機械学習とビッグデータで、太陽フレアと宇宙天気を予測する!
宇宙の天気予報!? 太陽フレアが地球を襲ったらどうなるか?
今や天気予報は、世界の天気予報にとどまらず、宇宙の天気予報も毎日配信されているのをご存じでしょうか。地上と同じ晴れや曇りではありませんが、宇宙にも雨や風や嵐が存在します。その源は太陽活動です。太陽面爆発フレアが起こると宇宙嵐が起こり、私たち社会にも影響することがあります。太陽フレアは、黒点周辺に蓄えられた歪みエネルギーがもととなって起こり、大量の放射線や有害な粒子が地球に降り注ぎます。宇宙飛行士や衛星運用に影響があるだけでなく、地上の通信や航空機運用への影響、広域停電といったさまざまな社会現象を引き起こします。
史上最大の太陽フレアと宇宙嵐は1859年9月に地球を襲いました。当時は電話もない時代でしたが、電報の鉄塔から火花が散り、電信機の傍の用紙が燃え上がったなどの記録があります。また非常に明るいオーロラが発生し、夜でも明かりを使わずに新聞が読めたそうです。実は恐ろしいことに、2012年に同規模のフレアが発生していました。ただ幸いにも黒点が地球と別方向を向いていたため影響がありませんでした。もし地球を襲っていたとしたら、電子・情報通信機器であふれた現代社会は大混乱に陥ったでしょう。
私たちの生活を守るための宇宙天気予報
宇宙天気によるさまざまな被害やリスクを減らすために、太陽フレアや宇宙嵐がいつ起こるかを知って対策しよう、というのが宇宙天気予報の目的です。グローバルな現象のため、国際協力によって宇宙天気予報は行われています。日本では情報通信研究機構(NICT)が毎日午後3時に予報配信しています。
近年、地上天文台や「ひので」「あらせ」などの衛星観測によって太陽活動や宇宙環境の監視体制が整ってきています。これらをもとに現況を把握し予測を行います。
一般的には観測データが増えるほど、予測精度は上がります。しかし一方で、膨大な観測データの解析はもはや人手では困難です。そのため、従来の人手による宇宙天気予報の精度は長いあいだ上がらず、新しいアプローチによる精度向上が喫緊の課題となっていました。最近、社会では機械学習やビッグデータ解析の技術が進歩してさまざまな成果を上げています。今回我々研究チームは、複数の機械学習の手法を太陽観測データに適用することで、人手では処理しきれない大量観測データによって統計的な予測を行う新技術を開発しました。
太陽観測画像30万枚のビッグデータ
機械学習とは、さまざまな事象に関するデータからデータの統計的性質を学習し、かつその学習結果を用いて新たに得られるデータを分類・予測する技術の総称です。この機械学習の学習データとして、NASAの太陽観測衛星SDOによって取得された、2010年~2015年の1時間間隔6年分の高空間分解能観測データ30万枚のビッグデータを用いました。
今回開発した太陽フレア予測モデルの概要を示します。
まず各観測画像から黒点を自動検出し、黒点周りの約60項目の特徴を計算しました。この特徴は、長年の宇宙天気予報の経験や過去の論文をもとに選びました。次に、過去のどの黒点から、どのクラスの太陽フレアが発生したかのリストを作成しました。このリストから大きなフレアが起こったときの黒点の特徴を機械学習で見つけ出す作業を行いました。そして、同じ特徴を持つ黒点を太陽フレアの発生確率が高いと認定して、予測を行います。今回、一般的な機械学習手法であるサポートベクターマシン(SVM)、k近傍法(kNN)、アンサンブル学習(ERT)という複数の手法を用いました。
AI技術を用いて太陽フレアの発生を予測できる!? 予測精度が8割に上がった
その結果、最大規模フレア(Xクラス)も中規模フレア(Mクラス)も同様に、従来5割弱程度だった予測精度から、8割を超える世界トップクラスの予測精度を達成しました。また、太陽フレア発生前に現れる黒点の約60項目の特徴について、機械学習によるデータ分析から重要度のランキングを統合的に明らかにしました。
下図には選んだ黒点の特徴の例として、磁気中性線や磁場の歪み、彩層低部の発光を示します。
すると、従来重要だと思われていた黒点の特徴のほかに、磁気中性線の長さと本数、今回新たに選んだ彩層低部の発光の特徴も重要であるということが新たに明らかになりました。
黒点の特徴の重要度ランキング(概要)
1. 太陽フレアの発生実績
2. 磁気中性線の長さ・本数
3. 磁場の強さ・磁束量
4. 彩層低部の発光
5. 磁場の歪み具合
6. 時間変化の度合い
太陽フレア直前の特徴は、地震発生メカニズムに類似しています。磁気中性線の長さや本数は、太陽黒点に蓄積された歪みエネルギー、フレアを起こすトリガーのメカニズムの一候補と考えられる小規模磁場の出現と関連が強いと考えられます。また、彩層低部の発光も、小規模磁場の太陽大気下層からの出現と関連があると解釈され、いまだに解明されていない太陽フレアの発生メカニズムを知る手がかりを示す貴重な結果です。
*磁気中性線: 太陽黒点は、磁石でいうN極とS極の対からできています。この太陽表面上の黒点のN極とS極の境目を磁気中性線と呼びます。この領域には、黒点磁場の歪みが蓄積されたり、太陽フレア発生をトリガーする小規模な磁力線が出現したりするため、太陽フレアの予測には重要な領域です。
*彩層低部の発光: 太陽表面の光球と、その上空にある「コロナ」との間に存在するのが彩層です。黒点を形成する磁力線は、太陽内部から彩層を通ってコロナに出現します。この彩層を通る時に微小なフレアが起こると、彩層低部で発光が観測されると考えられています。
宇宙天気予報の今後の発展
現在、国際民間航空機関(ICAO)では2020年代を目標に、海洋上・極域航路での通信、宇宙放射線被ばく、さらにGPSを利用した測位などに影響を与える宇宙天気の情報を、通常業務で利用しようという計画が進められています。また海外では、電力会社や保険会社などの民間企業も宇宙天気予報の取り組みに参加し始めています。このような状況において、今回開発した太陽フレアの予測モデルが、リアルタイムで、より精度の高い予測情報として活用されるよう、今後、検証しながら実用化を進めていきます。
宇宙はもはや、切り離された夢の世界ではありません。宇宙天気も含めて、身近なところでつながっています。私たち社会の宇宙時代はもう始まっています。
参考文献
N. Nishizuka, K. Sugiura, Y. Kubo, M. Den, S. Watari, and M. Ishii, Solar Flare Prediction Model with Three Machine-Learning Algorithms using Ultraviolet Brightening and Vector Magnetograms, The Astrophysical Journal, Vol.835, Issue 2, 156, (2017).
この記事を書いた人
- 情報通信研究機構(NICT)でテニュアトラック研究員として太陽と宇宙天気予報の研究をしています。京都大学にて博士(理)号を取得した後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、国立天文台/ロンドン大学にて太陽観測衛星「ひので」の運用に携わり、太陽フレアの研究をしてきました。その後NICT研究員に着任し、蓄積された太陽衛星観測画像のビッグデータをもとに、機械学習を用いた太陽フレア予測モデルの開発に取り組んでいます。
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