海や川で水を汲み、そこに含まれる生物のDNA解析をするだけで、その水域に生息している魚類や両生類の種を明らかにすることができるーーこれが「環境DNA解析法」と呼ばれる新しい生物調査法です。この調査法ではDNAバーコーディングという手法によって、環境中に含まれる生物のDNA、つまりは”環境DNA”を用いて生物情報を取得します。生物の種同定が苦手な人や同定の難しい生物でも、水を汲み、そこに含まれるDNAを解析するだけで、簡単に、大規模に生物種のデータをとることができるのです。

DNAバーコーディングと環境DNA

DNAは皆さんご存知のとおり、生物が細胞内にもっている遺伝物質のことです。DNAはA・C・G・Tの4種類の塩基を含む物質が長く結合したもので、この塩基の並びには生物の特徴を作り出すための情報が詰め込まれています。DNAの配列には、さまざまな生物で共通して同じ配列と、生物の種類ごとに異なる部分があります。もし生物種ごとに異なる部分の塩基配列を読むことができれば、その塩基配列だけで生物の種類を判断することができます。そのように塩基配列をもとに生物情報を得ることをDNAバーコーディングと呼びます。DNAバーコーディングは、原型を失ってしまった生物の破片、たとえば生物標本のごく一部や、糞などの排泄物からでも生物情報を取り出すことができます。

近年、河川水や海水にはそこに生息する魚類や両生類など大型の水生生物のDNAが含まれることが明らかになり、このDNAをバーコーディング解析することによって、そこに生息する魚類などを明らかにできることがわかってきました。「環境DNA」は環境中に存在するDNAを総称する言葉で、通常は微生物のDNAなども含めてすべてのDNAを指します。しかし、大型生物のDNAが野外の水に含まれている事が明らかになってからは、「水に含まれる大型生物のDNA」に限定して環境DNAと呼ぶこともあります。この記事の中でも大型生物に限定して環境DNAと呼ぶことにします。

環境DNAメタバーコーディング法の威力が知りたい

2015年、私たちの研究チームで千葉県立中央博物館の宮正樹博士が多種の魚類を同時に環境DNAによって検出できる方法を開発しました。この方法は「環境DNAメタバーコーディング法」と呼ばれる方法です。単なるDNAバーコーディングではなく、多種のDNAを同時並列でバーコーディングするので「メタ」が付きます。2015年の開発時には、この方法は日本最大の水槽を持つ沖縄の美ら海水族館でテストを行い、バケツ1杯の水から飼育している魚類の9割以上を検出しています。しかし、巨大な水槽といえども、水族館は野外とは状況が異なります。たとえば、水族館の水槽では、魚類の密度は野外よりも大幅に高いでしょうし、潮流などの影響を受けることはないでしょう。私たちはこの環境DNAメタバーコーディング法が野外の水域でどれほどの能力を発揮するかをテストしたいと考えていました。しかし話はそれほど簡単ではありません。テストをするには「正解」を予め知っておく必要があります。水族館とは違って野外水域の魚類相を徹底的に調査した研究はほとんどありません。

そこで、私たちは京都府北部の舞鶴湾に目をつけました。なぜなら舞鶴湾では、京都大学舞鶴水産実験所の益田玲爾准教授によって、2002年から長期にわたって潜水による魚類調査が行われているからです。益田准教授は10年以上ものあいだ、2週間に1度の潜水調査を休むことなく継続しており、そのデータは環境DNAと比較できる非常に貴重なものです。また、私達は2014年に一度舞鶴湾で大規模な採水作業を行っていました。そこで、私達は2014年のサンプルを使って環境DNAメタバーコーディングを行い、長期目視調査の結果と比較することにしたのです。

京都府の舞鶴湾
目視での潜水調査の様子

舞鶴湾西湾の47地点で合計128種の魚類DNAを検出!

2014年の調査では、約11km2の舞鶴湾西湾をカバーするのに、400m間隔の格子状に配置された47の観測点で、表層水と海底付近の水を1Lずつ採取しました。この採水作業で得た94のサンプル(47地点×表層・底層サンプル)をメタバーコーディング解析した結果、少なくとも128種の魚類のDNAが検出されました。

採水作業の様子

この結果は驚きでした。なぜならば、2002年から2015年の14年間の目視調査で観察されていたのは80種で、それよりも50種近く多かったからです。詳しく調べてみると、環境DNAのデータには河川に生息する魚や漁港へ水揚げされる魚のDNAデータも含まれていることがわかりました。これは環境DNA解析法の検出力が非常に高く、河口域や排水から流入している環境DNAまで検出できることを意味します。こういったノイズのような魚種のデータを除くと、環境DNA解析によって約70種の魚類を検出できました。

京都府北部の舞鶴湾の西湾における、環境DNAタバーコーディング解析の結果

結果、目視で観察されていた80種のうち、環境DNA法で検出したのは半数の40種でしたが、詳細に比較するとこれは高い検出率であることがわかります。まず、目視調査の80種のうち塩基配列がすでに解明されているものは65種のみであり、配列が判明している種だけで考えるとわずか1日の調査で14年の目視調査で観察した魚種の62.5%を検出できたのです。14年間で10個体以下しか観察されなかったレアな種も除くと、環境DNA解析はたった1日の調査だったにも関わらず、目視調査の実に80%近くの魚種を検出していたのです。さらに、目視調査で観察されず、環境DNA法だけで検出できた魚類も20種以上います。たとえばヒイラギという魚は夜行性ということもあり、昼間の目視調査では観察できません。また非常に小さな仔稚魚も目視での観察は困難です。一方、環境DNAメタバーコーディング法ではそういった魚まで検出できていました。こういった結果から、私達は環境DNAメタバーコーディング法が高い検出力を発揮することを確認しました。

目視調査との比較

環境DNAの使い方とは?

環境DNAを用いた魚類群集の解析はいくつもの利点があります。最大の利点は野外調査のコストが著しく低い点です。たとえば、時間的なコストを抑えられるために今回の研究のように広域かつ高密度の調査を実施することができます。また作業が簡単なので継続的調査にも向いています。また生物や生息地への影響を低く抑えることができます。漁網などを用いる調査では捕獲した魚を傷つけることもありますが、環境DNAを検出する手法では魚そのものに触れることなく調査することができるのです。したがって、保全対象となっている生物や生息地でも調査することが可能となるでしょう。さらに採水さえできればどんな水域でも調査できるため、深海や深刻な汚染があるような水域の魚類相調査も可能となります。また、生物種の同定が困難な場合でも塩基配列から生物情報を得られるため、種同定の専門家でなくとも調査をすることができます。

このように環境DNA解析による調査はとても簡単で便利ですが、他のすべての調査方法にとってかわることはないと考えています。どんな調査方法にも長所と短所があります。環境DNAを用いた調査においては、検出された環境DNAが遠い場所にすむ生物から放出され、流されてきた可能性もあり、その魚が本当にその水域に生息していると言い切ることが難しいという短所があります。そのため、調査の目的次第では、目視観察や漁具を用いた捕獲など他の手法と組み合わせた調査を実施しなければなりません。しかし高い検出力や、広域・高密度・高頻度でおこなえる野外調査の簡便さは、環境DNA解析法の強い武器です。目視や捕獲による調査はコストがかかりますが、環境DNA解析法によってあらかじめ調査すべき範囲や時期を特定できれば、調査を効率的に進めることができます。環境DNAメタバーコーディング法による魚類群集の検出力の高さは革命的ともいえます。そのような利点と他調査法との組み合わせは、今後、水域生態系の研究を大きく進展させる原動力となると考えています。

舞鶴湾の魚類

参考文献
1.Yamamoto S, Masuda R, Sato Y, Sado T, Araki H, Kondoh M, Minamoto T, Miya M. 2017. Environmental DNA metabarcoding reveals local fish communities in a species-rich coastal sea. Sci. Rep. 7: 40368. doi: 10.1038/srep40368.
2.Miya M, Sato Y, Fukunaga T, Sado T, Poulsen JY, Sato K, Minamoto T, Yamamoto S, Yamanaka H, Araki H, Kondoh M, Iwasaki W. 2015. MiFish, a set of universal PCR primers for metabarcoding environmental DNA from fishes: detection of more than 230 subtropical marine species. Roy. Soc. Open Sci. 2: 150088. doi: 10.1098/rsos.150088.

この記事を書いた人

山本哲史
山本哲史

神戸大学大学院人間発達環境学研究科、学術研究員。専門は進化生態学。大阪府出身。信州大学理学部生物科学科を卒業後、京都大学大学院理学研究科で修士課程と博士課程を修了。京都大学での研究員を経て、現職に至る。信州でフィールドの面白さを経験し、大学院から昆虫の進化生態学研究を開始。フィールド調査とDNA解析の組み合わせによって、野外での生物の生態や進化について研究している。保全にも関心があり、現在では環境DNA解析などを用いて生物の多様性や生息地を把握する研究も行っている。