細胞に生えている『毛』の先っぽがちぎれて飛んでいく!- 繊毛から放出される小胞のはたらきとは
からだの中は毛だらけ!
私たちヒトのからだはいろんな形やはたらきを持った細胞が集まってできています。そんな多様な細胞には、ほんの少しの例外を除いて小さな『毛』が1本生えています。この毛は『繊毛(より正確には、一次繊毛)』と呼ばれています。繊毛は自動車のアンテナのように、細胞の表面からニョキっと突き出ており、その見た目どおり、細胞の外からさまざまな情報を受け取るアンテナとしてのはたらきを持っています。たとえば繊毛には、成長因子やホルモンの受容体が集中しており、それらを受容して細胞にシグナルを送っています。他にも血管などからだの中の管に生えている繊毛は、管の中の水流により折れ曲がることで繊毛の表面にあるイオンチャネルが開き、細胞内にイオンを流入させて細胞にシグナルを送っています。このような繊毛のアンテナとしてのはたらきは、私たちのからだの形作りに非常に重要で、繊毛を作ることができないと、からだが正しく作られないため、生まれてくることができません。また繊毛の形やはたらきに異常があると、生まれてくることはできても、指の数が多かったり、目が見えなかったり、腎臓のはたらきが悪かったりと、からだの機能にいろんな異常が出てしまいます。最近はこのような繊毛の異常を原因とする病気を『繊毛病』と呼び、世界中の多くの研究者が病気の詳しいメカニズムを明らかにしようと頑張って研究しています。
繊毛から小さな小胞が放出される
『アンテナ』としてのはたらきを持つ繊毛の研究で、最近とても興味深い発見がありました。緑藻類のクラミドモナスという単細胞生物を用いた研究で、繊毛から小さな小胞が放出される現象が発見されたのです。わたしたちは、似たような現象がヒトなど哺乳類の細胞でも起こるはずと考え、繊毛を生きたまま観察するタイムラプスイメージングを行いました。繊毛は非常に細く普通の顕微鏡では観察するのが難しいため、繊毛に集まるタンパク質を蛍光タンパク質で標識することで繊毛を観察しやすくしました。繊毛の形の変化や動きを観察すると、繊毛の先端がちぎれて細胞から離れていく現象をとらえることに成功しました。私たちは顕微鏡観察だけでなく、細胞を培養している培地から小さな小胞(『細胞外小胞』と呼びます)を集めてきて、繊毛の成分が小胞として細胞の外に放出されていることを生化学的に証明しました。
繊毛から放出された小胞の中身は何か?
繊毛から放出された小胞にはいったい何が含まれているのでしょうか。クラミドモナスの繊毛から放出された小胞にはタンパク質分解酵素が含まれていました。クラミドモナスを用いた研究では、繊毛から培養液中に放出された小胞を集めてきて、その中身を調べるだけでよいのですが、哺乳類の細胞の場合はこの方法が使えません。哺乳類の細胞は、繊毛から放出される小胞以外にも、エクソソームと呼ばれる別の細胞外小胞を放出しているからです。細胞を培養している培地から細胞外小胞を集めてその中身を調べても、それが繊毛から放出された小胞に入っているものなのか、エクソソームに含まれているものなのか区別できません。そこで私たちはゲノム編集という技術を用いて、繊毛を持たない細胞を作りました。その後、繊毛を持つ細胞と持たない細胞、それぞれを培養した培地から細胞外小胞を集めてきて、プロテオミクスで小胞の内容物を比較しました。この結果、繊毛から放出された小胞の内容物の候補として、タンパク質分解酵素、病原体の感染を防御するはたらきをもつタンパク質、RNAに結合するタンパク質などが見つかりました。
繊毛から放出された小胞は細胞の外で何をする?
クラミドモナスを用いた研究や私たちの研究から、繊毛から小胞が放出されると繊毛が短くなることが分かりました。これは、繊毛からの小胞放出が、繊毛の短縮を促すきっかけになっていることを示しています。では、繊毛から放出された小胞はどんな役割を持っているのでしょうか。クラミドモナスを用いた研究では、小胞に含まれるタンパク質分解酵素は、次の世代(『娘細胞』と呼びます)が殻を破って外に出るために使われているそうです。タンパク質分解酵素が、殻に到達する前に、娘細胞を傷つけないように、小胞はいわば『カプセル』の役割を担っているわけです。哺乳類の細胞の繊毛から放出された小胞の役割は、まだ明らかにはなっていませんが、小胞に含まれていたタンパク質分解酵素や感染防御に関わるタンパク質などは、もしかすると細胞の外にある病原体を攻撃し、感染から細胞を守るために使われるのかもしれません。クラミドモナスの例と同じように、小胞は病原体を攻撃するための“爆薬”が途中で暴発したり、細胞の外で拡散したりしてしまうのを防ぐためのカプセルとしての機能を担っている可能性があります。
おわりに
繊毛病は、繊毛のアンテナとしてのはたらきの異常により起こると考えられています。しかし、もしかすると一部の繊毛病は、繊毛からの小胞放出に異常があることや、放出された小胞がうまくはたらかないことが原因かもしれません。今後、繊毛から放出された小胞の役割が明らかになれば、繊毛病のメカニズムを違った視点から理解できるようになるかもしれません。さらに、病気のメカニズムの解明が進むことで、人工的に小胞を大量に作るなど、繊毛病の治療にこの小胞を用いることが可能になる日が来る可能性もあります。また繊毛から放出される小胞を、薬など好みの物質を入れたナノカプセルとして利用し、さまざまな病気の治療に用いるといった応用も今後期待できます。
参考文献
1. Phua SC, Chiba S, Suzuki M, Su E, Roberson EC, Pusapati GV, Setou M, Rohatgi R, Reiter JF, Ikegami K, Inoue T. Dynamic Remodeling of Membrane Composition Drives Cell Cycle through Primary Cilia Excision. Cell 168: 264-279, 2017.
2. Long H, Zhang F, Xu N, Liu G, Diener DR, Rosenbaum JL, Huang K. Comparative Analysis of Ciliary Membranes and Ectosomes. Curr Biol 26: 3327-3335, 2016.
3. Wood CR, Huang K, Diener DR, Rosenbaum JL. The cilium secretes bioactive ectosomes. Curr Biol 23: 906-911, 2013.
この記事を書いた人
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浜松医科大学細胞分子解剖学講座准教授。博士(理学)。
専門は細胞生物学、解剖学、生化学、ライブイメージング、質量分析。
1977年生まれ。愛知県出身。北海道大学理学部卒業後、北海道大学大学院理学研究科修了、日本学術振興会特別研究員、三菱化学生命科学研究所特別研究員、同副主任研究員を経て、2008年浜松医科大学特任助教、2011年より現職。神経、繊毛、鞭毛など『細長い』形態学的特徴を持つものを対象に研究を進めています。