用と呼ばれる分子間相互作用を形成することが明らかとなりました。金原子間相互作用とは、溶液中や固体中で金錯体分子同士が近づいた際に、ある分子の金原子と別の分子の金原子の間に働く分子間相互作用のことであり、金錯体の発光特性に強く影響を与えることが知られています。3bの場合には、金原子間相互作用に加えて、拡張したπ共役系であるアントラセン環の相互作用も協調的に働き、前例のない赤外発光特性が発現したと考えられます。

最後に

これまで赤外発光が可能なメカノクロミック分子は報告されていませんでした。メカノクロミック分子は、目に見える色の変化を利用して、機械的刺激の検知や記録材料への応用が提案されてきました。一方では、赤外発光を示すメカノクロミック分子は、目に見えない光を発する材料として新たな用途での活用が期待できます。たとえば、ペンで文字を描くように機械的刺激を与えて文字や絵を描くことで、目では視認できない「機密情報」を書き込むことができます(赤外発光を機械で読みとることで情報を読み込むことができます)。その他にも、赤外光が生体構成物質(水やタンパクなど)を透過しやすい性質に着目すると、生体細胞内の運動に伴う力学的刺激を検知する、といった応用にも今後は期待が広がります。

 

参考文献
Seki T, Tokodai N, Omagari S, Nakanishi T, Hasegawa Y, Iwasa T, Taketsugu T, Ito H, “Luminescent Mechanochromic 9-Anthryl Gold(I) Isocyanide Complex with an Emission Maximum at 900 nm after Mechanical Stimulation”, J. Am. Chem. Soc., 2017, 139 (19), pp 6514–6517. DOI: 10.1021/jacs.7b00587

この記事を書いた人

関朋宏
関朋宏
北海道大学 大学院工学研究院 応用化学部門 助教。
東京で生まれ、千葉大学にて博士号を取得。北海道大学で現職に就く。未知の分子を設計・合成し、その分子を集合させ面白い機能を引き出す研究を行っています。集合した分子に、集合パターンが切り替わるようなきっかけ(温度変化、光照射、機械的刺激etc)を与え、集合した分子の機能を多様に変化させることにも興味があります。
HP: http://labs.eng.hokudai.ac.jp/labo/organoelement/?page_id=2477