慢性の痛みと創薬

ケガや病気のあとに1~3か月以上続く「慢性の痛み」をもつ患者さんは、近年の国内調査では人口の14~23%、約2000万人近くにのぼるとされ、世界規模では15億人以上もの人々が慢性疼痛に苦しむとの推計もあります。また米国では、慢性疼痛による経済的損失が約9兆円と推測されるなど、大きな社会問題となっています。一方で、現在の治療に満足する患者さんは1/4程度に過ぎず、効果があり副作用の少ない治療薬の開発が待ち望まれています。

神経の痛みである「神経障害性疼痛」とは、何らかの原因により神経が障害され、神経が異常な興奮をすることで起こる痛みです。神経損傷、糖尿病、脳卒中などの病気が原因で、慢性的な痛みを引き起こし、重症かつ難治となります。

皮膚や内臓からの感覚情報は、末梢神経を伝って脊髄に到達します。感覚情報は、脊髄の後角という部位において統合され、二次痛覚神経を伝って脳に至り、痛みとして感じます。神経障害性疼痛は、主にこの脊髄後角の神経が異常に興奮することで起こると考えられています。

慢性疼痛の病態機構はいまだ多くが未解明ですが、実際にはさまざまな機序が複雑に絡み合っているのではないかと考えられています。これまでに新規の疼痛治療薬を目指した研究開発が行われてきたものの、成功した例は少なく、克服困難な課題と考えられてきました。その原因のひとつとして、標的とされてきた疼痛の機序が、実際の患者さんが経験している疼痛に対して部分的にしか寄与していなかった可能性があります。

一方で、現在使われている中枢神経に作用する薬剤に関して得られた知見から、中枢神経系での痛み伝達の遮断や減弱が、有効な鎮痛方法であると考えられてきました。しかしながら、このような薬剤には、めまいや眠気、依存などの副作用が認められます。これらを回避するとともに鎮痛効果を発揮する優れた新規創薬コンセプトは、未だ新薬として実現していません。

痛み分子ネトリン4の発見

今回、私たちの研究グループは、痛み情報の伝達や中継に重要な部位でありながら、その機能が良くわかっていなかった脊髄後角に注目しました。上図で示したように、この部位には痛み情報を末梢神経から二次痛覚神経に伝達する「介在ニューロン」があります。先述のように、介在ニューロンは、感覚情報を統合する役割を担っています。私たちは、この介在ニューロンによる痛みの増幅に関わる分子や、そのメカニズムを明らかにしました。

私たちは、ラットやヒトの脊髄後角の介在ニューロンだけに発現している因子を探索していたところ、ネトリン4(Netrin-4)という分子を見つけました。

さまざまな種類の介在ニューロンのうち、Central cellsというタイプのニューロンに特異的にネトリン4が発現していました。ネトリン4は、細胞外に分泌されるたんぱく質で、介在ニューロンから分泌されて、他の神経細胞に影響を及ぼすと考えられました。ではネトリン4は、どのような機能を持っているのでしょうか?

この疑問に答えるために、「脊髄後角におけるネトリン4がなかったらどうなるか?」という実験を行いました。具体的には、ネトリン4遺伝子を欠損するラットを用いて痛みの反応を観察しました。通常のラットでは、末梢神経を障害すると、普通では痛みを引き起こさない刺激によって痛みを生じる痛覚過敏といわれる症状が起こりますが、ネトリン4を欠損したラットではその症状が起こりませんでした。また、末梢神経が障害され痛覚過敏の症状があるラットに、ネトリン4の機能を抑制する抗体やネトリン4の発現を抑える核酸(siRNA)を投与すると、持続的かつ強力な鎮痛効果が見られました。

これとは逆に、ネトリン4を脊髄内に投与すると、痛覚過敏が起こりました。また、神経障害性疼痛のみならず、炎症により引き起こされる疼痛を引き起こしたラットにおいても、同様の鎮痛効果が観察されました。以上より、ネトリン4は痛みの発症の原因となる物質であることが分かりました。

さらに、脊髄後角の介在ニューロンから分泌されるネトリン4は、痛みを伝える二次痛覚神経に発現するUnc5B受容体に結合することで、この神経に神経興奮を引き起こし、上図のように、神経障害性疼痛を発症させることが分かりました。これによりネトリン4によって痛みが増幅されるメカニズムが明らかになりました。

治療薬の開発へ

これまでの研究で、新規の疼痛関連因子であるNetrin4が脊髄介在ニューロンに特異的に発現し、痛みを惹起する役割を担うことを突き止めました。Netrin4を欠損した動物は、神経障害性疼痛や炎症性疼痛を発現せず、複数のラット疼痛病態モデルにおいて、抗体や核酸を用いてNetrin4を一過性に阻害しても、持続的で強力な鎮痛効果を示しました。また一方で、中枢性副作用などを認めませんでした。これはNetrin4阻害剤が、既存薬では治療しきれない多くの慢性疼痛患者さんにおいて、高い有効性と安全性を両立させた画期的な疼痛治療薬になる可能性を示しています。

参考文献

  • Hayano, Y., Takasu, K., Koyama, Y., Ogawa, K., Minami, K., Asaki, T., Kitada, K., Kuwabara, S. and Yamashita, T. (2016) Dorsal horn interneuron-derived Netrin-4 contributes to spinal sensitization in chronic pain via Unc5B. J. Exp. Med. 213, 2949-2966.

この記事を書いた人

山下俊英
山下俊英
1990年、大阪大学医学部卒。脳神経外科臨床医を経て、1996年より大阪大学助手。その後、ドイツ・マックスプランク神経生物学研究所研究員、大阪大学医学系研究科助教授を経て、2003年より千葉大医学研究院神経生物学教授。2007年より大阪大学医学系研究科分子神経科学教授。研究テーマは中枢神経系の再生医学。Ameritec Prize, 日本学術振興会賞、大阪科学賞、文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞。