僕、メスになります – 性転換する牡蠣たちの事情
牡蠣の生態を調べたい
みなさんは、牡蠣と聞くとどんなイメージを持ちますか? 私が牡蠣を研究していることを友人たちに伝えるといつも、「研究が終わったら食べるの?」と聞かれるので、食べ物としてのイメージが強いのかなと思っています。日本では現在、マガキとイワガキが主に食用とされており、それぞれ各地で養殖されています。マガキは秋から春にかけて、イワガキは夏に食べることができます。昔は、イタボガキという種類も食用とされていましたが、現在は絶滅危惧種に指定され、野外で見つけることはほとんどできません。一部の地域では、オハグロガキやコケゴロモガキと呼ばれる種類も食用とされているようですが、市場に流通することはないようです。
私は食べることよりも、牡蠣の生態、特に繁殖に興味があり、マガキを対象に性転換の研究を進めています。牡蠣を養殖する際には、ロープで牡蠣を垂下することが一般的です。一方でマガキは、干潟のような少し泥っぽいところに生息しており、カキ礁を形成しています。
食べている牡蠣はオス?メス?
牡蠣は見た目では、オスかメスかを判別することはできません。性を判別するには牡蠣の精子や卵を調べる必要があるのですが、私たちが普段食べているマガキは、精子や卵を作らない時期のものなので、オスかメスかの区別がつきません。判別したいときには、繁殖期である夏の牡蠣を使います。
そんな牡蠣たちですが、実はいくつかの種で「性転換」することが報告されています。実際にマガキは、海水中の受精卵が幼生になり、2週間ほど浮遊生活をします。幼生が定着し、翌年には性成熟するのですが、その際に7割ほどの個体がオスとして成熟します。しかしその後、オスとしての繁殖期が終わると、再度繁殖期を迎えた際にメスになるといった性転換をするのです。
野外調査からわかったこと
なぜ牡蠣は性転換するのでしょうか? この疑問を明らかにするには、どういった状況で性転換が起こるのか、もしくは起こらないのかを調べる必要があります。しかし、牡蠣のように見た目では性がわからない生き物の性転換を観察するのは、そう簡単にはいきません。
私たちはまず、野外でマガキの採集を行い、どういった大きさや状況の個体がどのような性を持つのかというデータを集めました。
その結果、体のサイズが大きくなるにつれて、メスの割合が増加していることがわかりました。どうやら成長に伴って性転換が起こっていると言えそうです。これは、大きな個体は比較的たくさんの卵を作ることができるので、オスとして繁殖するよりもメスとして繁殖したほうが有利になるため、メスに性転換すると考えられます。また、マガキが他の個体に付着しているほうが、1個体でいるときよりもオスが多いということもわかりました。
野外実験から分かったこと
マガキは本当に性転換しているのでしょうか。そこで私たちは、麻酔をかけたマガキに注射針を刺し、精子や卵を取り出して性を調べました。そしてマガキを野外に設置し、設置から1年後にもう一度性を調べました。すると、大部分のマガキがオスからメスへ性転換していることが明らかになりました。
次に、他の個体の存在が性転換に与える影響について調べてました。先ほどと同様の方法で性を調べ、下図のようにマガキ1個体あるいは複数個体を設置しました。そして設置から1年後にもう一度性を調べ、性転換の起こりやすさを比べました。
すると、複数個体を設置した場合は、1個体で設置するよりもメスへの性転換が起こりにくいことがわかりました。
野外での調査と実験から、マガキは成長に伴って基本的にはオスからメスに性転換するが、他の個体がいると性転換が起こりにくいということが明らかになりました。なぜマガキは、他の個体の存在により性転換が起こりにくくなるのでしょうか。これは、オスにとっては、メスが近くにいることでメスの出す卵を授精させやすくなるということが考えられます。また、メスにとっては、近くにオスが多いほうが受精卵の遺伝的多様性(=父親の数)が増加するメリットがあると考えられます。
マガキが他の個体の存在をどのようなメカニズムで検知しているかはわかりませんが、他の個体が性転換のタイミングに影響することは、巻貝類でも知られています。マガキは固着性で自ら動くことはできないので、他の個体に影響を受けることが適応的だと考えられます。
なぜ牡蠣で性転換研究をするのか?
性転換という現象自体は海洋動物では珍しいものではなく、ディズニー映画で有名になったカクレクマノミや、食用とされるホッカイエビ、ツキヒガイ(ホタテの仲間)などでも知られています。陸上植物でも、カエデやテンナンショウで報告があり、研究が進められています。
いろいろな生物で性転換が知られるなかで、研究対象を牡蠣とするメリットはたくさんあります。まず、動かないことです。マガキは特に潮間帯に生息するので、潮が引いているときであれば、簡単に採集することができます。また、ここでは紹介しませんでしたが、マガキでメスからオスへ性転換する個体や、精子と卵の両方とも同時に作る個体(同時的雌雄同体)がいることも、生物として面白い点です。私の研究では、3か月という短期間で性転換する個体もいることもわかったのですが、なぜそのような短期間に性転換するのかということも疑問です。
牡蠣は食べ物として歴史が長い生き物ですが、実は面白い生態を持ち、まだまだわかっていないことがたくさんあります。現在はマガキ以外にもいろいろな牡蠣の研究を進めているため、今後とも新たな知見が得られるよう、研究を進めていきたいと思います。
参考文献:Yasuoka N, Yusa Y (2016) Effects of size and gregariousness on individual sex in a natural population of the Pacific oyster Crassostrea gigas, Journal of Molluscan Studies, Oxford University Press, 82 (4):485-491.
この記事を書いた人
- 奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程在学中。専門は海洋生態学で、野外に生息する牡蠣類を対象として、性転換の研究を行っています。最近は牡蠣の寄生者の研究も進めています。
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