電気陰性度とは?

2つの原子が化学結合を形成するとき、電子が互いに等しく共有される場合は「共有結合」、片方の原子からもう片方の原子へ完全に電子が移行する場合は「イオン結合」となります。一般的には、酸化物などのほとんどの物質内部ではこれらの中間である「極性共有結合」を形成します。このような極性共有結合において、どの元素がどれだけ電子を引き寄せるかの強さの相対的な尺度は「電気陰性度」で表されています。

電気陰性度は1932年にライナス・ポーリングによって初めて具体的な式が与えらました。これまで、電気陰性度は主にガスの反応熱のデータをもとに周期表の各元素に対してひとつの値が定められてきました。高校化学の教科書に登場する電気陰性度もこの値です。しかし、これら反応熱のデータは多数の原子の集団平均的な量であり、また、ガス状の軽い分子など熱化学的手法が適用できる試料しか取り扱いができませんでした。

化学結合の分類。2つの元素間の電気陰性度差が大きくなるほどイオン性は大きくなる

原子間力顕微鏡による電気陰性度測定

今回、私たちは物質表面の原子を1つひとつ観察することが可能な原子間力顕微鏡(AFM)を用いることで、単原子の電気陰性度を評価することに成功しました。AFMは原子スケールで尖った探針を観察対象に近づけて、探針先端の原子と表面の原子との間に働く化学結合力や化学結合エネルギーを測定できます(AFMについてはぜひ下記の動画をご覧ください)。

測定対象として、まずは酸素原子を選びました。酸素を吸着させたシリコン表面で測定を行った結果、対象原子のうち酸素原子上では大きな結合エネルギーが働くことがわかりました。探針の材質はシリコンであるため、針先端のシリコン原子と表面の酸素原子のあいだにシリコン-酸素間の極性共有結合が形成されたことが示唆されます。同様の測定を表面のシリコン原子上で行うと、シリコン-シリコン間の共有結合エネルギーを見積もることができました。

このような2種類の結合エネルギーの関係を系統的に調べた結果、これらはポーリングの式によって関係付けられていることが判明し、シリコン-酸素間結合内のイオン性に起因するエネルギーを見積もることができました。このイオン性エネルギーは原子間の電気陰性度差と結び付けられているため、個々の原子の電気陰性度を見積もることが可能です。このようにして、本研究では単一の酸素原子の電気陰性度を決定することができました。その他にもゲルマニウム、スズ、アルミニウムの電気陰性度も決定しています。単原子の状態で各元素の電気陰性度を評価したのは本研究が世界で初めてです。

AFMにより観察した酸素吸着後のシリコン表面と、各原子上で測定した結合エネルギーの針-試料間距離に対するカーブ。各元素の電気陰性度を示した周期表では、上段がポーリングの値、下段が本研究で測定した値を表している

グループ電気陰性度

これまでは周期表の各元素に対してひとつの固有の電気陰性度が割り振られていました。しかし、本来、同一の元素であったとしても、周囲の化学環境(どの元素とどのように結合しているか)が異なる場合はその元素の電気陰性度は変化するべきです。つまり、ある原子が固体表面上にいる場合と、有機分子内にいる場合では異なる電気陰性度を持つことがあります。これを「グループ電気陰性度」といいます。

これを検証するために、表面のシリコン原子の下に酸素原子が2個潜り込んだ局所的なシリコン酸化物を本手法によって調べました。その結果、未反応のシリコン原子に比べて、酸化後のシリコン原子の方が電気陰性度はより大きくなることが明らかとなりました。すなわち、酸化物上のシリコンは、特定の反応物に対してより化学的に活性になったといえます。このような情報に従来の方法でアクセスすることは非常に困難であるため、AFMによる電気陰性度測定は固体表面の化学活性度を調べるうえで非常に強力な手法となります。

矢印で示されたシリコン原子の電気陰性度(χ)が周囲の化学環境によって値が変わることを示した図。シリコン酸化物上のシリコン原子の方がより大きな電気陰性度を示すことが本研究でわかった

単原子の電気陰性度測定の応用

はじめに述べたように、私たちの身のまわりの物質は酸化物や窒化物、または、炭化物などから構成されており、極性共有結合を持つのが一般的です。さらに、昨今は、ありふれた元素からなる材料に高い機能性を持たせるための研究が活発となっています。たとえば、触媒研究では遷移金属(チタンや鉄など)のセラミックス(酸化物や窒化物など)がよく調べられており、このような材料表面上では同一の元素であっても表面の場所(原子サイト)ごとに異なる化学活性度を持つことが知られています。もし、私たちの開発した手法をさまざまな材料の表面に応用できれば、原子サイトごとに反応物とどのような電子のやり取りをするのかの予測ができるようになります。また、本手法は、量子化学計算では取り扱いが難しい、複雑で分子量の大きな有機分子に対しても、特定の官能基の化学活性度を調べられる可能性があります。将来、AFMによる単原子の電気陰性度測定が、化学や材料化学の分野で大きく役立っていくことを期待しています。

参考文献
J. Onoda, M. Ondráček, P. Jelínek & Y. Sugimoto, Electronegativity determination of individual surface atoms by atomic force microscopy, Nature Communications 8, 15155 (2017).

この記事を書いた人

小野田穣
小野田穣
University of Alberta, Research Associate(2017年5月より)。2012年九州大学大学院総合理工学府 博士後期課程修了。博士(理学)。2012年大阪大学大学院工学研究科 特任助教、2014年大阪大学大学院工学研究科 日本学術振興会特別研究員PD、2015年東京大学大学院新領域創成科学研究科 日本学術振興会特別研究員PD(2017年4月より特任研究員)を経て現職。博士課程時は単原子終端探針に関する研究を行い、その後は主に原子間力顕微鏡を用いた単原子の元素識別に関する研究を行っています。